アカデミー賞にノミネートされたアウシュビッツ絶滅収容所所長一家の生活を描いた映画『関心領域』
日本でも2024年5月に公開
2024年1月23日に第96回アカデミー賞(2024年)のノミネート作が発表された。作品賞や監督賞の候補に挙がったのが『The Zone of Interest』(邦題『関心領域』)である。日本でも2024年5月から公開される。
「The Zone of Interest」はマーティン・エイミスの小説を原作にしたアメリカ合衆国・イギリス・ポーランド共同製作の歴史・ドラマ映画。第2次世界大戦時にナチスドイツが支配したポーランドに設置されたアウシュビッツ絶滅収容所の隣に新築した綺麗な家で理想の生活を築こうとするアウシュビッツ絶滅収容所のルドルフ・ヘス所長一家が描かれている。いわゆるホロコースト映画の一作品である。
▼「The Zone of Interest」オフィシャルトレ―ラー
ホロコーストの記憶のデジタル化としてアウシュビッツ絶滅収容所所長の生活を描いた貴重な作品
ホロコーストを題材にした映画やドラマはほぼ毎年制作されている。今でも欧米では多くの人に観られているテーマで、多くの賞にノミネートもされている。日本では馴染みのないテーマなので収益にならないことや、残虐なシーンも多いことから配信されない映画やドラマも多い。たしかに見ていて気持ちよいものではない。
ホロコースト映画は史実を元にしたドキュメンタリーやノンフィクションなども多い。実在の人物でユダヤ人を工場で雇って結果としてユダヤ人を救ったシンドラー氏の話を元に1994年に公開された『シンドラーのリスト』やユダヤ系ポーランド人のピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマン氏の体験を元にして制作され2002年に公開された『戦場のピアニスト』などが有名だ。史実を元にした映画は欧米やイスラエルではホロコースト教育の授業で視聴されることも多い。
一方で、フィクションで明らかに「作り話」といったホロコーストを題材にしたドラマや映画も多い。1997年に公開された『ライフ・イズ・ビューティフル』や2008年に公開された『縞模様のパジャマの少年』などはホロコースト時代の収容所が舞台になっているが、明らかにフィクションであることがわかり、実話ではない。
戦後約80年が経ち、ホロコースト生存者らの高齢化が進み、記憶も体力も衰退しており、当時の様子や真実を伝えられる人は近い将来にゼロになる。ホロコースト生存者は現在、世界で約24万人いる。彼らは高齢にもかかわらず、ホロコーストの悲惨な歴史を伝えようと博物館や学校などで語り部として講演を行っている。当時の記憶や経験を後世に伝えようとしてホロコースト生存者らの証言を動画や3Dなどで記録して保存している、いわゆる記憶のデジタル化は積極的に進められている。ホロコースト映画は「ホロコーストの記憶のデジタル化」にとって重要なツールの1つだ。
ホロコースト映画では主人公はほとんどが犠牲になるユダヤ人だ。ユダヤ人の過酷な体験や辛い記憶を元にした作品が多い。アウシュビッツ絶滅収容所で所長をしていたルドルフ・ヘスの一家を描いた作品は珍しい。またナチスの加害者は処刑されたり、生き残って実刑を受けていた人たちももうこの世にはほとんどいない。残された家族もホロコースト当時のことや加害者だった家族のことを語ることはタブーであるためほとんどない。そのため「The Zone of Interest(関心領域)」のような加害者側、かつアウシュビッツ絶滅収容所所長と家族の観点や生活を描いた作品は貴重である。
デジタル化された証言や動画は欧米やイスラエルではホロコースト教育の教材としても活用されている。ホロコースト映画をクラスで視聴して議論やディベートなどを行ったり、レポートを書いている。そのためホロコースト映画の視聴には慣れている人も多く、成人になってからもホロコースト映画を観に行くという人も多い。またホロコースト時代の差別や迫害から懸命に生きようとするユダヤ人から生きる勇気をもらえるという理由でホロコースト映画をよく観るという大人も多い。
世界中の多くの人にとってホロコーストは本や映画、ドラマの世界の出来事であり、当時の様子を再現してイメージ形成をしているのは映画やドラマである。その映画やドラマがノンフィクションかフィクションかに関係なく、人々は映像とストーリーの中からホロコーストの記憶を印象付けることになる。