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東京グレートベアーズ、初のホーム開幕戦。勝利ならずもそれ以上に大きな歴史的一歩と共に残した2つの功績

田中夕子スポーツライター、フリーライター
東京GBのホーム開幕戦。斎藤工さんが始球式に登場(素材提供:V.LEAGUE)

「バレーボール界が変わった」と印象を抱かせる演出

 千駄ヶ谷駅から体育館まで、写真と名前入りの選手ののぼりがずらりと並び、会場に入ればチームカラーのピンクに施された鮮やかな装飾。

 試合開始の40分前には多くの観客が会場を埋め、東京スカパラダイスオーケストによるテーマソングに乗せ、オリジナルムービーが上映され、暗転した会場に光が注がれ、スモークが焚かれる中を選手が入場する。

 ホーム開幕戦となる10月29日のウルフドッグス名古屋戦で始球式を務めるのは俳優の斎藤工さん。バレーボール経験者でもなく、バレーボールに関する映画やドラマの番宣でもない。前身のFC東京から全体譲渡し、東京グレートベアーズを運営するクラブオーナーであるネイチャーラボのメンズブランドのイメージキャラクターを斎藤さんが務めていることから、始球式が決定したのだが、記者としてではなくあくまで1人の視聴者としてこの決定を聞いた時は驚いた。白状すれば、始球式で登場する時から退場するまでスマートフォン片手に前のめりで見てしまった。

 大会前からラッピングバスやッピングバスや駅での告知を含め、PRも十分行ってきた。少なくとも長年バレーボールを取材する中、これまでもワールドカップや世界選手権で日本代表が盛り上がった後のVリーグ開幕や、ホーム&アウェイ方式に移行し、リーグではなくチームが開催権を持つようになり、独自の演出に着手した最初のシーズンなど、始まる前に期待を抱いたことがなかったわけではない。

 だが10月29日の東京グレートベアーズのホーム開幕戦はそのすべてを上回った。何しろ会場にいてワクワクした。

 前述の始球式はもちろんだが、心地よい音楽とライティング。適材適所にプロを配置し、バレーボールに詳しい人でなくとも、家族連れで足を運びキッチンカーで買うビール片手に来場しても楽しい。年齢や構成も幅広い客層や、斎藤工さんや翌日の始球式に登場した小池百合子知事、さらにはテーマソングを作成した東京スカパラダイスオーケストラのメンバーも来場しており、それまでバレーボールになじみが薄い人でも「行ってみようか」という気にさせる。そんな期待感が溢れていた。

 試合を終えた後グレートベアーズの選手たちが口々に運営や来場してくれた人々に感謝を述べる中、対戦相手のウルフドッグス名古屋、隣県の神奈川出身でもある小川智大は「日本で一番人が集まる東京に強いチームがあるのは大事なこと」と述べ、選手の目線でこう言った。

「ここまで凝った演出をするチームはバレーチームにはなかなかない。選手の立場で言えば、試合中の演出はそれほど気にしていないですけど、(演出は)お客さんを楽しませるものだし、何よりたくさんお客さんがいることが選手にとってテンションが上がるのは間違いない。バレーボール界が変わってきた、という印象は今日(29日)の(グレートベアーズの)ホームゲームで感じました」

照明と音楽、映像、東京体育館でのホーム開幕戦ではさまざまな挑戦の姿勢を打ち出した(筆者撮影)
照明と音楽、映像、東京体育館でのホーム開幕戦ではさまざまな挑戦の姿勢を打ち出した(筆者撮影)

憧れの「東京体育館」

 新たなチームができて、Ⅴリーグというバレーボールリーグのホーム開幕戦を迎える。派手な演出や告知で強く印象付けたことはもちろんだが、何より大きかったのはその記念すべきホーム開幕戦を「東京体育館」で行ったことだ。

 2011年に3月から1月へ開催時期が移行されて以後、改修工事の期間を除いては春高バレーの会場となり、ワールドカップや世界選手権など多くの国際大会も開催された。Vリーグも決勝や、かつては開幕戦が東京体育館で行われたこともあったが、現在のようにホーム&アウェイで1会場1試合ではなく、1日2試合、それどころか全チームが2日間で集まっての開催であり、あくまで単独チームによるホームゲームでの開催はない。

 ホーム&アウェイを完全に根付かせるためには、各チームがホームアリーナを擁するのは前提で、最大1万人を収容する東京体育館のような大きなアリーナをホームとするにはリスクも大きく、使用料も莫大で、現実的ではない。実際東京グレートベアーズの今季のホームゲームも東京体育館で行われるのは、ホーム開幕戦であるこの2戦のみだが、東京体育館でバレーボール選手として、バレーボールの試合をする。その意味合いは観客だけでなく選手にとっても大きなもので、同じ場所に対して、ホームチームの東京グレートベアーズの選手も、アウェイチームのウルフドッグ名古屋の選手もそれぞれの思い入れがある。

 今季東京グレートベアーズに新加入した戸嵜嵩大は開幕前日、自らのツイッターにこう記した。

「東京体育館で春高見て、バレーまたやろうって決めて、12年後に自分が東京体育館でバレーしてるって、、、夢しかない!!(原文ママ)」

 中学時大腿骨頭すべり症を患い、バレーボールを辞めようと考えていた2011年、東京体育館開催になって初めての春高観戦に訪れ、そこで見た景色に魅了された。

 以後、チームを移籍しながらバレーボールを続け、29日のホーム開幕戦で念願の東京体育館のコートに立った戸嵜は「バレーボールを続けるきっかけになった体育館で、観客の皆さんの前でプレーしたい、という思いが強かった。たくさんのお客さんの前でプレーできて嬉しかった」と述べた。

 対戦相手のウルフドッグス名古屋にも、同じく憧れの念を抱き、コートに立った選手がいる。山崎彰都だ。

 初めて東京体育館に来たのは東海大1年生の時。当時はメンバーどころかベンチ入りもできず、ユニフォームも着られず、下級生としてやるべき仕事とサポートに走り回っていた。「東京体育館がどういうものかも知らなかった」と当時を振り返りながらも、それでもここは夢の場所、とばかりに笑顔でこう言った。

「小学生の頃にバレーボールを教えてくれた監督が『いつか東京体育館で試合をしたい』と言っていたので、自分がここでできたことを自慢できる。地元に帰ったら、話してあげようと思います」

 学生時代の転機や憧れを抱く選手たちとはまた異なる思いを抱く選手もいた。ウルフドッグス名古屋の近裕崇だ。

 チーム最年長の34歳、東海大4年時の全日本インカレを制した思い出の体育館は、前身の豊田合成トレフェルサが初優勝した際の決勝を戦った舞台でもある。

「本当にたくさんの思い出がある場所。あと何回、ここでできるかな、という思いもあって、楽しみたいと思ったし、実際、楽しみました」

バレーボールを続けるきっかけになった特別な場所、東京体育館のコートに立ちプレーした東京グレートベアーズの戸嵜(素材提供:V.LEAGUE)
バレーボールを続けるきっかけになった特別な場所、東京体育館のコートに立ちプレーした東京グレートベアーズの戸嵜(素材提供:V.LEAGUE)

「この環境でできるのが幸せ」とポジティブな文化をつくる

 初戦は硬さもあり、東京グレートベアーズの消極的なサーブがすべて相手のチャンスボールとなり、為すすべなくストレート負けを喫した。直後、マイクを持ってコートに立った主将の古賀太一郎は敗れた悔しさと、来場者への感謝を込めてこう述べた。

「望んだ形でスタートできず、悔しく思っています。ただ、1年前は想像できなかった、満員の観客の前でプレーできたことを、選手一同本当に感謝しています」

 翌日は今季から移籍加入の星野秀知がスタメン出場し、攻守に活躍。敗れはしたが競り合う展開で1セットを奪取し、「お客さんが入った、決勝のような雰囲気でできたのでいいプレーができた」と星野も笑顔を見せた。

 まだまだここから。だが、確かな一歩を踏み出した。そんな選手たちの思いを、古賀が代弁した。

「星野選手のように、常に優勝争いしてきたチームで経験してきた選手にはこういった環境でやれる意味、プレッシャーの中でも何をしなければいけないかがわかっているけれど、今はそういう選手が少なく、気負いすぎていたり、責任を背負いすぎているところがチーム内にありました。でもそれは、強いチームになるために乗り越えるしかない。こういう環境でできる幸せをどうとらえるか。この環境でできることは幸せだというポジティブなマインドをチーム文化にしていきたいし、これだけの観客がいてプレーに委縮するのは理解できるけど、乗り越えた先にどういう姿、発展があるのか。前向きな考えでチームの文化をつくっていきたいです」

 新たに刻まれ、踏み出された一歩から、どんな道を歩むか。ホーム開幕戦で抱かせた期待感を、これからどんな風につなげていくのか。たとえ困難があっても、根底ではワクワクしながら、挑戦を楽しむ。そんな姿が見られることを期待したい。

スポーツライター、フリーライター

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、月刊トレーニングジャーナル編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に「高校バレーは頭脳が9割」(日本文化出版)。共著に「海と、がれきと、ボールと、絆」(講談社)、「青春サプリ」(ポプラ社)。「SAORI」(日本文化出版)、「夢を泳ぐ」(徳間書店)、「絆があれば何度でもやり直せる」(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した「当たり前の積み重ねが本物になる」(カンゼン)などで構成を担当。

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