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Apple Watchは有用か?(循環器内科医の視点)

福田芽森循環器内科専門医
Apple Watchによる心電図測定(著者撮影)

Apple Watchは有用か?(循環器内科医の視点)

この記事でお伝えしたいことは以下です。

「心房細動は脳梗塞という致命的な病気を引き起こす可能性があり、早期発見に一定価値がある。心房細動を検出するApple Watchの機能は有用ではあるが、100%のものではないため、注意して扱おう。胸の症状があるときは病院受診を!」

・Apple Watchが心房細動を高い精度で検出できたという報告がある

・しかし、Apple Watchの心房細動検出機能は限られた条件下のものであり万能ではない。また、心房細動以外の心臓病は判定できないため注意が必要

・心房細動は脳梗塞を引き起こす可能性のある病気であり、基本的には早期発見は価値がある

・胸の症状があるときは、原則として病院受診を

先日、海外各国では既に利用されていたApple Watch(Appleが開発・販売している多機能な腕時計型の電子機器)の機能が、本邦でも医療機器として承認され、国内でも利用可能となったことがニュースになりました。

Apple Watch機能の実際

今回医療機器として承認されたアプリケーションの機能は、以下の2つです。(便宜上、本記事では機能A、Bと記載します。)

機能A:心電図データ解析、分類添付文書

  • 心電図を測定し、ユーザーに表示、PDFとして保存できる
  • 心電図を解析、洞調律/心房細動/低心拍数/高心拍数/判定不能のいずれかに分類しユーザーに表示する

機能B:心房細動の通知添付文書

  • 心房細動が疑われる不規則な心拍数を検知してユーザーに通知する

この2つの機能について、医師の視点からの注意事項を述べます。

心電図データ解析、分類

Apple Watchで測定しPDFで保存された心電図
Apple Watchで測定しPDFで保存された心電図

Apple Watchでは、ユーザーが特定の操作をしたときに上記のような心電図を測定することができます。医療機関で測定する心電図と異なる点として、医療機関では「12誘導心電図」といって12通りの方向で心電図を測定しますが、Apple Watchによる心電図測定は1方向のみです。Apple Watchで測定している波形は、下図(12誘導心電図の見本)の左上、「第Ⅰ誘導」に類似しています。

「電極のつけ方と基本波形」より引用(MEDIC MEDIA Co., Ltd. https://informa.medilink-study.com/web-informa/post20461.html/)
「電極のつけ方と基本波形」より引用(MEDIC MEDIA Co., Ltd. https://informa.medilink-study.com/web-informa/post20461.html/)

心電図から読み取る情報は大きく分けて「リズム」と「波形」になります。リズムは「心臓の拍動のタイミング(正常では一定の間隔で動いている)」から判断し、これが異常な場合は不整脈を疑います。波形は「心臓の電気活動の様子全体」が反映され、心筋梗塞を含む様々な心臓病ではこの波形の情報が非常に重要となります。

前述の通り、Apple Watchでは波形は1通りしか測定できないため、「波形」の情報としては不十分であり、「リズム」から不整脈、その中の心房細動のみの判断となります。加えて、測定されたデータは①洞調律/②心房細動/③低心拍数/④高心拍数/⑤判定不能に分類されるようですが、この分類の表記の解釈には注意が必要です。低心拍数の心房細動、高心拍数の心房細動は存在し、臨床上こちらのほうが問題になりますが、Apple Watchの心電図測定では心房細動の判定は心拍数が50〜120/分の間のみになります。そして正常洞調律は心拍数が50〜100/分で一定のリズムでは駆動していることをいい、リズムは一定でも心拍数が低い(50/分未満)場合は洞性徐脈、高い(100/分以上)場合は洞性頻脈といいます。つまり詳細に言えばこの5分類は、①洞調律(心拍数50〜100/分)、②心拍数50〜120/分の心房細動、③心拍数50/分未満(心房細動判定はしない)、④心拍数120/分以上(心房細動判定はしない)、⑤判定不能、という表記になります。

精度については、臨床試験でApple Watchの判定機能を12誘導心電図で医師が判断した結果と比較したところ、感度81.4%、特異度80.7%となかなか良い結果が示されました。

Appleの心電図アプリケーションの使用説明-(ECG)-1.0 より引用
Appleの心電図アプリケーションの使用説明-(ECG)-1.0 より引用

心房細動の通知

もうひとつの機能は、心房細動が疑われる不規則な心拍数を検知し、ユーザーに通知するものです。これは、バックグラウンドでときどき計測している脈拍数データを解析して用います。心電図を測定していなくても、「リズム」だけわかればいいので、脈拍数データを用いて判定できます。しかし、「ときどき」計測しているだけなので、常時モニタリングではなく、装着中に心房細動が起きてもその全てを検出できるわけではありません。あくまで、たまたま機器が自動で計測した時間帯に心房細動があったら通知される、という程度に考えていたほうがよいでしょう。

精度は、臨床試験でApple Watchの心房細動通知機能と、別途測定された心電図を医師が読影した結果を比較したところ、陽性的中率(Apple Watchが陽性と判定した場合に実際に心房細動である確率)は78.9%でした。

Appleの不規則な心拍の通知機能-(IRNF)-1.0 より引用
Appleの不規則な心拍の通知機能-(IRNF)-1.0 より引用

また、NEJMという権威ある医学雑誌に掲載された論文では、合計約42万人が参加した臨床試験において、3ヶ月で不整脈が通知された2167人(0.52%)に別途測定するための心電図測定機器を送った所、機器を返却した450人中153人(34%)に心房細動が検出されたとのこと。精度として、心房細動の陽性的中率は84%であり、研究参加者は若年者が多い、心房細動が見つかっているのは高齢者が多いなど、結果の解釈には注意が必要ですが、数字としては低くない結果でした。(1)

以上をまとめると、注意点は以下になります。

  • 機能A(心電図データ解析、分類)では、限られた条件(心拍数が50〜120/分)においてのみ、洞調律か心房細動かが判定される。低心拍数あるいは高心拍数のときの心房細動は判定されない。心房細動判定されなくても、心房細動がない証明にはならない
  • 機能A(心電図データ解析、分類)において、波形の情報は不十分。心房細動以外の病気を判定する機能はない。胸痛や動悸、息切れなど、胸の症状がある場合は結果によらず病院受診を!
  • 機能B(心房細動の通知)は、機器が自動で計測した時間帯に偶然心房細動があったら通知されるが、常時モニタリングではなく、装着中に心房細動が起きてもその全てを検出できるわけではない
  • 機能A、Bのいずれも、精度は悪くないが、100%ではないのも事実。心房細動判定されても、されなくても、結果は確実ではない

ここまで書くと、Apple Watchの機能が意味のないもののように思えるかもしれませんが、役立つときもあると私は思っています。

心房細動になると何が困るの?

ここで、そもそも判定の対象となっている「心房細動」という病気について、簡単にまとめます。心房細動は不整脈の一種で、年齢が高くなるにつれ発症するリスクは高くなります。患者数も多く、2050年には心房細動患者は約103万人、総人口の約1.1%を占めると予測されています。(2)

心臓は4つの部屋(右心房/右心室/左心房/左心室)に分かれ、電気信号によって連動してポンプのように動き全身に血液を送っていますが、正常では心房→心室の順に1:1の一定のリズムで動いているところ、心房細動では正常な電気回路とは別の異常な電気信号の影響で、心房が小刻みに震えます。このとき、心房の小刻みの震えに対して、心臓のメインである心室がどれくらい動くかは様々なパターンがあり、沢山動く場合も、そうでない場合もあります。ここで、心拍数は、心房でなく、心室の動き(下図の心電図でいうと、針のようにとんがっている部位が対応)をカウントしたものであるため、リズムは心房細動だとしても、心拍数は低い場合も高い場合も正常な場合も、いずれも起こりえるわけです。共通していることは、「脈がバラバラ」ということです。正常回路からでない異常な電気信号が不規則に正常回路に伝わるため、心室の動きが定期的ではなくバラバラになるのです。

心房細動の心電図波形(正常との比較)心房細動週間ウェブサイトより引用 http://www.shinbousaidou-week.org/download.html
心房細動の心電図波形(正常との比較)心房細動週間ウェブサイトより引用 http://www.shinbousaidou-week.org/download.html

心房細動の症状は、不整脈自体による症状(動悸や胸の不快感など)と、不整脈によって血の巡りが悪くなることによる症状(疲労、めまい、失神など)がありますが、無症状のケースもあります。脈の調整が必要な場合は、飲み薬や点滴があり、また、不整脈を根本的に直すための、アブレーション治療というカテーテルを用いた治療も一般的です。

心房細動は合併症といって他の病気の原因となることもありますが、この中で最も注意したいものは、脳梗塞です。心房細動では心房が小刻みに震えるのでしっかりとした伸び縮みができず、血流がうっ滞し、血の塊ができやすくなることです。この血栓が脳に飛ぶと、脳梗塞となり、命に直結します。このため心房細動の患者さんは多くの場合において、血栓ができないよう、血をさらさらにする薬を飲みます。

ここで、心房細動と診断され治療が開始されていればよいですが、無症状や軽症状の場合は受診に至らず、脳梗塞になってから心房細動が発見された、というケースも少なくありません。こういったケースが、Apple Watchによって今後は未然に発見されることはありえますし、基本的には心房細動の早期発見は価値があります。

しかし、心房細動のある人の間でも、脳梗塞になるリスクは一律に同じではありません。心房細動以外に、心不全、高血圧、75歳以上、糖尿病、脳梗塞をしたことがある、などの場合は、脳梗塞の発症リスクが高くなります。つまり、血をさらさらにする薬を積極的に飲んだほうがよい人達です。逆に、心房細動をもっているけれど脳梗塞のリスクがそれほど高くない人達もいて、その場合は薬によるリスクとベネフィットを考慮して、治療方針を決めます。

前述の、脈の調整の薬や、根治治療としてのアブレーション治療も含め、このように治療方針は、年齢や症状の強さや患者さんが他に持っている病気などから、総合的に判断します。

重要なのは、「病気かどうか」、「治療するかどうか」、「どんな治療をするか」は、それぞれ別の問題ということです。

病気かどうかがわかるツールが今より手軽になることは、メリットもあればデメリットもあります。

メリットは、早期に診断できる、治療したほうが良い場合は治療までの時間が短くなる、今まで見過ごされてきたケースも発見できる可能性がある、などです。

デメリットは、治療しなくてもよい場合に不安だけもたらしてしまう可能性がある、過剰な受診が増え医療資源が圧迫されてしまい、必要な人に医療を届けにくくなってしまう可能性がある、機器の判定を間違って解釈し、受診すべきときに受診しない、などです。

これについては今後も議論の余地がありますが、ウェアラブルデバイスの普及が進むなか、現場でどう対応していくかを検討していく必要があるでしょう。

以上よりあらためて、重要な点は以下です。

「心房細動は脳梗塞という致命的な病気を引き起こす可能性があり、早期発見に一定価値がある。心房細動を検出するApple Watchの機能は有用ではあるが、100%のものではないため、注意して扱おう。胸の症状があるときは病院受診を!」

・Apple Watchが心房細動を高い精度で検出できたという報告がある

・しかし、Apple Watchの心房細動検出機能は限られた条件下のものであり万能ではない。また、心房細動以外の心臓病は判定できないため注意が必要

・心房細動は脳梗塞を引き起こす可能性のある病気であり、基本的には早期発見は価値がある

・胸の症状があるときは、原則として病院受診を

機能の詳細をみるとあくまでも、Apple Watchの機能は、「病気かどうか」の判断の補助的なツールだと考え、慎重に取り扱うべきだと分かります。

しかし、現在でも上手に使えば十分有用という考えもあります。医療の発展のひとつは医療機器の進化とともにあり、今ある医療機器は現代医療を支えるもののひとつです。

このようなウェアラブルデバイスの進化が、心臓病の早期発見早期治療、それによる人類の幸福に寄与する可能性はあり、今後さらに機能が洗練されていくことを期待したいところです。

(2021年3月2日追記)

本記事の続編として3月2日にこちらの記事を公開しました。国内外の医師が実際にどうみているかという視点で、慶應義塾大学での臨床研究開始と、海外のApple Watch活用例に触れています。宜しければ御覧ください。

<参考文献>

  1. Perez MV, Mahaffey KW, Hedlin H, et al. Large-scale assessment of a smartwatch to identify atrial fibrillation. New England Journal of Medicine. Published online November 13, 2019.
  2. JCS/JHRS 2020 Guideline on Pharmacotherapy of Cardiac Arrhythmias (accessed 2021 February 26)

循環器内科専門医

東京女子医科大学卒業後、独立行政法人国立病院機構 東京医療センターで初期研修を積む。同院循環器内科に所属ののち、慶應義塾大学循環器内科に勤務。現在はAI医療機器開発ベンチャー企業で臨床開発を担当し、京都大学公衆衛生大学院に在学中。産業医としても活動し、働く人の健康をサポートしている。循環器内科専門医、日本循環器学会広報部会/COVID-19対策特命チーム所属、認定産業医、ACLS(米国心臓協会二次救命処置)インストラクター、JMECC(日本内科学会認定内科救急・ICLS講習会)インストラクター、レジリエンストレーニング講師(The School of Positive Psychology)。

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