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日本が直視したがらない不都合な事実――アメリカは尖閣領有権が日本にあるとは認めない

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

日米ガイドラインの見直しや安保法制整備の要因の一つに東シナ海情勢があり、その原因にはアメリカが尖閣領有権が日本にあるとは認めないという事実がある。これがいかに決定的か、日本人はもっと認識すべきだ。

◆オバマ大統領が習近平国家主席を前に叫んだ言葉――米議会調査局報告書

2013年6月、オバマ大統領と習近平国家主席はカリフォルニアのアネンバーグ邸で二人だけの会談を行ったあと、共同記者会見を開いた。その席でオバマ大統領は「尖閣諸島の領有権に関して、アメリカは(領有権紛争者の)どちらの側にも立たない」と、大きな声で宣言した。その姿勢はニクソン政権以来変わってないと、アメリカは何度も言っている。

これまで筆者はくり返しこの事実を書いてきた。

しかしその重要性が必ずしも日本政府にも日本人にも十分には認識されてないように感じるので、再び明確にしたい。

オバマ大統領のこの日の演説のために、米議会調査局(Congressional Research Service、CRSと略称)は、2013年1月にわざわざ報告書を書いて米議会全員に配布した。このCRSリポートのドキュメント番号は「7-5700 www.crs.gov R42761」である。

リポートのタイトルは“Senkaku (Diaoyu/Diaoyutai) Islands Dispute: U.S. Treaty Obligations”

Diaoyuは尖閣諸島の中国大陸における呼称「釣魚(島)」の中国語読みで、Diaoyutaiは尖閣諸島の台湾における呼称「釣魚台」の中国語読みの発音である。Disputeは「紛争」という意味なので、ここでは「領有権紛争」ということになる。

したがってこのタイトルを日本語に訳すと、『尖閣(釣魚/釣魚台)諸島の領有権紛争:米国条約義務』ということになる。

このURLはPDFなので示しにくいが、https://www.fas.org/sgp/crs/row/R42761.pdfをクリックしてみて頂けるだろうか。

開くことができた方は、CRSリポートの2ページ目をご覧いただきたい。

そこにSummary(サマリー、概要)があり、その6行目に

U.S. administrations going back at least to the Nixon Administration have stated that the United States takes no position on the territorial disputes.

という文章があるのを発見することができるだろう。この日本語の意味は

アメリカ政府は、少なくともニクソン政権までさかのぼって、アメリカ合衆国は領有権紛争のどちらの側にも立たないと宣言してきた。

である。つまり、オバマ政権にいたるもなお、ニクソン政権が沖縄返還に際して「返還するのは沖縄の施政権だけであって、アメリカは尖閣諸島の領有権とはいかなる関係もない」と宣言したアメリカの立場を引き継いでいるということだ。

なぜならサンフランシスコ平和条約で、アメリカが日本から委任を受けたのは沖縄の施政権だけだったからだ、というのがアメリカ側の理由。

しかし尖閣諸島に関して、1969年に国連のECAFE(Economic Commission for Asia and the Far East。アジア極東経済委員会)が尖閣諸島などの東シナ海に海底油田や天然ガスが眠っているようだと報告するまで、誰一人関心を示したことはない。ところがECAFE報告のあと、アメリカが中華人民共和国に接近し始め、それまで中国の代表だった「中華民国」が国連から追い出されそうになったのをきっかけに、在米台湾留学生が台湾の領有権を主張し始めた。

留学生たちは「蒋介石が無能だから、このようなことになる」として抗議デモを始めたのだ。そのデモが全米に広がるのを見て、ニクソン政権時代のキッシンジャー国務長官は、ときのニクソン大統領やピーターソン大統領補佐官(国際経済担当)などと密談。

この密談内容がアメリカ公文書館の外交関係ドキュメントVolume17のCHINA(1669-1972)に収められている。トップシークレットだったが、機密扱いの期限が切れ公開された。

そのドキュメント113~115には、CRSリポートのサマリーに書いてあるニクソン政権の宣言を導く秘密会談が詳細に書いてある。

これらのドキュメントを分析すれば、アメリカが米中国交正常化をして中華人民共和国を「中国の代表」として国連に加盟させるために、「中華民国」(台湾)に対して、アメリカの立場を守るために、苦しい自己弁護をしていることが手に取るようにわかる。

◆中国との決定的な対立を避ける――尖閣領有権が日本にあるとは絶対に言わないアメリカ

中国は嬉しくてならないだろう。

米中国交正常化に際して「一つの中国」をアメリカに認めさせ、中華民国が自国の領土と主張した尖閣諸島を「台湾のものは中国(大陸)のもの」として、領有権を堂々と主張していられるのだから。

日本ではCRSリポートのことなど、筆者がどんなに発信しても、誰も関心を示さないが、中国はこのCRSリポートを宝物のように重要視している。

アメリカが「領有権に関しては、どちらの側にも立たない」と言っているということは、すなわち「アメリカは尖閣諸島の領有権が日本にあるとは言っていない」ということになると解釈して、堂々と中国の領有権を主張しているのである。

だからこそ「東シナ海情勢」が危ないのだ。

中国が強硬路線を通せる状況をアメリカは自分で作っておきながら、東シナ海の厳しい情勢があるが故に「日米ガイドラインの見直し」「安保法制の整備」などの美辞麗句で日本を持ち上げているのである。自分で原因を作っておきながら、その現象があるので何とかしなくてはならないと日本を「励まして」いるわけだ。

◆日米、どちらも偽善者

安倍首相もオバマ大統領も、誇らしげに「強固な日米同盟」を繰り返し、「未来の日米関係」に期待を抱かせている。

しかし、その背後に横たわっているのは、アメリカの尖閣諸島領有権に対する立場だ。

もちろん、北朝鮮の問題や対テロ工作など、さまざまな理由は挙げられるだろう。それら、誰もが納得するであろう理由でカモフラージュしながら、肝心の原因には、互いに目をつぶっている。

本当に強固な日米関係があるなら、真実を直視すべきだろう。

しかし、互いにしない。見て見ぬふりをしている。

そこに「真の信頼関係」があると、互いに断言できるのであろうか?

この厳然たる事実に目をつぶる日本もアメリカも、偽善者としか言いようがない。

それ故にこそ、アメリカはついに、日本をアメリカと対等な軍事的立場にまで持ち上げようとしているのである。

これが、安倍首相が言うところの「歴史の新しい1頁」の一つであることを、どうか日本人は見逃さないようにしてほしい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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