「合意なき離脱」は英国の始まりの終わり 北アは直接統治へ 国民1人当り収入成長は10年で4~9%減速
[ロンドン発]英国の欧州連合(EU)離脱を調査している大学研究者のネットワーク「変わっていく欧州の中の英国」が4日「合意なき離脱」の問題点と影響について報告書をまとめました。
「『合意なき離脱』は英国政治の中心課題としてのEU離脱の終わりを意味しない。終わりの始まりでさえもない。(第二次大戦を勝利に導いた)ウィンストン・チャーチルの言葉を借りれば始まりの終わりになるのかもしれない」と警鐘を鳴らしています。
報告書のポイントは次の通りです。
【問題点】
(1)「合意なき離脱」は不確実性の長期化を意味する
「合意なき離脱」の影響がいつ、どのように現れるのか、はっきりとは分からないだけでなく、長期的な英国とEUの関係についての交渉と合意が依然として求められる。
(2)英国の財(モノ)輸出の半分は混乱に直面する
EU向けの英国の財輸出は、現在は存在しない国境管理に直面する。新しい関税がかなりの割合の輸出品にかけられ、特に農産物の輸出と自動車に適用される。
事前の計画と貿易量の削減により主要港での即時の混乱は緩和されるが、しかしある程度の混乱は避けられない。カナダ、トルコ、日本を含む国々との貿易の優遇措置も適用されなくなる。
(3)北アイルランドは特にひどい打撃を受ける
アイルランドに移動する財に対する国境管理が即座に再導入される。それは輸出の減少と、主要産業におけるサプライチェーンの縮小、闇市場の活動の増加を意味する。失業率が上昇する。
(プロテスタント系とカトリック系の総意による自治を定めた)ベルファスト合意を損ない、中央政府による直接統治に戻る可能性が非常に高い現実味を帯びる。
(4)「合意なき離脱」は英国国民の安全を低下させる恐れがある
データが犯罪を解決する鍵となる現代、警察活動と安全に大きな影響が生じる。
英国は、EUのデータベースと、欧州逮捕状、シェンゲン情報システム、欧州刑事警察機構(ユーロポール)を含む協力へのアクセスを失う。
進行中のものを含むオペレーションへのEUからの援助が即時に停止される。
(5)英国の国際的な評価が下がる恐れがある
争いはあるものの、英国は離脱清算金390億ポンド(約5兆500億円)の残りを支払う法的責任を負わないで済むかもしれない。しかし残額を支払わないと、EUは新しい貿易協定の交渉だけでなく、単独で実施した緩和策の一部を撤回する恐れがある。
(6)「合意なき離脱」はEUとのいかなる合意もさらに難しくする
(離脱を希望するEU加盟国のための手続きを規定した)EU条約50条の枠組みの外で合意を得るのははるかに難しく、時間がかかる。EU加盟国の議会が関与するにつれて、EU側からより多くの譲歩を求められる可能性がある。
【影響】
(1)貿易への影響はすぐに現れる
新しい規制と通関手続きがすぐに適用される。国境は旅行者には開かれたままだが、追加の手続きが行われ、結果的に遅延が生じる恐れがある。ただし「合意なき離脱」の即座の影響は一部、備蓄、ビジネスへの期待、フランスを含むEU27カ国の祝日によって最小限に抑えられるだろう。
(2)英通貨スターリングはほぼ確実に下落
ただし11月1日までに「合意なき離脱」の影響はすでにポンド相場に織り込まれている可能性がある。金融システム全体は安定を保つだろう。
(3)アイルランドと北アイルランド間の貿易業者の負担が増大
貿易業者は税関で申告し、関税を支払い、商品の適切な認証と、通知がタイムリーに与えられ、オペレーターとして登録されていることを確認しなければならなくなる。
(4)サプライチェーンに混乱が生じる
ジャストインタイムの生産プロセスに依存する自動車産業などの分野の生産に影響を与える。
(5)居住権はほとんど変更されない
現在、英国に居住しているEU市民、およびEUに居住している英国民は居住権を失うことはなく、即時の変更はほとんどない。
(6)新規移住者の地位は明確ではない
おそらく移民の流入は急激に減少する。英国は離脱前後に到着したEU市民を区別する深刻な行政的複雑さに直面する。最近出された政府の声明は混乱を増し、ダメージを与える恐れがある。
(7)混乱が長引くと、2週間以内に一部の食料が不足する恐れがある
11月と12月は飲食業界にとって食料を備蓄するのが最も難しい時期だ。
(8)現状を鑑みると英国経済は不況に陥る恐れがある
その深刻さは不確実だ。全体として経済的影響は短・中期的には、貿易の直接的な混乱の程度、消費者とビジネスの見通しへの影響、政府とイングランド銀行(英中銀)の政策対応の有効性にかかっている。
【長期的な含意】
(1)「合意なき離脱」でEU 離脱のプロセスは終わらない
協議が終了することや、英国とEUの関係の最終形が示されることはほとんどない。
(2)長期的な影響はEUとの将来の関係の条件による
どれくらいの速さでどんな条件で英・EU双方が交渉のテーブルに戻るかにかかっている。将来の交渉は厳しいものになり、英国の交渉の立場は著しく弱くなる恐れがある。
英ケンブリッジ大学のキャサリン・バーナード教授(EU法)は「いずれにせよ英国がEUとの関係を再構築する場合、財の貿易についてはEU規制との整合性が求められ、完全なルール・テイカーになる。サービスだけでなく漁業、ジブラルタル問題、人の自由移動に関しても英国は大幅な譲歩を強いられる」と指摘。
EUとの新しい関係が始まるのは早くても2025年でそれよりも遅くなる可能性の方が強いそうです。
(3)「WTO(世界貿易機関)の条件」では英国経済の成長はより遅くなる
将来のEUとの関係がWTOの条件に基づいていれば、英国経済の成長は続くだろう。しかしEUに残った場合に比べて1人当たりの収入は今後10年で4%から9%低くなる恐れがある。
内閣府の首席エコノミストを務めた英大学キングス・カレッジ・ロンドンのジョナサン・ポルテス教授は「イングランド銀行はEU離脱で投資が減り、英国の生産性は2~5%下がると指摘している」と強調しました。
(4)海外の英国国民の医療や社会保障に関する長期的な取り決めを解決するのに何年も要する
(5)将来の安全の取り決めを特別にアレンジするのにかなりの時間がかかる
欧州刑事警察機構とノルウェーの合意に7年かかった。
報告書は「『合意なき離脱』の影響はこれまでの報告書で示唆したほど緊急でも目に見えるものでもないものの、重大でダメージが大きく、長引く」と指摘した上で「『合意なき離脱』が政府とビジネス、一般家庭に確実性を与えるというのはナンセンスだ」と警告しています。
(おわり)