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ウィズコロナ時代のわれわれの「こころ」:第1回 コロナ不安と心のケア

原田隆之筑波大学教授
(写真:アフロ)

記事配信にあたってのご挨拶

 今日からYahoo!ニュースで「事件を読み解く心理学」というテーマで記事を配信することとなりました。私のバックグラウンドは心理学,特に臨床心理学,犯罪心理学,精神保健学などです。世の中で起きる様々な事件,事故,社会問題について,心理学的な観点から分析を行っていきたいと思っています。

 その際のキーワードの1つは「エビデンス・ベイスト」です。心理学は科学であることを標榜していますが,この国で事件や事故などの社会問題が起きた際にテレビや新聞,雑誌などでコメントをする「心理学者」の意見には,残念ながら首をかしげるようなものが少なくありません。なぜならば,それは本人の主観や古い学説などに基づいたものが多く,とても最新最善のエビデンスに基づいたものではないからです。心理学が科学として,社会問題の理解や解決に少しでも貢献できるように,これから随時記事を配信していきたいと考えております。どうぞよろしくお願いいたします。

ウィズコロナの時代

 さて,記念すべき第1回のテーマを考えたとき,やはり新型コロナ感染症の問題と向き合わざるを得ません。私は感染症の専門家ではないのでコロナ感染症自体を俎上に載せるのではなく,感染症が蔓延するなかでの人々の心理や問題行動に焦点を当てて,今後何回かに分けて,さまざまな視点から分析をしていきたいと考えています。

 今回テーマに上げたいのは,「コロナと不安」の問題です。

 誰もが経験したことのない目に見えない敵に対して,われわれは大なり小なり言い知れない不安を抱えています。それは病気に対する不安だけでなく,経済的な不安や,もっと漠然とした将来への不安などさまざまです。新型コロナに感染していてもいなくても,こうした不安は誰かれ問わず襲いかかってきます。

 コロナウイルスとの戦いは,われわれが当初想像した以上に長く続くものであると専門家は口をそろえて言っています。われわれは,もう「コロナ以前」には戻れないのかもしれません。そのためには,「新しい生活様式」に慣れ,感染からわれわれ自身や周囲の人々を守ることはもちろん,「コロナ不安」「コロナ疲れ」といった心の問題にも上手に立ち向かっていく必要があります。

不安とは

 そもそも不安とは何でしょうか。なぜわれわれは不安になるのでしょうか。

 不安とは,「われわれの身に何か良からぬことが起きるのではないか」というときに抱く漠然とした感情です。確かにこれは厄介な感情ですが,同時にわれわれに危険を知らせ,それへの対処行動を取るように仕向けてくれるシグナルの働きもします。コロナ感染症に不安を抱くからこそ,われわれは手洗いをし,マスクを装着し,自粛もしたのです。それがわれわれの身を守る行動だからです。

 太古の昔,われわれの遠い祖先は,今とは比べものにならないくらい,脅威に満ちた生活を送っていました。野生動物,他の部族,そして病気やケガ。こうした脅威を敏感に察知し,不安のシグナルが鳴った者は,脅威への対処を講じて生き延びることができました。反対に,脅威に鈍感で不安のシグナルが鳴らない者は,やすやすと動物や敵の餌食になったことでしょう。つまり,不安を抱きやすい人々は生き延びて,その遺伝子を後の世代へとつなぐことができたのです。

 したがって,われわれは進化の過程で,不安を抱きやすい人々の子孫なのです。不安のDNAを受け継いでいるのです。そして,不安とはサバイバルのためのシグナルを鳴らすという重要な機能をもっているのです。

不安への対処

 とはいえ,不安は不快で厄介な感情であることは間違いありません。それが過剰になると,心身の不調のもとになります。したがって,そうなる前に何らかの対処をする必要があります。これを心理学では「コーピング」と呼びます。効果的なコーピングを身に付け,不安に対して上手に対処することが大切です。

 その前に,一番大事なことがあります。それはまず,「不安を受け入れる」ということです。

 不安というのは,不快で認めたくない感情であるために,多くの人はそこから目をそらしたり,不安を感じていない振りを装ったり,あるいは無理に抑え込もうとしたり,気をそらそうとしたりします。しかし,これはしばしば逆効果です。

 したがって,まずは自分の不安をあるがままに受け入れてください。少し興味をもって観察してみてください。ゆっくり深呼吸しながら観察するのもよいでしょう。

 先に述べたように,不安はわれわれが生きていくうえで重要な感情であり,サバイバルのためのシグナルです。自分のなかの大事な感情を受け入れて,「自分は不安な状態にある」ということを認めましょう。今の気持ちを文章にしてみてもよいかもしれません。殴り書きでもよいので,深呼吸をしながら,自分が今何を感じているのか,自問自答しながら文字にしてみましょう。

 不安を感じているからといって,それは情けない恥ずかしいことではないし,弱い人間であることを意味するのでもありません。逆説的に聞こえるかもしれませんが,不安を受け入れて初めて,不安と上手に付き合うことができ,過度な不安の解消につながるのです。ここで大事なことは,「不安とは異常な状況における正常な感情なのだ」ということをしっかり自覚することです。

 コーピングを駆使するのは,その後です。これは何も特別なことをする必要はありません。あなたが一番好きなこと,集中できること,リラックスできることをやってみましょう。美味しいものを食べる,体を動かす,歌を歌う,お笑い番組を見る,ペットと遊ぶ,ゆっくりとお風呂に入る。何でも構いません。不安から気を紛らわせようと意識するのではなく,好きなことを好きなようにやればよいのです。そして,それができることに感謝しましょう。

 しかし,それでも気持ちが晴れないときは,周囲の人々や心の専門家に頼ってみましょう。人に頼ることに抵抗感を抱く人も多いと思いますが,困ったときに誰かに頼るということもまた,必要なスキルです。

不幸な経験から学ぶ

 コロナ禍の中で,われわれは多くのことに気づきました。安全だと思い込んでいた社会が,こんなにももろいものであったこと。疫病などはとっくの昔に制圧したと思い込んでいたのが,幻想に過ぎなかったこと。そして,われわれがかくもか弱い存在であること。

 しかし,この不幸な感染症を経験したわれわれは,ただそれに流され翻弄されるだけではいけません。新しいウィズコロナの時代を生き抜くために,そこから何か新しいことを学ぶ必要があります。人間の弱さやもろさを受け入れることは,その第一歩になるでしょう。

 嫌な体験のポジティブな面に目を向けてみることもまた,長引く不安に対処するために効果的な方法です。アメリカの心理学者ハワード・テネンは,不幸な経験をした人々を2つのグループに分け,片方にはその体験の「良いところ探し」をしてもらい,もう片方には「嫌なところ探し」をしてもらいました。すると,「良いところ探し」をしたグループの怒りや不快感などが有意に改善されたのです。

 われわれもこれを実践してみてはどうでしょうか。たとえば,この国には献身的にわれわれの命を守ってくれる素晴らしい医療従事者がいて,生活を支えるための物資を運送し販売してくれる人々がいて,街を清掃しゴミを処理してくれる人々がいる。そのありがたさに改めて気づき感謝できたことは,不安な毎日の中の光であったのではないでしょうか。

 

筑波大学教授

筑波大学教授,東京大学客員教授。博士(保健学)。専門は, 臨床心理学,犯罪心理学,精神保健学。法務省,国連薬物・犯罪事務所(UNODC)勤務を経て,現職。エビデンスに基づく依存症の臨床と理解,犯罪や社会問題の分析と治療がテーマです。疑似科学や根拠のない言説を排して,犯罪,依存症,社会問題などさまざまな社会的「事件」に対する科学的な理解を目指します。主な著書に「あなたもきっと依存症」(文春新書)「子どもを虐待から守る科学」(金剛出版)「痴漢外来:性犯罪と闘う科学」「サイコパスの真実」「入門 犯罪心理学」(いずれもちくま新書),「心理職のためのエビデンス・ベイスト・プラクティス入門」(金剛出版)。

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