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「泥沼の女」メイ英首相、6月に4度目の採決後に辞任 EU離脱の見通し立たないまま

木村正人在英国際ジャーナリスト
英議会に到着したメイ首相(写真:ロイター/アフロ)

党首選にジョンソン前外相が名乗り

[ロンドン発]先の統一地方選で歴史的な大敗を喫したテリーザ・メイ英首相が6月3日から始まる週に欧州連合(EU)との離脱合意について下院に4度目の採決にかけ、辞任する考えを保守党幹部に伝えました。英紙デーリー・テレグラフが報じました。

「合意なき離脱もやむなし」という強硬離脱派のボリス・ジョンソン前外相は早くも保守党党首選に立候補する方針を明らかにしました。メイ首相は自分の離脱合意が議会で承認されたら辞任すると表明していました。4度目も否決されたら辞めることをようやく決心したようです。

保守党党首選への立候補を表明したジョンソン前外相(昨秋の党大会で筆者撮影)
保守党党首選への立候補を表明したジョンソン前外相(昨秋の党大会で筆者撮影)

メイ首相とEUの離脱合意は英下院で1度目は史上最悪の230票差、2度目はワースト4の149票差、3度目も58票差で否決されました。当初は3月末だった離脱期限は10月末まで延期され、何度も否定してきた欧州議会選に参加するハメに追い込まれました。

先の地方選では1330議席も減らし、離脱を撤回する2度目の国民投票を呼びかける残留派の自由民主党や緑の党の躍進を許しました。5月23日に投票が行われる欧州議会選では「合意なき離脱」を掲げる新党「ブレグジット(英国のEU離脱)党」の独走を許しています。

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次の総選挙は2022年5月に行われる予定で、地方議員の数を見ると先の地方選で大敗したとは言え、まだ余裕があります。

メイ首相はEUの関税同盟への残留を唱える最大野党・労働党との与野党協議に最後の望みをつなぎます。しかし、労働党のジェレミー・コービン党首は党内の穏健離脱派と残留派に配慮しなければならず、妥協が成立するのは難しそうです。

日系企業の「英国離れ」加速

離脱交渉の先行き不透明感だけが増す中、カナダの航空機メーカー、ボンバルディアは北アイルランドでの事業を売却することを決めました。3600人の雇用が失われます。

ボンバルディアは「合意なき離脱」を唱える北アイルランドの地域政党「民主統一党(DUP)」に対し、メイ首相への反対を取り下げるよう圧力をかけてきました。

日産自動車の生産撤回やホンダの英国工場閉鎖が象徴するように日系企業の「英国離れ」は確実に進んでいます。帝国データバンクの調べでは、英国に進出する日系企業は今年3月時点で 1298 社。3年前の1380社より 5.9%も減少しました。

強硬離脱になればEUの域外関税がかかり、サプライチェーンも寸断されるため、製造業が48社、物流を担う卸売業は35社も減っています。年商100億円未満の企業もリスクを恐れて124社減少しました。

難航するEU離脱交渉を受けてロンドンの商業用不動産市場のバブルは完全に崩壊しています。リースホールド権(日本の定期借地権に似ている)を売買する際、テナントは地主にリースプレミアムを支払う場合があります。

ある物件で65万ポンド(約9100万円)もしたリースプレミアムが25万ポンド(約3500万円)になり、ゼロになっても買い手が見つからず、最終的に地主側が3カ月無料での入居を要求されたという話を耳にしました。

富裕層が恐れるコービン政権

「合意なき離脱」にでもならない限りロンドンに残ると断言していた日本人トレーダーも日本に引き揚げてしまいました。英国の富裕層は強硬左派のコービン労働党政権が誕生して富裕層への課税が強化されるのを恐れてタックスヘイブン(租税回避地)への移住を検討しています。

メイ首相が本気で労働党の関税同盟残留案をのんでEU離脱を考えているとしたら大馬鹿です。コービン党首は「隠れ離脱派」で本心ではEU残留なんてとんでもないと考えています。しかし労働党内の残留派が与野党の合意案を国民投票にかけることを主張しているため、あいまい戦略をとっているからです。

保守党内の強硬離脱派を説得できずに下院で3度も否決されたあげく、これまで歯牙にも掛けなかったコービン党首に与野党協議を持ちかけるというのは虫が良すぎます。

日系企業をはじめ英国に進出するグローバル企業にとって最悪のシナリオは、社会主義政策を唱えるコービン政権の誕生です。メイ首相が関税同盟残留で妥協したら、労働党に政権が移る可能性が膨らみます。「合意なき離脱」になってもコービン政権になる可能性があります。

過去3度の政権交代を見ると、保守党か、労働党のうちどちらかの地方議員の数がピークに達した時に政権交代が起きています。この法則から見ると、早期解散でもならない限り保守党から労働党に政権が移るまでにはまだ時間があります。

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上のグラフは昨年に作成されたもので、右側の保守党と労働党の数字は先の地方選の結果を踏まえた最新の数字を筆者が付け加えました。

しかし、首相がメイ氏から強硬離脱派のジョンソン氏に変わったとしても状況は何一つ変わりません。4度目の採決で保守党が一つにまとまらない限り、英国は離脱と残留の間で身動きできない状況が続くでしょう。それにしてもメイ首相のEU離脱交渉は拙すぎました。

【メイ首相が犯した13の大罪】を振り返っておきましょう。

(1)内相時代、移民の純増数を年間10万人以下に抑える目標を達成できず、EU離脱の主因をつくる

(2)16年6月のEU国民投票で残留派に与しながら、何もしなかった

(3)「英国がEUから離脱したら、北アイルランドとアイルランド間の国境は復活する」と無責任発言。後に撤回

(4)16年7月に首相に就任すると「ブレグジットと言ったらブレグジットよ」「赤・白・青のブレグジットを目指すべき」と迷言を連発

(5)17年1月「悪い合意ならない方がマシ」と演説し「合意なき離脱」をあおる

(6)17年3月、EU離脱のグランドデザインがないまま、強硬離脱派に突き上げられて離脱手続きの開始をEU側に通告

(7)17年6月、絶対にしないと繰り返していた解散・総選挙に打って出て、過半数割れ

(8)17年12月、交渉のトゲとなるアイルランドとの「目に見える国境」は復活させない安全策について深く考えずにEU側と基本合意

(9)18年7月、首相の公式別荘チェッカーズで離脱後もEUと共通のルールをつくる離脱案をまとめ、ジョンソン外相らの辞任を招く

(10)18年11月、英下院で過半数を形成できる見通しがないまま、EUと離脱協定書と政治宣言を交わす。EU離脱担当相ら4人が辞任。計33人が閣僚や担当相などの要職を辞任

(11)過半数を獲得できる見通しがないまま、採決の先送りを続ける。3度も歴史的な大差で敗北したにもかかわらず、自分の離脱合意にこだわる

(12)3月20日夜、テレビ演説で議会に責任転嫁して下院議員ばかりか有権者の反発を招く

(13)保守党内の強硬離脱派とDUPに見放されて、「水と油」の労働党・コービン党首に抱きつく

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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