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アマチュア野球指導に問題提起し続ける整形外科医がドミニカで実施した看過できない調査結果

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
ドミニカで子供たちの野球障害発生率について調査を行った古島弘三医師(提供写真)

競技人口減少が続く野球界

 DeNAの筒香嘉智選手が先月、勝利至上主義が強すぎるアマチュア野球界に疑問を呈する発言を行い、野球界のみならず世の人々の関心を集めた。本欄でも彼の発言の真意について紹介させてもらっている。

 現役選手の筒香選手が勇気を持って声を挙げなければならないほど、現在の野球界は危機的状況を迎えている。ここ数年、野球の競技人口が減少していると言われている。にも関わらず野球界には、大同団結して問題に対処しようとする潮流が巻き起こっていない。

 しかしその一方で、筒香選手のみならず野球界に携わる関係者から様々な問題提起がなされるようになっているのも事実だ。そんな人物1人が整形外科医の古島弘三(ふるしま・こうぞう)氏だ。

整形外科医・古島氏がドミニカに赴いた理由

 古島氏は群馬県館林市の慶友整形外科病院でスポーツ医学センター長を務める医師で、プロ野球から小学生まで幅広く野球要害について治療を行っている。その一環でアマチュア野球、特に学童野球において練習のさせ過ぎが選手たちのひじの障害に繋がっていないか警鐘を鳴らしている人物だ。そんな観点から古島氏は先月ドミニカに赴き、現地で興味深い調査を実施している。

 ドミニカといえば人口1000万人余りの島国でありながら、現在MLBに在籍する国別外国人選手数でダントツの1位を誇る野球王国だ。古島氏は現地の野球事情を視察するとともに、整形外科医の立場からエコー検査機器を持ち込み、ドミニカ選手の野球障害発生率を調べることを試みた。日本の整形外科医がドミニカで現地調査を実施したのは今回が初めてのことだという。

驚くべき調査結果

 具体的には1月2~8日の滞在でドミニカ国内の5カ所を周り、小学生から高校生まで計142選手のひじのエコー検査を実施した。各選手のひじの外側と内側の状態をチェックしたところ、外側の障害として知られる離断性骨軟膏炎(OCD)の症状を発症している選手なんとゼロ。また内側の障害である裂離骨折の症状を起こしている選手もたったの15%しかいなかった。

 ちなみに慶友整形外科病院が調査した同世代選手1500人の検査データによれば、OCDに関しては全体の3%で、全国調査でも2~8%が発症しており、内側の裂離骨折になると全体の35%もが発症しているのだという。明らかに両国の間には大きな差を確認することができたのだ。つまり100人の選手がいれば日本は20人以上も障害発症率が高いのだ。

 「とりあえず予想はしていましたが、本当にビックリしました。調査した選手たちから話を聞いても(どこか)痛いと言っている子供も明らかに少なかったです。

 内側の障害に関しては遠投を1回やるだけでも痛める危険性がある箇所なので、どんなに投球しないでいたとしてもゼロになることはありません。それでも障害発生率は日本の半分以下ですからね」

 古島氏が指摘するように、アマチュア選手たちの障害度は日本から比較すると明らかに軽微だった。ドミニカ訪問前にある程度予想はしていたことではあるが、やはりその調査結果は衝撃だったようだ。

余りに違いすぎる練習内容

 「現地で練習を見学してきましたが、日本があれを見たら『本当に練習しているのか?』と感じてしまうくらいのものでした。指導者も日本のように選手たちに細かく教え込むような指導はしていませんでした。

 (日本と比較すれば)ボールを投げる時間、数は圧倒的に少ないですし、練習の内容は子供たちが好きなバッティングに重きを置いており、守備練習はシートノックではなく、手で転がしたボールの捕球練習をやっており、捕球後の送球練習は行っていませんでした。もちろんたまたま自分が見たチームだからかもしれませんし、全部がそうなのかはわかりません。

 小学生から高校生までどのカテゴリーも練習時間はすべて3時間くらいです。さらに目の前の試合の勝利にこだわった練習をせず、速球を投げることや、遠投をするような肩やひじを壊す可能性のある練習をすることはありませんでした。

 中高生の練習の最後に10分ほどノックを見ましたが、普通の練習で強い投球をほとんどしていないにもかかわらず、凄いボールを投げていました。たくさん投げさせなくても選手を育てることができるんだということを再確認できました」

 日本では学童野球から指導者の多くが勝利至上主義に偏り、ひじの痛みを訴える子供たちがいても「耐えろ」「我慢しろ」とプレーを強要し、休養させることはしない。実際古島氏の調査でも、年齢が高いほど、相当量の練習を行う強豪校になればなるほど障害の割合が高くなるという。それもすべて原因は骨が未成熟な小学生のうちから無理をさせ過ぎ、さらには障害を抱えたまま休まず継続させるため、障害が減るどころか悪化させて手術が必要になってしまうのだ。

 「ドミニカの指導者は、障害が指導者の責任だということを認識しています。試合に勝つためではなく、どうやって彼らをMLB選手に育てていくかを考えており、指導するというよりは選手たちを見守りながらサポートしている感じがしました」

古島氏が続ける啓蒙活動

 古島氏は地元群馬のスポーツ少年団と協力し、3年前から指導者のライセンス制の導入に着手している。ライセンス講習(古島氏が野球障害や指導のあり方について講習を行う)に出席しある程度のポイントを獲得しないと、スポーツ少年団主催の試合で指揮をとることができないシステムだ。ただそうした試みを実施していても、指導者は今も賛否両論に分かれており、積極的に実際の現場で取り組んでいる指導者はまだまだ少ないと感じているということだ。

 「今後も啓蒙活動を続けていきます。何とか少しずつでも広まってもらうしかないと思っています。その一方で講習を聞いた指導者から、考え方が変わったなどの声もだんだん多くなり、講習の成果も感じています。

 特に骨が未成熟な小学生が(中学生や高校生と)同じ練習時間、練習内容でいいのか、です。子供たちの身体の特性を知らずして学童野球の指導をしてはならないという思いが強いです」

 古島氏の声が全国に届いてほしいと願うばかりだ。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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