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北朝鮮外務次官訪中を読み解く――北朝鮮の狙いと中国の思惑

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
平壌、北朝鮮国旗(写真:ロイター/アフロ)

28日、北朝鮮外務次官が訪中した。同日、中国の楊潔チ国務委員とトランプ大統領が会談。THAADの韓国配備予定地の承認も進み、3月1日からは米韓軍事演習が始まる。最も見落としてならないのは北朝鮮代表団のマレーシア入りか。

◆北朝鮮の李吉成(イ・キルソン)外務次官訪中

2月28日、北朝鮮の李吉成(イ・キルソン)外務次官を団長とする北朝鮮の外務省代表団が北京に到着した。3月4日まで滞在し、王毅外相(外交部長)や劉振民外務次官(副部長)、孔鉉佑外務次官補(部長助理)とも会談する。

中国の中央テレビ局CCTVが外交部の耿爽報道官の言葉として報道した。それによれば、双方は中朝関係と共通の関心事である国際問題や地域の問題に関して意見を交わすという。(なお、日本では「李吉聖(リ・ギルソン)」と表記されているが、中国ではすべて「李吉成(Li Jicheng)」と表記されており、中国の報道から情報を得ているので、中国の表記に従う。中国国際放送の日本語版にも「李吉成(イ・キルソン)」とある。)

中朝は金正恩政権と習近平政権誕生以来、ただの一度も首脳会談を行っていない。ましてや今般の金正男(キム・ジョンナム)殺害事件があってからというもの、中国は北朝鮮側にもマレーシア側にも立たないという立場を貫いている。

そのような中、なぜ中国は北朝鮮が外務次官の訪中を受け入れたのか?

北朝鮮高官の訪中は昨年5月のイ・スヨン朝鮮労働党副委員長以来で、9か月ぶり。

では、まず今般の中国側の思惑を読み解こう。

◆THAADを配備すれば、戦争になるぞ!

アメリカは、韓国に配備するTHAAD(高高度迎撃ミサイル)の設置予定地をロッテグループが所有する星州ゴルフ場として交渉を進めてきた。この交渉が、北朝鮮外務次官訪中と同じ日の2月28日、最終段階に入った。韓国国防部とロッテ側が予定地に関して契約書に署名することになったのだという。

ロッテの所有する土地がTHAAD配備予定地として挙げられて以来、中国では激しい韓国排斥運動が展開されており、特にロッテ製品に対する不買運動や中国における運営妨害があからさまに展開されている。

2月19日の「金正男殺害を中国はどう受け止めたか――中国政府関係者を直撃取材」にも書いたように、中国政府関係者は「韓国ほど信用できない国はない!」と吐き捨てるように言ったことからも分かるように、韓国を嫌悪する国民感情はこれまでになく激しい。

2月28日の外交部定例記者会見で、「THAAD配備、全ての結果は米韓が責任を持て」と言ったことを、中国共産党新聞の機関紙人民日報の電子版「人民網」が伝えている。

また中国政府の通信社、新華通信の電子版「新華網」は「THAAD配備に反対する特別のウェブサイト」を設け、米韓に対する抗議キャンペーンを展開している。そこには「THAADの韓国配備、朝鮮半島を火薬庫にするな!」という見出しがあり、「配備すれば、戦争になるぞ!」という、中国政府の警告と受け止めることができる。

中国は韓国のTHAAD配備は、北朝鮮に向けたものではなく、あくまでも「北朝鮮を口実として、THAADの探知機能を利用して中国の軍事行動を探知するために配備しようとしている」と抗議し続けてきた。最近では民間の抗議運動も見られる。横断幕には「韓国ロッテ、中国に宣戦布告、THAADを支持するロッテは、すぐに中国から出ていけ」と書いてある。

横断幕にある「宣戦布告」という言葉は、「アメリカがあくまでもTHAADを配備するなら、中国にはその覚悟はある」つまり「戦争になるぞ!」という警告と解釈することができよう。たとえ、実際には戦争などできるはずがない中国ではあっても、それでもこのような威嚇的言葉を使っているのは、いかに反対しているかということの意思表示だろう。

中国が北朝鮮外務次官ら代表団を受け入れた最大の理由は、ここにある。

◆楊潔チ国務委員とトランプ大統領が会談:ワシントン

一方、同じ2月28日(アメリカ時間27日)、中国の楊潔チ国務委員がワシントンでトランプ大統領と会談した(「チ」は ※は竹かんむりに褫のつくり)。トランプ大統領としては、初めての中国要人との会談だ。もっとも、会談と言っても、数分間のあいさつ程度の面会だが、中国では大きく報道された。

中国外交部やCCTVの情報では、楊潔チ国務委員は、「衝突しない」「互いの核心的利益(一つの中国)の尊重」などの前提で米中および国際問題での協力を拡大したいとトランプ大統領に述べ、習近平国家主席とトランプ大統領による米中首脳会談の日程交渉も行なったとのこと。

しかし事実上の目的は、あくまでもアメリカによるTHAADの韓国配備に抗議するものであったことは、想像に難くない。すべてが同じ2月28日に行われたという事実と、中国政府全体による「これは米韓による宣戦布告だ」と言わんばかりの抗議声明から見ても明らかだろう。

ということは、中国が北朝鮮外務次官を受け入れたのは、THAAD問題が原因だという傍証になる。それは米韓への牽制と見ていいだろう。

◆北朝鮮の狙い:「北朝鮮代表団のマレーシア入り」という外交攻勢で切り崩す

今般の北朝鮮外務次官訪中は、中国が言い出したのか、それとも北朝鮮が言い出したのかを判断するには、北朝鮮の代表団が、同じ2月28日にマレーシア入りした事実に注目するといいだろう。

外交部の耿爽報道官は2月28日、「中国外交部の招聘により北朝鮮外務次官らが訪中する」と言っているが、これは北朝鮮側から要求があっても、中国側が批准(承諾、許可)すれば、「中国政府(外交部)の名において招聘した」という形を取る。だから、この表現から判断することはできない。

北朝鮮は同じ日に中国とマレーシアを同時訪問することによって、マレーシアに圧力を掛けているものと解釈することができる。中国のTHAADに対する強烈な抗議という「弱みにつけ込んだ」実に巧みな外交攻勢だ。

マレーシア訪問の目的を北朝鮮代表団は「遺体の引渡し」「朝鮮籍公民の身柄引き渡し」および「北朝鮮・マレーシア両国の友好発展」と述べているが、マレーシアが北朝鮮と国交断絶をするかもしれないという危機への警戒感が最優先しているものと言っていいだろう。そのためにマレーシアよりは「大国」とみなされるであろう「中国」を選び、同時訪問を果たしたものと解釈する。

◆ワシントンでは6ヵ国協議の日米韓首席代表が会談

一方、ワシントンでは27日、北朝鮮の核問題を巡る6ヵ国協議の日米韓の首席代表が会合を開き、核・ミサイル開発を進める金正恩体制に対して「強い国際的圧力が必要だ」とする共同声明を発表した。出席したのはジョセフ・ユン(米国務省北朝鮮担当特別代表)金杉憲治(日本外務省アジア大洋州局長)、キム・ホンギュン(韓国外務省・朝鮮半島平和交渉本部長)の3人だ。

会合では北朝鮮による兵器開発の収入源や違法な活動を制限するための対策を話し合ったほか、日米韓がそれぞれの独自制裁措置を進めて圧力を強化するとともに、北朝鮮をテロ支援国家と再指定することも協議したようだ。

◆ロシアの6ヵ国協議のロシア首席代表、モルグロフ外務次官も北京入り

2月28日、6ヵ国協議のロシア首席代表であるモルグロフ外務次官も北京入りした。中国外交部の孔鉉佑外務次官補と会談する。テーマは中露東北アジア安全問題であり、朝鮮半島情勢に関して意見交換をすると、中国外交部は報道している。

おそらく、中国が主導する6ヵ国協議に関して、中国抜きで日米韓首席代表がワシントンで話し合ったことに対して、THAADの韓国配備を、中国と同程度に警戒しているロシアと話し合うことによって、日米韓の結束を牽制したいのだろう。

こうなると、外交手段で北朝鮮問題を解決しようとする6ヵ国協議までが、「THAADの韓国配備」の賛同国と反対国によって二分されたことになる。

中国が2月18日に、北朝鮮からの石炭の輸入を2月19日から年末まで停止すると発表したことに対し、北朝鮮は2月23日、名指しを避けつつも中国の制裁措置を非難している。 

そのため、今回の北朝鮮外務次官らの訪中は、中国との会談で制裁措置などに関する事態の打開を図りたいためだろうとする分析が多いが、そういうことではないと思われる。

本日からは、米韓合同軍事演習も始まる。

以上から言えることは、北朝鮮外務次官らの訪中は、中国の複雑な国際情勢が絡んでの結果だということだ。口先ではきれいごとを言っているが、真の米中協力など、THAAD問題が解決しない限り望めそうにない。朝鮮半島が火薬庫となるか否かの瀬戸際なのである。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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