医師が仕掛ける「塩対応食堂」そのねらいとは
みなさん、「塩対応」と聞いて何を思い浮かべますか?
そう、愛想のない接客を連想する方が多いかもしれません。でも今回は、「塩対応」のイメージを覆す(?)、画期的なイベントをご紹介します。
注目の医療系スタートアップ、株式会社キュア・アップにより「塩対応食堂」が、5月9日から3日間限定でオープン。実はこの食堂で「塩対応」されるのは、お客さんではなく、メニューの方らしいのです。
株式会社キュア・アップは、ニコチン依存症や高血圧など様々な疾患の治療を補助するアプリ開発で知られており、日本スタートアップ大賞2023でも賞を受賞するなど、各方面から高い評価を得ています。
そのキュア・アップが、高血圧治療における「生活習慣改善の重要性と正しい知識」を広く伝えることを目的として、5月17日の「世界高血圧デー」に先立ち開催しているのが「塩対応食堂」。東京・有楽町駅前広場に出現した特設会場では、1日あたり計600食の『塩分2g未満』の「塩対応」メニューが来場者に、なんと無料で振る舞われます。
つまり、提供されるのは塩分控えめのヘルシーメニュー。
減塩食と聞くと美味しいの?と思う方もいるかもしれません。医師である筆者も病院当直中に提供される病院食を食べることはありますが(※1)、1食塩分2g未満のうどんは食べたことがありません。
また、このイベントでは血圧測定や高血圧治療補助アプリのデモ体験もできるとのこと。普段高血圧を診療している立場からも非常に気になるイベントであったため、体験してきました。
「塩対応食堂」医師の体験レポート
早速並んでブースに入ると、「塩対応中」の文字とともに高血圧治療補助アプリの画面でガイドさんが出迎えてくれました。
<体験の流れ>
(1)高血圧治療補助アプリをデモ体験
アプリからのフィードバックで、自身の塩分摂取レベルを知る
(2)塩対応メニューの試食
以下のうち1つを選択
・「塩対応」どんぶり(塩分量:1.47g)
すりごまを混ぜ込んだ玄米ご飯、炒り卵、鶏そぼろ、グリンピースを使用。減塩顆粒だしとごま油で味付け。
・「塩対応」うどん(塩分量:1.92g)
かつお節の香り、旨味出汁、椎茸による香り高い風味が決め手。具材はゆで卵、椎茸、薄揚げ、さやえんどう。塩分ゼロの麺を使用。
(3)血圧測定
高血圧と診断されるのは収縮期血圧(最高血圧)が140mmHg以上、または拡張期血圧(最低血圧)が90mmHg以上の場合(※2)
早速体験してみたところ、
(1)のアプリデモ体験によると、筆者の塩分摂取量は「平均的」でした。
(2)メニューは「塩対応」どんぶり と「塩対応」うどん の2種類。キッチンカーに並んでいるときから、とても良い匂いがしてきます。筆者は「塩対応うどん」を選びました。出来立てのうどんから湯気が立ち、とても美味しそうです。
いざ実食。そのお味は……
正直、普通に美味しかったです。薄揚げや椎茸に出汁が染み込んでいて、これも美味しくいただきました。「香り高い風味」の宣伝通り、塩分2g未満(試食は半人前のため1g未満)でも味わい深く感じました。
そして、
(3)血圧測定では 119/78mmHg
ひと安心です。
会場では、来場者が自身の塩分摂取量に驚いたり頷いたりする様子、そして減塩でも美味しい!という感想も度々聞こえました。高血圧について関心を向け、普段の生活に取り入れやすい減塩のヒントが得られる、良い企画だと感じました。
日本人の塩分摂取量は多い
では、改めて減塩ってなぜ必要なのでしょうか?
まず、日本人の平均食塩摂取量は、男性で11.0g/日、女性で9.3g/日で(※3)、これは推奨される基準からするととても高い数値です。
日本高血圧学会では高血圧患者さんにおける塩分摂取の目標量を6g未満/日としていますし(※4)、高血圧でない人においても、厚生労働省により今年4月に国民の健康増進を目的に開始された「健康日本21(第三次)」では、食塩摂取量の目標を7g/日としています(※5)。
食塩が高血圧を、高血圧が脳心血管病を 死亡者数は年間約10万人
食塩の摂りすぎは、血液中のナトリウム濃度を上昇させ、血管内の水分量を増加させます。その結果、血液の量が増え、血管壁への圧力が高まることで高血圧につながるのです。
そして、その高血圧は放っておくと、心筋梗塞や脳卒中といった命に関わる病気のリスクとなります。日本において、高血圧に起因する脳心血管病死亡者数は年間約10万人とも推定されています(※4)。
一方で、減塩は血圧を下げる効果があることが、数多くの研究で明らかになっています。
減塩は降圧に効果あり!目標 6g未満/日
過去の様々な研究において、6g/日未満に減塩することが血圧を下げることに有効だと報告されており、これを踏まえて米国 EVIDENCE ANALYSIS LIBRARYの高血圧管理のための栄養実践ガイドラインでは、食塩摂取量3.8-5.1g/日への減塩により、血圧は最大12/6mmHg低下すると提唱されています(※6)。
以上のことから、減塩が推奨されているわけです。
とはいえ、急に味気ない食事になるのでは続きませんよね。だからこそ、「塩対応食堂」のようなイベントで美味しい減塩メニューを体験できるのは嬉しいことです。
自分自身が高血圧と知らない、1400万人
実は、高血圧の方は日本に約4300万人いると推定されていますが、その中で適切に血圧コントロールが行われているのはわずか1200万人です。残りの3100万人の方は、自分が高血圧であると知らなかったり(1400万人)、知っていても治療されていない(450万人)、治療していても目標に達していない(1250万人)などの可能性があります(※4)。
「健康診断で高血圧を指摘されたけど、なんとなくそのままにしてしまっている」、「普段外食が多く、塩分が気になっている」、「自分の血圧を知らない」、そんな方は、本イベント体験で自分の塩分摂取量や血圧を知り、「塩対応」メニューで美味しく減塩食を体験してみるのはいかがでしょうか。
普段の食事から少しずつでも減塩を意識することが、健康長寿への第一歩になるかもしれません。
(※1)本編には関係なく余談ですが、病院で患者さんに提供している食事を事前に安全のため試食することを「検食」といいます。給食のある学校などでも行われているものですね。
(※2)診察室で測定する「診察室血圧」における高血圧の基準が140/90mmHg。家庭で測定する「家庭血圧」における高血圧の基準が135/85mmHg。
(※3)厚生労働省 (2020). 令和元年 国民健康・栄養調査結果の概要. https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000687163.pdf (2024年5月9日閲覧)
(※4)日本高血圧学会 高血圧治療ガイドライン作成委員会 (2019). 高血圧治療ガイドライン2019. 日本高血圧学会. https://www.jpnsh.jp/data/jsh2019/JSH2019_hp.pdf (2024年5月9日閲覧)
(※5)厚生労働省 (2023). 健康日本21(第三次). https://www.mhlw.go.jp/content/001102474.pdf (2024年5月9日閲覧)
(※6)Lennon SL, DellaValle DM, Rodder SG, et al. 2015 evidence analysis library evidence-based nutrition practice guideline for the management of hypertension in adults. J Acad Nutr Diet. 2017;117(9):1445-1458.e17.
なお、筆者は株式会社キュア・アップとの間に利害関係はなく、本記事の内容は筆者の個人的な体験と見解に基づいています。