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医療機関や高齢者施設でも濃厚接触者の待機期間を短縮しても安全なのか?

忽那賢志感染症専門医
(写真:ロイター/アフロ)

7月22日に政府は濃厚接触者の待機期間を7日間から5日間に短縮し、検査を行うことで最短3日で待機解除とすることを通達しました。

一見ありがたい決定のように思えますが、医療機関や高齢者施設でも本当に短くしちゃって大丈夫なんでしょうか。

クラスター発生につながったりしないでしょうか?

濃厚接触者の待機期間が7日から5日に短縮

濃厚接触者の自宅待機期間と検査による自宅待機期間短縮(倉原優先生作成)
濃厚接触者の自宅待機期間と検査による自宅待機期間短縮(倉原優先生作成)

濃厚接触者とは、新型コロナが陽性となった人の感染可能期間内(発症日の2日前から、診断後に隔離開始されるまでの間)に陽性者と接触した人のうち、

・患者と同居あるいは長時間の接触(車内、航空機内等を含む)があった人

・1メートル以内で、マスクなしで、15分以上の接触があった人

・適切な感染防護無しに患者を診察、看護若しくは介護していた人

・患者の気道分泌液もしくは体液等の汚染物質に直接触れた可能性が高い人

を指します。

厚生労働省は7月22日に「B.1.1.529 系統(オミクロン株)が主流である間の当該株の特徴を踏まえた感染者の発生場所毎の濃厚接触者の特定及び行動制限並びに積極的疫学調査の実施について」という文書において、濃厚接触者の待機期間を7日から5日に短縮することを通達しました。

加えて、検査を行えば3日目に解除も可能となりました。

医療機関においても感染者や濃厚接触者が急増しており、休職者が増えすぎて診療機能が保てなくなってきている現状、とってもありがたいなあ・・・と思いつつ、これって本当に大丈夫なんでしょうか?

オミクロン株では潜伏期が約3日に短縮している

従来の新型コロナウイルスとオミクロン株の潜伏期の違い(筆者作成)
従来の新型コロナウイルスとオミクロン株の潜伏期の違い(筆者作成)

当初、濃厚接触者の待機期間は最終接触日から14日間でした。

これは、流行開始時の武漢型と言われる新型コロナウイルスの潜伏期は約5日で最大14日後でも発症することがあるためでした。

その後、オミクロン株が広がり潜伏期も約3日と短くなったことから、濃厚接触者の待機期間も段階的に10日間、そして7日間へと短縮されていました。

この7日からさらに短くして、5日で待機期間を終了する、というのが今回の通達の内容です。5日経てば検査も不要、となっています。

まあ感覚的には「最終接触から約3日で発症するんだったら、5日経って発症してなければ大丈夫っしょ」という気がしますが・・・本当に大丈夫でしょうか。

ちなみに海外はどうしているかというと、例えばアメリカは、ワクチン接種をしていない人は5日間待機、ワクチン接種をしている人は待機期間なし、としていますが、いずれにしても5日目以降に検査をすることとしています。

我々からするとイケイケに見えるアメリカよりも、日本は緩和をしようとしているわけですね。

オミクロンでも約17%は6日目以降に発症

オミクロン株の最終曝露日から発症までの期間(国立感染症研究所HPより/筆者加工)
オミクロン株の最終曝露日から発症までの期間(国立感染症研究所HPより/筆者加工)

国立感染症研究所から、オミクロン株の感染者のHER-SYSデータを用いて解析したデータが掲載されています。

これによると、確かにオミクロン株になって潜伏期は短縮しているものの、5日目までに発症した人は全体の82.65%となっており、6日目以降に発症した人が約17%いることになります。

濃厚接触者のうち感染した人の6人に1人を見逃すことになり、これは決して少なくない数値と言えます。

また、3日目までには半分くらいの人しか発症していませんから、残り半分は4日目以降に発症することになります。例えば5日目に発症する人が、2日目と3日目の検査で陰性ということは十分起こり得る話です。

流行している変異株がBA.5になっても、数値が大きく変わるとは考えにくいでしょう。

もし、現在は5日間に待機期間を短縮しても感染者の見逃しはほとんどなくなっている、ということであればそうしたデータを提示した上で議論すべきです。

2日目・3日目に検査をして陰性であれば解除して良い、というのも同様に科学的根拠が知りたいところです。

少なくとも7月21日のアドバイザリーボードの資料ではこうした議論の痕跡はなく、今回の決定は科学的な議論を経ずに社会として必要な対応ということで決められた可能性がありそうです。

濃厚接触者の対応は一般社会と医療機関・高齢者施設とは別に考えるべき

私自身は、社会機能の維持のためには一般社会においては今回の濃厚接触の待機期間の短縮は歓迎されるべきものだと思っています。

むしろ一般社会においては濃厚接触者の待機そのものを取りやめても良いのではないかとまで思っています。

すでに新規感染者数のほとんどが接触歴の追えない人になっている現状では、濃厚接触者を待機させる意義は低くなってきています。

一般社会においては濃厚接触者のうち感染した人の6人に1人を見逃すことが、社会に与える影響は小さく、また社会機能の維持のためには有効な措置と言えるのではないかと思います。

ただし、最終接触から7日間は自身でしっかりと健康管理を行い、会食などのリスクの高い行動は避けていただくことが前提です。

一方で、医療機関や高齢者施設においては、施設内で感染者が広がりクラスターとなってしまうと重症化リスクの高い入院患者や施設入居者が感染してしまうこととなり、一人の感染者が周囲に与える影響は大きくなります。

感染した人の6人に1人を見逃す、というのは医療機関や高齢者施設においてはとても大きな数値に変わります。

このため、濃厚接触者の対応については、医療機関や高齢者施設は別に考えるべきではないかと思っています。

おそらく今回の決定後も、全国の医療機関の多くは待機期間の短縮には慎重にならざるを得ないものと推測しますが、全国の病院において「政府が5日間の待機で解除して良いと言っているのに、なんでうちの病院ではダメなんだ!」とか「2日目・3日目の検査で陰性だったら職員を働かせろ!」という病院幹部や職員から感染対策室への問い合わせが増えることがすでに予想されます。

現状でも「待機期間中も毎日検査をすることで連日勤務は可能」という最終手段がありますので、現場で混乱が生じないように、医療機関や高齢者施設での待機期間については一律5日間とせず、施設ごとにより柔軟な対応が可能となるように政府や自治体には十分な配慮をしていただきたいと思います。

参考:

国立感染症研究所. SARS-CoV-2の変異株B.1.1.529系統(オミクロン株)の潜伏期間の推定:暫定報告

倉原優. 緩和は進むか? 新型コロナの濃厚接触者・陽性者の待機・隔離期間 現時点でのまとめ

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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