月1万5000円で「すぐ住める空き家」が強み。5年間で200人、移住者が絶えない町のしくみ
一都市に人口が集中しすぎていることの怖さを、今回のコロナ危機ほど浮き彫りにした状況はなかったのではないでしょうか。これから住む場所の選択肢を増やす意味でも、資源を有効活用する意味でも、空き家の利活用は重要になってきます。今回は独自の空き家対策で移住者を集める、高知県梼原町の取り組みをご紹介します。
家があることが移住の決め手に
「すぐ住める家がある」ことは想像以上に移住の決め手になっている。これはここ数年、移住者の増えている町を取材してきてわかったことの一つです。でも空き家は多くあっても、「知らない人に貸すのは面倒」「家の改修にお金をかけたくない」といった家主の理由から貸し出されない家も多い。
いわゆる田舎では、賃貸物件そのものが少なく、かなり手を入れなければ住めない家も多いのも実情です。
そんな家主の心理を汲んでうまく制度設計に生かし、次々と移住者を受け入れている町があります。高知県にある梼原(ゆすはら)町。現地を訪れ、その実情を見てきました。(取材は2019年末に行ったものです。)
■6年間で約200人が移住してきた町
高知市内から西へ車を走らせること約1時間半。いくつものトンネルを抜けてたどり着くのが、梼原町です。愛媛県との県境に位置し、人口は約3,500人、面積の約9割が森林。町の中心部までくると、突如として電柱が地中化された美しい街並みに。今ここに、移住したいと訪ねてくる人が後を絶たないと言います。
移住の相談件数は2014年度の94件から年々増え、2018年度は235件に。県外からの問い合わせの割合は約50%(2014年)から86.4%(2018年)に増えています。2019年3月末までに移住したのは、90組187人。平均年齡39歳と若いのが特徴で、2015年より人口も社会増に転じました。
一体何がこの町の魅力なのか。
一つには、町がいちはやく自然エネルギーを導入し、住民自ら地域の自治に関わる地域自治の進む場所であること。教育面でも小中一貫校で、地元住民でも月1,500円で利用できる寮が完備され、建築家・隈研吾氏の設計による木造建築のホテルや図書館の設立など先進的な取り組みを進めてきました。
ところが今回、これだけ移住者が増えた背景には「住む家がすぐに見つかった」ことが大きな要因にあることが移住者へのインタビューでわかりました。
ここ6年間に移住した187人のうち半分は、2013年から始まった「空き家活用促進事業」によってリフォームされた家に住んでいます。なぜほかの中山間地ではなかなか進まない空き家の活用が、梼原ではこれほど進んでいるのか?それは、独自のユニークな制度にありました。
■モデルハウスをオープンにして「見せる」ことから始めた
梼原町が「空き家活用促進事業」を開始したのは、2013年(平成25年)。町が10〜12年、家主から家を預かり、最低限の改修をして移住者に貸し出し、かけた費用を回収できた後に家主に空き家を戻します。
この間、家主から金銭的な持ち出しは一切ありません。町に預けている間は家主に賃料は入りませんが、10年後にリフォームされた家が返ってきて、新たに貸し出すことが可能となれば、ただ10年間放置しておくよりいいに違いありません。借りる側の家賃は、月わずか1万5000円。お試し滞在であれば月1万円。どんなに立派な家であっても、一律同じ金額です。
改修するのは、主にトイレや浴室、台所などの水回りを基本として、家のゆがみを調整したり、傷んだ畳をフローリングに変えるなど。改修費の上限額は450〜700万円程度で、2分の1は国庫の補助金、残り4分の1ずつを県と町で負担(*1)。
1万5000円の家賃で10年間住んでもらうと家賃収入が180万円見込めるため、町の負担分は全額回収できるという算段で、町の持ち出しは実質ゼロ。現在貸し出されている家の一覧がホームページに掲載されていますが、40軒以上の物件がずらりと並ぶほとんどが「入居中」で、現在空いているのはわずか3軒です。
梼原町役場の移住定住コーディネーター、片岡幸作さんに、空いている物件へ案内していただきました。
中へ入ると、昔ながらの床の間や障子の扉も残っていますが、リビングにあたる中央の部屋はフローリングにしてあり、台所、トイレ、洗面所などの水回りはすべて新しくリフォームされています。4人家族にも十分広く、これならすぐに住むことができそうですし、山間地とはいえ家賃1万5000円は相場よりも低め。
ポイントは、家主が改修内容に口出しができないこと。「どうしても床の間だけは残してほしい」などのオーダーはできますが、その後は町にすべて一任することに。町は耐震に配慮し、できるだけ予算を抑えながら、若い人でも住みやすいよう適度なリフォームを施します。
片岡「ほかの地域と同じように、梼原町でも、空き家があってもなかなか所有者が貸してくれない状況があったんです。そこで3棟先にリフォームをして、見える化を図ったことが大きかった。あんなにきれいにしてくれるんやったらうちも貸しますよという感じで、3年前からはすべて家主さんからの申し出です」
2013年に3軒リフォームしたのに始まり、2018年までに全48戸を整備してきました。
■「一番の決め手は住む家だった」(移住者インタビュー1)
実際に移住した方に話を聞かせてもらいました。
4年前に梼原町へと移住してきた石戸谷さんは、奥さんと子ども一人の3人家族。千葉県出身、東京在住でカメラマンの仕事をしていましたが、震災後に和歌山県へ移住。そこから二度目の移住で梼原町を選びました。自然が豊かで子育てしやすい環境であることに加えて、「一番の決め手は住む家だった」と話します。
石戸谷「どんなに環境が良くても、住める家がなかなかないんです。空き家はあっても、みんな貸してくれないし、たまにあってもすぐには住めない状況だったりして、相当直さないと入れないとか、売ってはくれるけれど賃貸でないとか。それが梼原だと、1万5,000円で借りられるのが大きいですね。それも町との契約で安心感があるのがいい」
大家さんと個人的なやり取りになると、問題が起きた時に心理的なストレスにもなりやすい。町を間に挟むことで、多少なりとも合理的に話ができます。
さらに石戸谷さんがここへ来てから始めたのがコーヒースタンドの店。これも町営の建物を一月1,000円で借りられること、初期投資に100万円ほどの補助が受けられることから開業。水がきれいで、環境のいい場所で子育てができていることに、今は満足していると話していました。
梼原町がとった移住者向けのアンケート結果でも、「入居する住宅がすぐに見つかった」「家が気に入った」「改修された安心安全な住まいが心強かった」など家にまつわる回答が多いのが印象的です。
■「移住後のフォローの方が大事」
空き家対策に加えて、2014年から整備されたのが、片岡さんが担う移住定住コーディネーターです。それまでは役場の職員が兼ねていましたが、専任が置かれたことで空き家の手配から仕事、移住後のフォローまで一貫してみることができるようになりました。移住してきた人たちに話を聞いていると、「片岡さんが頼り」「片岡さんがいたからここを選んだ」など、 梼原では片岡さんの存在がとても大きいことがわかります。
ほかの自治体では、移住担当者には地域おこし協力隊などの若い人や移住者自身が就くケースが多いのですが、片岡さんは梼原の出身で40歳で町へ戻ってきたUターン者。17年間JAで働いた後に、矢野・前町長から声がかかり、移住コーディネーターを任されたのだそうです。
「移住対策ですごく大事なのは、じつは移住された後のケアなんです。移住された後は知りませんという対応を取っていたら、定住につながらないです」と、片岡さん。
片岡さんは長年県外で働いていた経験もある一方で、地元住民との関係性も強い。田舎のルールを熟知していることもあり、何かあったときの交渉力、調整力が違います。
移住者にとって、慣れない土地の暮らしでは当然、トラブルも起きます。冬の間、水道管を凍らせてしまった時には解凍するための機械を借りてきて対応したり、草刈りのサポートといったことも。表には出ない細かい仕事の積み重ねで、地元住民と移住者の良好な関係が保たれているといってもいいかもしれません。
■「梼原の人たちは自立心が強い」(移住者インタビュー2)
高知県に移住する前は東京で働いていたという山下翔太さんは、隣の津野町に住んでいた頃から「NPO法人ゆすはら西」のジビエ事業に関わり、2018年に梼原へ移住した後は集落支援員としてこの事業に携わります。最初に梼原に対してポジティブな印象をもったのは、片岡さんとの出会いだったと言います。
山下「奥四万十の市町村を巡る移住希望者向けのツアーがあったんですが、ほかの自治体は地域おこし協力隊が担当者で、みんな、うちの町はこんないいところです、みたいな話ばっかりするんですよ。でも移住者はリアルが知りたいでしょう、住むわけだから。その時片岡さんだけ、来てもらわないと分からないからよかったら一度来てくださいと。一度この人に町を案内してもらいたいなと思ったのが始まりです。そこから移住が加速しました」
訪れてみると、梼原町の人たちの雰囲気が明るく、自立心の強さを感じたのだそう。
山下「梼原は役場がやろうといったことは町民もやろうというし、町民がやりたいことは役場がちゃんと対応してくれる。役場と住民の信頼関係が強いんです。さらに町に自立心があって、自分らでできることをまずは探して、足りない部分を県や国の助けを借りようとする」
いま、山下さんもの町の空き家をリフォームした物件に住んでいます。仕事として携わるジビエ事業にも可能性を感じていて、今がとても大事な時期だと話していました。
「今のうちにジビエといったら高知、高知の梼原という評判をつくっておきたい。可能性は十分あると思っています」
片岡「空き家の活用制度は始まって10年も経たないので、町との契約期間が終わって家主に返したケースはまだないんです。さすがに私は(年齡的に)そこまで関われないですが、この後、後を継ぐ方がそこをスムーズに家主さんに引き継げることが、この制度の大事な仕事やなと思っています」
魅力的な人材に来て住んでもらうためには、住環境や移住担当者の存在がとても重要。あなたの町はどうでしょうか。
空き家の活用は、町にいい循環をもたらす一つの引き金になりそうです。
(*1)家の改修費は450〜580万円。1982(昭和57)年以降に建てられた物件は耐震改修費120万円および設計管理費60〜70万円を上乗せして、630〜770万円を上限としている。
※この記事は『SMOUT移住研究所』に同時掲載の(同著者による)連載記事「移住の一歩先を考える第5回」です。本連載「移住の一歩先を考える」では、各地で始まっている移住や地域の活動事例を紹介しています。