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南シナ海問題で米中会談、日本は道具か?

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

8月5日、アメリカのケリー国務長官と中国の王毅外相はマレーシアで開催されているASEAN会合に参加し南シナ海問題に関して協議した。中国側は米側の意見をどのように伝えたのか?米中間で、日本は道具なのか?

◆中国における微妙な報道

8月4日までの中国の報道は、マレーシアのクアラルンプールで開催されているASEAN諸国(東南アジア諸国連合)の会合に関して、中央テレビ局CCTVをはじめ、激しくアメリカを批難するトーンが支配的だった。たとえば4日までの状況を伝える8月5日のお昼のニュースでは、アメリカが南シナ海問題に関して不必要にASEAN諸国と中国との対立を煽っていると非難。ASEAN諸国でもなく、アジアの国でもないアメリカが、いかなる資格があって南シナ海問題に口出しするのかと、遠慮も糊塗しようという意思も全く見られなかった。

特にフィリピンはアメリカの力を借りて中国を抑制しようとしているとし、また日本は5月に南シナ海で日米軍事演習をしてみせるなど、南シナ海とまったく関係のない国々が、南シナ海にやってきて地域の安定を破壊しているが、「外部勢力は介入すべきでない!」とCCTVのニュースキャスターの語調も激しかった。

ところが5日にアメリカのケリー国務長官と王毅外相の会談が終わると、まるで「そんなこと、ありましたか?」と言わんばかりに、5日の夕方のCCTV全国ニュースは、南シナ海に関するニュースを一文字たりとも報道していない。

呆気にとられるほどのコントロールぶりで、最後の3分間ほどで流す海外ニュースに関するコーナーでも、一切触れなかった。

なぜか?

それは明らかに「多勢に無勢」をいやがり、また9月に控えている習近平国家主席の訪米に関わる「神聖な領域」に入りこむのを避けるという意図を感じる。

◆新華網や人民網が報じたケリー国務長官の具体的発言

その一方で、中国政府の通信社である新華社のウェブサイト「新華網」や中国共産党の機関紙「人民日報」のウェブサイト「人民網」は、非常に詳細にケリー国務長官の発言を報道している。もちろん王毅外相の発言も、多すぎると思うほど詳細だ。

まず王毅外相が会談で何を言ったのか、その概要を見てみよう。

1. 習近平国家主席はまもなくアメリカを正式訪問することになっている。中国側はアメリカと各方面における準備を整え、このたびの歴史的な訪問が円満にして順調な成功を収めることを望んでいる。中国は、米中両国が各領域において互恵関係を保ちながら協力していくだけでなく、米中新型大国関係を推進し、ともに国際社会に積極的で前向きのシグナルを発信していくことを望んでいる。

2. 中米は戦略的な信頼関係とアジア太平洋における好循環を醸成していかなければならないという二つの課題を解決していかなければならない。特に今年は戦勝70周年記念であり、その年(70年前)中国とアメリカは共同で国連を中心とする国際秩序と国際システムを創りあげた。中国はいまや、国際システムの建設者であり擁護者だ。

3. 中国はアジアの国である。アメリカはアジア太平洋において現実的な利益があるだろう。中国はアメリカをアジアから追い出すつもりはなく、アメリカがアジア太平洋地域で積極的な作用を発揮することを望んでいる。この地域における多くの問題は、中米の協力なしには解決することは出来ない。

これに対してケリー国務長官は以下のように答えたと、新華網と人民網は伝えている。

アメリカは中国と共同で努力し、習近平主席のアメリカ正式訪問が円満な成功を収めることを望んでいる。アメリカは強大で繁栄した中国を支持しており、中国がさらなる発展を遂げることを望んでいる。アメリカは中国と戦略的信頼関係を築くことを望んでおり、アジア太平洋地区における業務の中で好循環を模索している。アメリカはアジア太平洋において、かつて一度たりとも中国と対立することを求めたりしたことはない。アメリカは中国がイラン核問題や北朝鮮の核問題、あるいは気候変動などの問題に関して重要で積極的な役割を果たしていることを高く賞賛し、中国とさまざまな領域における協力を継続したいと望んでいる。アメリカはまた、中国が反ファシズム戦争中に果たした卓越した貢献を、ことのほか高く評価する。

このようにケリー国務長官が言ったと、世界のどのメディアよりも詳細に発表した。

双方は南シナ海情勢に関しても意見を交換したと最後に書いてある。

そして、ケリー国務長官が「アメリカは南シナ海の問題に関して関心を持っているが、絶対に具体的な争議に介入するつもりはない。アメリカは中国が関係国と平和的な話し合いにより南シナ海問題を解決しようとしていることを支持する」と述べたと、締め括られている。

◆日本は道具か?

この報道から何が見えるかというと、二つある。

一つは、現在の中国は、反ファシズム戦争を戦った蒋介石率いる国民党の「中華民国」を倒して誕生した国であるのに、あくまでも自分自身が連合国側の国であったとして、アメリカに圧力をかけているということだ。つまり中国は、「共通の敵は日本だった。そのことを分かっているよね?」と、アメリカに突きつけているのである。そして、アメリカはそれを認め、中国に迎合している。

二つ目は、「アメリカはその日本を、戦後の国際秩序を乱す国に持って行こうとしているが、それでいいのか?」と、安保法案に関してアメリカに遠まわしに聞いているということである。

そしてそのアメリカは、日中対立により困る側面と、利する側面を持っており、「自分は具体的な争議に介入しないが、日本がアメリカの代わりにアジアの一国として、何とかしてくれるだろう」という含意をにじませているということだ。つまり、安保法案を暗示している。

そこには、まるで日本を道具として扱うような、大国同士の駆け引きが透けて見える。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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