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【岡山・備中松山城の「猫城主」さんじゅーろー物語】人気をまちの賑わいや活性化へと繋げるために

西松宏フリーランスライター/写真家/児童書作家
”城主ライフ”を満喫しているさんじゅーろー(筆者撮影)

さんじゅーろーの逃亡劇は、飼育する一般社団法人高梁市観光協会事務局長の相原英夫さん(49)や職員たちに多くの教訓をもたらした。今後、猫城主として観光PR活動を担ってもらうにあたって、気をつけるべきことは何か。ここで一度立ち止まり、適正な飼育方法、お客をどうもてなすかなどについて、関係者同士で話し合うことになった。第3話(全3回)では、猫が快適に暮らすことと観光PRをどう両立させようとしてきたかや、高まるさんじゅーろー人気をどのように観光振興や地域の活性化へと繋げていこうとしているかをみていきたい。第1話の記事第2話の記事

正式に「猫城主」デビュー

昨年(2018年)11月4日に逃亡し、19日後の同23日に発見されてから、さんじゅーろーはしばらくの間、観光協会の事務所内で過ごした。相原さんは猫の生態や適正飼育の方法などについて書かれた本を図書館で借りて熟読。また、かかりつけの動物病院では去勢手術や検査も受けた。

12月5日、これからの活動方針を決めるため、「さんじゅーろープロジェクト会議」が観光協会内で催された。参加したのは相原さんら観光協会事務局職員、城の管理人、主治医の獣医師、観光ボランティアガイド会会長など。会議にはさんじゅーろーも出席し、会議室のテーブルに敷いた毛布の上に堂々と座って関係者たちの話に耳を傾けた。

プロジェクト会議に出席したさんじゅーろー(高梁市観光協会提供)
プロジェクト会議に出席したさんじゅーろー(高梁市観光協会提供)

「主治医の先生いわく、猫は環境の変化が最もストレスになるので、決まった場所(建物のなか)で飼育する方がいいということでした。そこで本丸にある五の平櫓(管理員詰所)内にケージを置き、そこで室内飼いをすることにしました。天守は重要文化財なので猫を入れられませんが、管理人室なら大丈夫なので」(相原さん)

「それと、それまでさんじゅーろーは城内を自由に駆け回っていたわけですが、毎日定時に、管理人がリードで繋いで城内を巡回することにしました。猫をリードで繋ぐことや散歩することについては賛否ありますが、さんじゅーろーはリードをつけても全く嫌がらず、散歩も楽しそうなので、今のところ問題ないと判断しています。もちろん猫の体調、天候などによって状況は日々変わりますから、散歩を行うかどうかは管理人に判断してもらいます」(同)

城の管理人の永井孝明さんと散歩。手にはねこじゃらしも(筆者撮影)
城の管理人の永井孝明さんと散歩。手にはねこじゃらしも(筆者撮影)

詰所内に設置されたのは、上下運動ができる三段のケージ。一番下がトイレ、2、3段目が寝るところになっている。寒くないよう湯たんぽが置かれ、シートもかけられている。

ふだんの1日の生活はこうだ。朝、管理人がやってくると、トイレ掃除と食事のドライフード(カリカリ)を一定量与える。午前10時と午後2時、リードをつけ城内見回りへ。観光客がさんじゅーろーと触れ合ったり記念写真を撮ったりできるのは主にこのときだ。夕方になると管理人が夕食をあげ、トイレ掃除をしたのち、詰所に鍵をかけて帰る。

城の管理人・永井孝明さん(63)は「毎日、特に健康管理には気をつけ、散歩のときはしっかり遊んであげることを心がけています。さんじゅーろーも、最近は自分がやるべき仕事がよくわかってきたのか、お客さんが近づいてくると自分から出迎えますし、詰所の外に出るときは、”家臣”の私にリードをつけてもらうのが当たり前、といったふうになってきました」とほほえむ。

会議ではそのほか、猫が苦手な人やアレルギーのある人には特に配慮することや、観光客はさんじゅーろーに食べ物を与えないといった”御法度”も決められた。「嫌がることやストレスになることは決してせず、さんじゅーろーが城主として快適に暮らせることが大事。そう気づかせてくれたのは、あの逃亡劇があったからなんです。去勢手術をしてからは、性格がますます穏やかになり、外に行きたがることも減りました。いまはこうした”城主ライフ”がとても心地いいみたいです」(相原さん)

再入城の儀では、赤絨毯の上を城主らしく堂々と歩き、三方の上のドライフードをたいらげた(高梁市観光協会提供)
再入城の儀では、赤絨毯の上を城主らしく堂々と歩き、三方の上のドライフードをたいらげた(高梁市観光協会提供)

12月16日、城で「猫城主さんじゅーろー 再入城の儀」が執り行われ、さんじゅーろーは正式に猫城主としてデビューした。本丸に入る南御門が開くと、来場者約100人、報道陣7社が見守るなか、袴姿のさんじゅーろーが赤い絨毯の上をゆっくりと歩き、三方の上に置かれたドライフードを食べた。「こんなに大勢の人たちに囲まれているのに、あの堂々とした振る舞いはさすが城主!」と称賛の声が上がったという。

備中松山城への来城者数は、昨年11月が前年同月比86%、12月は同97%、今年(2019年)1月は同87%と、さんじゅーろーの逃亡がひびいた結果となった。しかし、2月は同140%と急激な右肩あがりに転じている。

猫も観光客も地域の人たちも、皆が幸せになれるように

さんじゅーろーの人気を、観光協会ではどのように観光振興や地域活性化へと繋げていこうとしているのだろうか。

2月10日には、さんじゅーろーの公式グッズ第1弾ができ、城で先行販売された。木製と樹脂製のキーホルダー2種類(オリジナル名刺付き)で、昨年末、市内の業者からの提案を受けて製作を依頼。用意した各50個はすぐに売り切れた。

公式グッズ第1弾のキーホルダー(筆者撮影)
公式グッズ第1弾のキーホルダー(筆者撮影)

ちなみに、さんじゅーろーは3種類の名刺を持っている。1枚は観光協会などで配っている一般的なもの、2枚めは城の天守を訪れた人だけがもらえるもの、3枚めがグッズに付属しているものだ。これら3種類の名刺を集めるだけでも楽しそうだ。

観光協会では今年度(2018年度)中を目標に、オフィシャルデザイン、ロゴを作成中だ。「さんじゅーろーの関連グッズを作りたいという業者の方々には、統一のルールを定めてオフィシャルデザイン、ロゴを商品に用いられるようにすれば、文具、お菓子などいろんな種類のグッズや新しい土産品が生まれると思います」と相原さんは期待を込める。地域の企業が商品化して収益が出れば、高梁市内の土産品のラインアップが増えるだけでなく、新たな雇用創出に繋がるかもしれない。

現在、市内外の様々な業種の人たちから「さんじゅーろーをモチーフに何かしたい」との申し出が観光協会に届いているといい、実現に向けた検討が行われている。「地元のまちづくり団体からは『さんじゅーろーを題材にした回遊型のまち歩きイベントをしたい』という企画を受けていますし、福祉作業所からは『ねこ形のクッキーを販売したい』との提案が寄せられています。市内の高校生たちがお城や商店街の空きスペースで、期間限定のカフェを運営し、さんじゅーろーを描いたラテを提供するという案も実現できそうです」(相原さん)。ただし、「さんじゅーろーを城からどこかへ連れ出してイベントに出席させるといった方法は考えていない」(同)とも。

さんじゅーろーは海外からやってきた観光客の間でも好評だ。そこで、さんじゅーろーのことや市内の観光情報を外国語に翻訳して発信していくこと、さらに、PRビデオや写真集の作成、写真展開催、LINEスタンプなど、アイデアは尽きない。

さんじゅーろーのLINEスタンプも完成。「さんじゅーろーの日」の3月16日に発売開始(筆者撮影)
さんじゅーろーのLINEスタンプも完成。「さんじゅーろーの日」の3月16日に発売開始(筆者撮影)

「さんじゅーろーのおかげで、昨年7月の豪雨災害以来、暗くなってしまいがちなまちの雰囲気が明るくなりましたし、賑わいや活気が出てきていると実感しています。観光客の方々に『高梁』を『たかはし』とちゃんと読んでもらえるようにもなりましたし(笑)。些細なことですけど、それだけでも着実な一歩です」と相原さんはほほえむ。そしてこう続けた。

「お城にねこがいる、かわいいなあ、観光客が増えた…。ただそれだけで終わってしまうのではなく、これをきっかけに何かをしよう、盛り上げていこうという人が増えていけば、まちは良い方向に変わっていけると思うんです。さんじゅーろーも、来てくださったお客さんも、地域の人たちも、みんなが笑顔になれる、幸せになれる方策を探っていきたいですね。これからもさんじゅーろーとともに、備中松山城をはじめとする高梁市の魅力を全国へ発信し、賑わいや経済効果を生み出していきたいです」

高梁市観光協会事務局職員のみなさん。事務局長の相原英夫さん(前列中央)は、「さんじゅーろーのおかげで職員同士の絆が深まり、新たなアイデアが次々に湧いています」と話す。(筆者撮影)
高梁市観光協会事務局職員のみなさん。事務局長の相原英夫さん(前列中央)は、「さんじゅーろーのおかげで職員同士の絆が深まり、新たなアイデアが次々に湧いています」と話す。(筆者撮影)

さんじゅーろーの日々の生活ぶりやイベント情報などは、インスタグラムをはじめとするSNSで発信している。昨年12月から始めたインスタグラムのフォロワーはもうすぐ2千人に迫りそうな勢いだ。観光協会事務局職員でSNS担当の大樫文子さん(36)はこう語る。

「『ねこがきっかけで来たけど、いいお城だったね』『他にどんな観光スポットがあるの?』『どんな食べ物が美味しいの?』『特産品は?』『岡山県では他にどんな所がおすすめなの?』というふうに興味を広げてもらえたら嬉しいですよね。一方、地元に住む私たちも、観光客の方々から注目、評価されればされるほど、それまで気づかなかった自分たちのまちの良さや魅力を再発見したり、誇りや自信を持ったりできると思うんです」

そうして地域の人たちの意識が変われば、きっとまちは活気づいていくはず。それを城で見守っているのが、猫城主・さんじゅーろーなのだ。3月16日は「さんじゅーろーの日」。城ではオリジナルステッカーのプレゼントやさんじゅーろー写真展、新たなさんじゅーろーグッズの販売などが計画されている。

フリーランスライター/写真家/児童書作家

1966年生まれ。関西大学社会学部卒業。1995年阪神淡路大震災を機にフリーランスライターになる。週刊誌やスポーツ紙などで日々のニュースやまちの話題など幅広いジャンルを取材する一方、「人と動物の絆を伝える」がライフワークテーマの一つ。主な著書(児童書ノンフィクション)は「犬のおまわりさんボギー ボクは、日本初の”警察広報犬”」、「猫のたま駅長 ローカル線を救った町の物語」、「備中松山城 猫城主さんじゅーろー」(いずれもハート出版)、「こまり顔の看板猫!ハチの物語」(集英社)など。現在は兵庫と福岡を拠点に活動。神戸新聞社まいどなニュースで「うちの福招きねこ〜西日本編」連載中。

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