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将棋ソフトの頂点に「やねうら王」――入玉と千日手がカギとなった第29回世界コンピュータ将棋選手権

古作登大阪商業大学アミューズメント産業研究所主任研究員
対局中の「やねうら王」チームブース(筆者撮影)

 5月3日から5日にかけ神奈川県川崎市「川崎市産業振興会館」で第29回世界コンピュータ将棋選手権(コンピュータ将棋協会主催)が行われた。

 56ソフトが参加して2次にわたる予選を勝ち抜いた上位8チームによる決勝リーグの結果、優勝は5勝1敗1分けの「やねうら王」(磯崎元洋氏・開発)、2位は同星ながら、スイス式計算法の点数差によって「Kristallweizen」(クリスタルヴァイツェン)、3位は4勝3敗の「狸王」(タヌキング)となった。

上位ソフトは今年も進化

 2017年春に行われた第2期電王戦二番勝負(ドワンゴ主催)では「PONANZA」(ポナンザ)が2勝0敗で佐藤天彦叡王・名人を盤石の内容で破り、ソフトが人間のトップを超えたことが明らかになった。

 その後もソフトの進化は止まらず、強さの指標とされる上位ソフトのレーティングは毎年のように更新され続けている。現在、人間のトップ(推定3300点)と上位ソフト(4500点以上)が平手で対局した場合人間の期待勝率は1%以下と大きく差が開いている。

 1日目の1次予選を中位(40チーム中8チームが通過)で勝ち抜いた開発者に聞いたところ「自分のソフト(2次予選は下位で敗退)は人間のトップに6割程度しか勝てない」と残念そうに話していた。仮に世界コンピュータ将棋選手権にプロ棋士が参加しても2次予選に進めるかどうかボーダーラインのようだ。

優勝を決めた「千日手」

 今回の選手権で目立ったのは上位ソフトが「入玉」(玉を相手陣に進めて安全にすること)を積極的に狙うようになったことだ。

 駒を並べた状態で将棋の目的は相手の玉を詰ますこと。ルールにはこれと違った点数勝ち(要約すると入玉して飛角の大駒5点、玉を除くその他の駒を1点で計算し先手なら28点以上あれば勝ち)も併記されていて、これを目指す入玉模様の展開は数年前までソフトにとって苦手だった。

 ところが学習を重ねることによりソフトは課題を克服し、いまでは人間よりはるかに上手に入玉して勝つことができる。

 優勢な局面で相手玉を攻め、寄せて勝つのは反撃されるリスクをともなうが、自分の玉を安全地帯に逃げ込む入玉で点数勝ちを目指すのは逆転負けの可能性が少ない。最新のソフトは早い勝ちより手数はかかっても高勝率の指し手を選ぶようになってきたので、今回の選手権ではどちらも入玉を目指す「相入玉」の展開が増えた。

 また同一局面4回で成立する「千日手」も多くみられた。人間の公式戦では先手後手を入れ替え指し直しだが、今回のルールでは千日手は引き分けの0.5勝に換算されるため、格上のソフトに対し積極的に千日手を狙う戦略的価値は高い。

 決勝リーグ最終戦で「やねうら王」は同星で直接対決した「Kristallweizen」に勝つか引き分けが優勝条件だったため、開発者の磯崎さんはルールで認められている対局前のチューニングでソフトに千日手を高く評価させ、手数の進まない序盤の局面で千日手が成立した。

 ほぼすべての面で人類を超えた将棋ソフトだが、今回は人間の戦略的判断が優勝を引き寄せた。

大阪商業大学アミューズメント産業研究所主任研究員

1963年生まれ。東京都出身。早稲田大学教育学部教育学科教育心理学専修卒業。1982年大学生の時に日本将棋連盟新進棋士奨励会に1級で入会、同期に羽生善治、森内俊之ら。三段まで進み、退会後毎日コミュニケーションズ(現・マイナビ)に入社、1996年~2002年「週刊将棋」編集長。のち囲碁書籍編集長、ネット事業課長を経て退職。NHK・BS2「囲碁・将棋ウィークリー」司会(1996年~1998年)。2008年から大阪商業大学アミューズメント産業研究所で囲碁・将棋を中心とした頭脳スポーツ、遊戯史研究に従事。大阪商業大学公共学部助教(2018年~)。趣味は将棋、囲碁、テニス、ゴルフ、スキューバダイビング。

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