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遅すぎる避難指示!「災害モード」への切り替えを急げ

中澤幸介危機管理とBCPの専門メディア リスク対策.com編集長
キキクルによる気象警報・注意報(9月18日7時)

気象庁は9月17日、大型で猛烈な台風14号が18日夕にも鹿児島県に上陸する恐れがあるとして、同県に台風による暴風、波浪などの特別警報を出した。台風の特別警報は沖縄県以外では初めてだ。気象庁の担当者は「過去に例がないような暴風・高潮・高波・記録的な大雨のおそれがある。特別警報が発表されてから避難するのでは手遅れ。自分の命、大切な人の命を守るため、特別警報の発表を待つことなく、地元市町村からすでに発令されている避難情報に直ちに従い身の安全を確保してほしい」と呼び掛けた。しかし、9月18日午前7時現在、NHKがまとめた避難情報の発令情報によると、避難指示を発令しているのは鹿児島県内の市町村をのぞいて一部自治体に限られる。

鹿児島

▼緊急安全確保:西之表市、▼避難指示:35市町村、▼高齢者等避難:4町

宮崎県

▼避難指示:7市町、高齢者等避難:14町村

大分県

▼高齢者等避難:2市

熊本県

▼避難指示:2市町、高齢者等29市町村

【注意:9月18日午前7時現在】

実際、九州をはじめ、多くの自治体が、今まさに避難指示の発表をするかどうか悩んでいる最中だろう。

ちなみに、避難情報については、2021年5月20日、改正された災害対策基本法が施行され、市町村が発令する避難情報は、これまでの「避難勧告」と「避難指示」が一本化され、「避難指示」のみとなった。市町村は、警戒レベル情報の他、暴風や日没の時刻、堤防や樋門等の施設に関する情報なども参考に、総合的に避難指示等の発令を判断することになる。

気象庁 https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/bosai/alertlevel.html
気象庁 https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/bosai/alertlevel.html

警戒レベルとは、災害発生の危険度と、とるべき避難行動を、住民が直感的に理解するための情報だ。過去の災害では、気象庁からの注意報や警報に加え、市町村から避難に関する様々な情報が発信されたものの、受け手である住民に正しく理解されていたかなど、さまざまな課題があり、住民が災害発生の危険度を直感的に理解し、的確に避難行動がとれるよう、避難情報や、防災気象情報等の防災情報を5 段階の「警戒レベル」を用いて伝えることになった。基本的に、警戒レベルが上がることに災害の緊迫度は高まり、レベル5はすでに災害が発生した段階で黒色で示される。市町村が避難指示を出すのはレベル4の段階で、気象庁などの土砂災害警戒情報や氾濫危険情報、高潮特別警報、高潮警報などが判断基準となる。なお、高齢者や要支援者に関しては避難により時間を要することから警戒レベル3相当で発出される。

警戒レベル4が出てから災害までは数時間

ところが、この警戒レベルは十分な時間的なゆとりをもって発表されるわけではない。内閣府避難情報に関するガイドライン(令和3年5月改定)によると、警戒レベル4相当情報の発表から災害発生までの目安の時間は「避難指示の発令後、2~3 時間程度あるいはさらに短時間で災害が発生する又は暴風により避難が困難になる可能性があると考えられ、この短い時間内に居住者等は自宅・施設等から指定緊急避難場所等への避難先に立退き避難する必要がある」としている。同ガイドラインでは「このことを、居住者等はもとより、市長村においても十分に認識したうえで、避難の実効性を高めていくことが必要とされる」と強調している。なお、この時間を長くするためにより早いタイミングから警戒レベル4相当情報の発表を行うこととした場合、警戒レベル4相当情報の発表頻度が高まり、いわゆる「空振り」が頻発してしまうおそれがある。これが自治体が避難情報を発出する上で最も難しいとされる点だ。

オオカミ少年効果への懸念で災害直前に

梅雨や梅雨期の大雨、さらに台風が頻繁に襲来する日本では、いつ大規模災害が起きてもおかしくないような気象要件が年に何度も出現する。その都度、前倒しで避難指示を出し住民を避難させることは、オオカミ少年効果を引き起こす危険もあり、現実的ではない。したがって、避難指示は、ある程度の被害が確実視される時点になってしまい、ゆとりをもった早期避難は、住民の自主性に頼らざるを得ないのが現実だ。

しかし、雨風が強まり、夜間ともなれば避難はより困難を極めることは、過去の災害で幾度となく、繰り返されてきたことだ。また、避難情報を待たずに住民が避難を開始しても避難所が開設されていないケースも起こり得る。

広域災害や高潮などの災害は避難に時間がかかる

一方、台風に起因した高潮による災害などは広範囲に被害が及び、避難には相当な時間がかかることを考慮しなくてはいけない。例えば、福岡県が令和元年に出した有明海沿岸の高潮浸水想定によれば、浸水面積は2万8480haに及び、浸水継続被害が1週間以上に及ぶ地域も少なくない。

そのようなことを考えれば、今回のような、明らかに過去に例がないような台風到来時には、判断基準となる気象情報(氾濫危険情報など)を待たずに、自治体はギアを入れ替え、早めに避難情報を出すべきだろう。新型コロナの感染対策など避難所運営準備に時間がかかる点も考慮すべきだ。もちろん住民が自治体からの避難情報を待たずに自主判断により早期に避難することが最も有効であることは言を俟たない。

福岡県高潮浸水想定について(有明海沿岸)
福岡県高潮浸水想定について(有明海沿岸)

台風を起因とする過去のあ高潮災害
台風を起因とする過去のあ高潮災害

アメリカに学ぶ政府主導の避難・災害対応体制

アメリカでも、災害対応は一義的には地元自治体の責務である。が、災害規模が大きく、地元自治体の対応資源だけでは不足する場合に、州が持つ対応資源を州知事が動員する体制が整っているという。さらに、国の脅威となるほどの大規模な災害が発生した場合、あるいは発生が予想される場合には、米国大統領が災害宣言を行い、大統領の災害宣言にもとづいて、連邦危機管理庁が実際の対応に従事する体制になっている。大統領の宣言により、災害による被害が起きる前でも、災害対応のギアの入れ替えが可能になる。以下は古い資料になるが、内閣府がまとめた「緊急事態における統合管理-中央政府と州政府の連携、被災者のニーズの確認と統一対応」からの抜粋である。

「災害対策が州単力では不可能だと判断された場合、州知事は予備的な被害評価に基づいて大統領に大災害非常事態宣言を発するよう要望できる。宣言が発せられると、大統領は直接連邦各機関に命令を下すことができる。各機関は大統領の命令の元に対策を実行するが、この宣言が発せられる前であっても、食料品や発電機など初期対応物資の運搬や国防総省の物資利用の申請を行うことは可能である。FEMA(連邦緊急事態管理庁)長官はFCO(連邦調整官)を州知事(州政府調整官)をそれぞれ任命し、両者は緊密に協力しながら現地での対応にあたり、対策終了後の費用分担について話し合いを行うこととされている」

過去のハリケーン対応でも、上陸の数日前に大統領宣言が出され、先手の対応が取られいる。このことは日本も学べる点ではいか。

憲法に緊急事態条項を取り入れるべきとの議論は行われているが、その合議を待っている時間もない。近年の災害は、異常気象により広域化・激甚化しており、少子高齢化や過疎化、財政難などにより職員が減少している自治体では、単体で対応できるようなレベルでなく、複数の自治体、あるいは都道府県が連携して対応に当たれる新たな枠組みが急務になっている。

政府は非常災害対策本部の事前設置を

こうした課題から日本にも防災省を設けるべきとの議論もあるが、当面の打開策としては、大規模な災害が見込まれる場合には、政府に非常災害対策本部を前倒しで設置することを提言したい。非常災害対策本部とは「非常災害が発生した場合において、当該災害の規模その他の状況により当該災害に係る災害応急対策を推進するため特別の必要があると認めるときに内閣府に臨時に設置する機関」のことだ。本部長は防災担当大臣で、非常災害対策本部の権限が及ぶ範囲は告示された区域に限られるが、災害応急対策の総合調整を行なうため、本部長は関係機関に対し必要な指示を行なうことができるようになる。また、非常災害対策本部に派遣された指定行政機関の職員に対し、指定行政機関の長はその権限の一部または全部を委任することができる。

現状では、非常災害対策本部の設置は、災害が「発生した」場合に限られているが、今回のように大きな被害が見込まれる状態なら、先手で設置することも検討してみてはどうか。さらに規模が大きな災害が実際に起きた場合には、内閣総理大臣を本部長とする「緊急災害対策本部」に格上げすることもできる。災害の規模に応じて、自治体主導から国主導へと対応の枠組みを切り替え、多大な被害が起きることを前提に、迅速な救助・救命、復旧体制を整えていくことも今後は考えていった方がいい。

(9月18日7時時点での状況をもとに執筆)

危機管理とBCPの専門メディア リスク対策.com編集長

平成19年に危機管理とBCPの専門誌リスク対策.comを創刊。国内外500を超えるBCPの事例を取材。内閣府プロジェクト平成25年度事業継続マネジメントを通じた企業防災力の向上に関する調査・検討業務アドバイザー、平成26年度~28年度地区防災計画アドバイザー、平成29年熊本地震への対応に係る検証アドバイザー。著書に「被災しても成長できる危機管理攻めの5アプローチ」「LIFE~命を守る教科書」等がある。

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