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歴史はどうして書き換えられるのか ポーランド首相がネットフリックスに抗議 世界を覆う歴史修正主義

木村正人在英国際ジャーナリスト
ポーランド外務省がネットフリックスに抗議した地図(左側)

「ポーランドの死の収容所」は正しくない

[ロンドン発]急激に保守化が進むポーランドのマテウシュ・モラウィエツキ首相が米映像ストリーミング会社ネットフリックス(Netflix)に対し「作品で使用された地図は第二次大戦でナチス・ドイツによって占領されていたポーランドが死の収容所の責任があると誤って伝えている」と抗議しました。

問題になったのはナチス・ドイツの強制収容所で2万7900人の虐殺に関わったとしてドイツで有罪判決を受けたものの、判決が確定する前に死亡したウクライナ系米国人ジョン・デミャニュク氏に焦点を当てたネットフリックスの『The Devil Next Door(隣に住む悪魔)』です。

モラウィエツキ首相はフェイスブックでその書簡を公開しています。「多くのポーランド人が隣人のユダヤ人を助けようとして殺害された。ポーランドはナチスに占領された国々の中でユダヤ人を匿ったとして死刑宣告を受けた唯一の国だ」

「にもかかわらずポーランドが強制収容所の設置や維持管理、そこで行われた犯罪に責任を負っていたと視聴者に信じ込ませるように騙している。当時、ポーランドは独立した国家として存在しなかったばかりか、強制収容所では何百万人ものポーランド人が虐殺された」

「この恐ろしい間違いは意図的ではないと信じている。できるだけ速やかに訂正されることを望んでいる」。モラウィエツキ首相はアウシュビッツ強制収容所から逃れた後にレジスタンスに参加したポーランド人情報部員の報告書を添付しました。

ポーランドはホロコーストに加担したのか

ポーランド外務省はツイートでも「ネットフリックスは歴史の真実を語れ!」と抗議しています。

「『隣に住む悪魔』で描かれている時代、ポーランドの領土は占領されていました。強制収容所の全責任はナチス・ドイツにあります。 『隣に住む悪魔』で表示されている地図は、当時の実際の境界線を反映していません」

『隣に住む悪魔』の地図は「死の強制収容所」がポーランド国内にあったと表示されていますが、外務省はナチスの第三帝国にポーランドが占領されていたことを明記しています。

これに対してネットフリックスの広報担当者はメディアに「作品に対する懸念があるのは知っている。至急、検討する」とコメントしています。

ドイツは1939年にポーランドに侵攻。アウシュビッツを含む6つの強制収容所を開設し、ユダヤ人を中心に流浪の民ロマ、スラブ人、同性愛者、心身障害者ら300万人以上を虐殺しました。ホロコースト(ナチスによる大虐殺)の犠牲者は全体で600万人とモラウィエツキ首相は指摘しています。

しかし歴史は単純に「加害者」と「被害者」に二分できるわけではありません。「加害者」に支配された「被害者」が自らの命を賭してさらに弱い立場の「被害者」を守ることもあれば、自分の身を守るために虐殺する側の「加害者」に回ることもあるのです。

「ポーランド人のホロコースト加担は否定できない」

前者より後者の方が多くても何の不思議もありません。それが戦争であり、人間の弱さだからです。

英BBC放送は「戦中、戦後、ユダヤ人や他の民間人に対するポーランドの残虐行為はいくつかあった。1941年、おそらくナチスの扇動を受けたポーランド北東部イェドバブネの村人は、300人以上のユダヤ人を生きたまま焼き殺した」と指摘しています。

しかしポーランドでは昨年2月、ホロコーストにポーランドが国として加担したと非難した人に対して、最高3年の禁錮や罰金を科す法律が成立しました。しかし同年6月、米国やイスラエルの反発を受けて最高3年の禁錮などの罰則が取り除かれました。

イスラエルのルーベン・リブリン大統領は「多くのポーランド人が第二次大戦でナチスと戦う一方で、ポーランドとポーランド人がホロコーストに関与したことを否定できない」と指摘しています。

ロシアの脅威に直面するポーランドの安全保障は米国なしでは成り立ちません。来年の大統領選で再選を目指す米国のドナルド・トランプ大統領は喉から手が出るほどユダヤ人の票がほしいため、イスラエルに同調する必要があります。そしてポーランドは米国には逆らえないのです。

今年はベルリンの壁崩壊から30年。新自由主義(ネオリベラリズム)にのみ込まれたポーランドでは2004年の欧州連合(EU)加盟で若者の国外流出がさらに加速、国内では経済格差が拡大し、急激に保守化が進んでいます。

保守の与党「法と正義」は10月の上下両院選でともに44%前後の得票率を記録し、強さを見せつけました。旧ソ連に支配されていた冷戦下では共産主義というイデオロギーがナチスによる占領とホロコーストという民族の悪夢を封印していました。

しかし「法と正義」はポーランドの歴史に一点のシミもないという民族的ナショナリズムをあおることで経済格差を解消できない失政への不満を他に向けようとしているのです。

世界中に広がる歴史修正主義

こうした傾向はポーランドだけにとどまりません。米イェール大学などが支援した報告書「ホロコーストを巡る歴史修正主義」は次のように指摘しています。

(1)多くのEU加盟国政府は第二次大戦でのユダヤ人絶滅の試みにおける罪悪感を最小限に抑えている。

(2)旧共産圏のポーランド、ハンガリー、クロアチア、リトアニアにおける歴史修正主義は最悪だ。

(3)歴史修正主義は西欧にも伝染している。特にイタリアは改善が必要だ。

(4)イスラエル政府は歴史修正主義を激しく抗議しているにもかかわらず、多くのナショナリスト、歴史修正主義政府を支持している。

冷戦終結でイデオロギーの時代が幕を下ろして30年。従軍慰安婦や徴用工問題に象徴される日韓「歴史戦争」は被害救済そっちのけで対立がエスカレートしています。再び台頭するナショナリズムによって不都合な歴史は世界中で塗りつぶされるか、書き換えられようとしています。

過剰に歴史を語る政治家を信用してはいけません。歴史は政治家ではなく、歴史家によって語られるべきだからです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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