坂本龍一「energy flow」がほぐした世紀末の緊張と1999年の流行語「癒し」
インストゥメンタルのタイトルをつけるのは、とても難しい作業ではないかと思う。歌詞のない世界、音だけで想像する世界。タイトルがその扉を開く、難解で限られた暗号。
インストゥメンタルで、はじめてオリコン1位を獲得したのが、坂本龍一さんの「ウラBTTB」。ここに収録されている「energy flow」は、1999年、三共「リゲインEB錠」として使われ、社会現象となった。
ゆっくりとなにか細やかな粒が落ちてくるようなメロディ。そこに「この曲を、すべての疲れている人へ。」というコピーが乗り、スクランブル交差点を渡るたくさんのスーツ姿が映る。音楽にふと気づき、立ち止まる人、ほほえむ人がいる――。そんなシーンだ。
私がこれまで見た栄養ドリンクCMに流れる音楽の中で、一番静かで穏やかで悲しい音楽だった。明るく勇ましく鼓舞するのではなく、聴くと胸がギューッとする。そして同時に、その美しさに「何か乗っかっていた重い力がなくなる」感じがし、ホッと肩の力が抜けた。
バブルの1989年頃、リゲインのCMで流れていたのは、牛若丸三郎太(時任三郎)の「勇気のしるし」だ。「24時間戦えますか」と勇ましく歌っていた。ビジネスマーン!! しかしバブルという、いわばパワーチャージし過ぎた「過度」の時代が弾け、不況になり、不安と疲れが漂った世紀末。CMで流れた30秒は、その短い時間だけで、疲れもホッも感じられた。戦うためにエネルギーを「charge(チャージ)」するのではなく「flow(流れ)」。ああ、循環する静かなエネルギー! 入り過ぎた力が抜けるそのメロディーにぴったりだと思った。
●累計180万枚の大ヒットで「癒し」が流行語に
この曲は大ヒットし「癒しの音楽」と呼ばれるように。そして空前の「癒しブーム」が訪れる。ヒーリング系の曲を集めたオムニバス「feel」「image」などもリリースされ、こちらも大ヒットした。私も大好きだった……! ヨーヨー・マなど、このオムニバスで知ることができたアーティストも多い。
1999年の流行語大賞に「癒し」という言葉はベストテン入りした。ただ、坂本龍一さんはこの「癒し」という言葉が嫌いだったそうだ。
「energy flow」のMVはワーナー・ミュージック・ジャパンの公式YouTubeチャンネルで観ることができる。
白とグレーと黒の世界に、モノトーンの旋律が、シンプルだけどひたすら繊細に落ちてくる。草が揺れる音、波の満ち引きの音が混ざり、全部が溶けていくみたいだ。
今は桜がきれいな時期だ。桜の花びらが散る音もこんな風、と言われたらそうかもと思うような。
坂本龍一さんにとっては困惑しただろう、「癒し」という言葉に乗って大ヒットしたこの曲。
とても静かに、緊張の糸がほぐれていく。
自然と涙も流れてくるような、不思議なメロディである。