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ここがヘンだよ、日本のITエレ業界!(6)エンジニアはタコつぼから脱出せよ

津田建二国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

これまで半導体産業、エレクトロニクス産業弱体化の原因を経営陣に求めてきた。だが、エンジニアや中間管理職にもおおいに問題はある。経営陣はともかく、エンジニアは自分のキャリヤ形成を意識し、自分をステップアップさせていくことを考えるべきだろう。それが結局、会社を活性化する。

最近、どうやって成長産業である半導体を世界並みの成長率に持っていくか、いろいろな人たちと話をしている。先日、ドイツのインフィニオンテクノロジーズ社のあるエンジニアと話をしていて面白いことに気がついた。彼は、シニアスタッフスペシャリストという肩書だ。

InfineonのStefan Macheiner氏
InfineonのStefan Macheiner氏

彼は、パッケージ部門の開発のスペシャリストであるが、顧客をよく訪問し、顧客の望むものは何かをディスカッションすると共に、工場のエンジニアに伝える「仕様の翻訳者」でもあると言った。インフィニオンのパワートランジスタを使う顧客のエンジニアが1~2年先に望む仕様が何かを知る仕事も持つ。工場のエンジニアは、専門知識は深いが狭いため、顧客の望む仕様を100%捉えることができない。自分の専門外の知識も要求されるからだ。技術に詳しくない文科系の営業担当者は顧客の言っている意味を100%理解できない。彼、シュテファン・マッハイナー氏は、工場エンジニアと顧客との間の言葉の翻訳をするという仕事も持つ。

こういった組織が日本にはない。サムスンはマーケティング部門がこういった翻訳者の役割を果たす。サムスンのマーケティング部門にはPh. D(理学博士)の肩書を持つエンジニアが実に多い。リニアテクノロジは、50歳前後のシニアエンジニアが翻訳者になる。顧客の望むシステムを理解し、その中からどのようなチップが欲しいのか、をディスカッションしながら求めていく。このディスカッションは、顧客でさえ明確なイメージを持っていないかもしれない。また、顧客のノウハウ部分に触れることは言えない。だから完全に明確な仕様は得られない。しかし、今解決しなくてはならない問題を捉えているはずだ。顧客とのディスカッション(ブレーンストーミング的でもかまわない)の中から、今抱えている問題を解決できるようなチップをイメージしていくのである。リニアテクノロジのボブ・スワンソン会長は「そのためには想像力も重要だ」と語っている。

インフィニオンのシュテファン・マッハイナー氏の担当する業務はパッケージコンセプト&ディフィニションである。つまり、半導体パッケージの設計仕様を決める仕事だ。パッケージは顧客が取り扱う機器に直結するハードウエアだけに、顧客との話し合いは不可欠。顧客に部品を納入するサプライヤは、顧客のシステムにも精通していなければならない。だから技術知識の深くて広いエンジニアやマーケティング担当者がエンジニアである顧客と直接話をしなければ、顧客の要求を完全に理解することができない。

経営者がこういった「技術の翻訳者」を育てる組織を作らないのであれば、エンジニア自らがやってみればよい。経営者は最終的な数字しか理解できないから、数字で表せばよい。もちろん短期的にすぐ数字に表れるものではないが、1~2年後には確実に現れる。

かつて日本のある大手半導体メーカーの元エンジニアによれば、顧客が新しいICチップを理解し性能・機能を引き出したり、カスタマイズしたりできるようにするため、開発ツールを作った所、上司は全くそれを理解せず、ICチップさえ売ればよいと言ったそうだ。開発ツールを提供しなければチップは売れないことを上司が理解していかなったのである。彼は無駄な仕事をしていると上司から見なされたそうだ。しかし、今では理解者はゼロではない。

顧客とサプライヤをつなぐ翻訳者は強く求められている。文科系の営業担当者はシステム技術のエンジニアが望むことを100%理解できない上、「小僧の使い」で終わってしまう恐れもある。顧客の要望を理解できなければサプライヤは切られてしまう恐れもある。サプライヤA社が理解してくれなければサプライヤB社に乗り換えることは容易に想像できるだろう。

エンジニアは5年以上半導体を経験したら、もう半導体の勉強よりシステムの勉強をすべきである。いつまでたっても半導体しか勉強しない「専門バカ」は世界的には通用しないと考えてもよい。それはエンジニア自らのキャリヤ形成にもおおいに関係する。つまり、半導体トランジスタの仕組みや量子力学的な物性理論を振り回しても、システムをわかっていなければチップは売れない。自分の開発したチップのどこに問題があるのか、なぜ使われないのか、では使ってもらうためにはどうすればよいのか、に対する答えがなければビジネスは成功しない。営業担当者を攻めることではない。

逆に半導体エンジニアがシステムを理解し、自分の開発したチップを使えばあんなことができる、こんなことができる、と顧客に夢を与え、購入してもらえる説得力になる。クアルコムは実際にそうしている。そうなると国内半導体メーカーだけではなく海外の半導体メーカーでも活躍できる。これまでの半導体の知識とシステムの仕組みを知ることで、革新的なチップを生み出し、起業することも可能になる。キャリアアップにつながるのである。

また、企業人に専門などない、と考えてもよい。企業ではマイクロ波技術を開発していた人間が、液晶開発に回されたという話はよくある。また、技術開発していた人間がマネージャーになり、技術よりも経営のことを考えるようになったり、財務指標を考えたり、さまざまな知識が求められる。企業は生き物だからだ。システムを知っている限り、その知識も考え方も応用が効く。結局、これもキャリアアップにつながる。

(2013/01/25)

国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。

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