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同性婚で「社会が変わってしまう」と国会答弁した岸田首相のどこが、どう間違っているのか

木村正人在英国際ジャーナリスト
Kanさん(右)は英スコットランドでトムさんと結婚式を挙げた(Kanさん提供)

■差別発言で更迭された首相秘書官

[ロンドン発]同性婚制度の導入は「家族観や価値観、社会が変わってしまう課題だ」と国会答弁した岸田文雄首相。「秘書官室は全員反対で、私の身の周りも反対だ。同性婚導入となると国を捨てる人、この国にはいたくないと言って反対する人は結構いる。隣に住んでいたら嫌だ。見るのも嫌だ」とオフレコで記者団に述べた荒井勝喜・前首相秘書官(更迭)。

一方、米国のジョー・バイデン大統領は一般教書演説で「LGBTQ(性的マイノリティー)の米国人、特にトランスジェンダーの若者が安全かつ尊厳を持って暮らせるよう超党派の平等法を成立させよう」と呼びかけた。同性婚は33カ国・地域で認められ、日本でも255自治体が同性カップルを婚姻に相当する関係と認めるパートナーシップ制度を導入している。

岸田首相答弁や荒井前秘書官の差別発言をどうとらえたのか――英国留学中に出会ったトムさんと約3年半の遠距離恋愛を実らせ、2021年9月に英スコットランドで同性婚の結婚式を挙げたKanさん(31)にZOOMインタビューした。Kanさんは「政府が本当に動きません。岸田首相は現実に目を向けているのか、とても不安な気持ちになりました」と話す。

結婚指輪を見せるKanさん(左)とトムさん(Kanさん提供)
結婚指輪を見せるKanさん(左)とトムさん(Kanさん提供)

「すでに同性カップルは日本にもたくさんいます。それ以外にもいろんなカップルがいて、家族のあり方も実にさまざまです。価値観や家族観は常に変わり続けています。みんなが自分らしく幸せに生きられるような制度を作っていく、必要であれば変えていくことが求められていると思います。岸田首相はそうした現実が見えていません」

■「荒井前秘書官は秘書官である以前に想像力が足りない」

制度を先に置いて人をそこに押し込めるように聞こえたとKanさんは指摘する。荒井前秘書官の差別発言について「秘書官である以前に想像力が足りないのかなと思いました。LGBTQにかかわらず、社会にはいろいろな人がいます。そうした人たちが自分らしく幸せに生きられるよう、みんなが取り組んでいくべきだと思います」と言う。

「国の制度に関わる仕事をしている政府の中枢からあのような発言が出てきてしまうことはすごく大きな問題です。それが容認されてしまうと職場で『LGBTQのような人は見たくない』とか、教室で同級生があのような発言をしていじめに発展する恐れもあります。いろいろな人を傷つける発言だと思いました」

札幌地裁は21年、国が同性婚を認めないのは違憲と損害賠償を求めた訴訟で請求を棄却する一方で、法の下の平等を定めた憲法14条に違反しているとの初の違憲判断を示した。判決によると、日本では1980年ごろまで同性愛は精神疾患で治療すべきものとされ、中学校や高校では「健全な社会道徳に反し、性の秩序を乱す行為となり得る」と指導されていた。

米国精神医学会は73年以降、同性愛は精神疾患ではないとし、日本でも81年ごろから当事者が普通に社会生活を送っている限り、精神医学的に問題にすべきではないとの知見が広がった。同性愛は自らの意思で選択・変更できないし、ましてや治療の対象でもない。世界保健機関(WHO)も92年に同性愛を疾病分類から削除した。

■「同性婚に反対する人が政府中枢にいる」

2000年、オランダで初めて同性婚が認められ、19年にはアジアで初めて台湾でも認められた。日本では15年以降、パートナーシップ制度を導入する自治体が広がった。21年の朝日新聞調査では65%が、NHK調査では57%が同性婚を認めるべきだと回答した。日本のLGBTQ人口ははっきりとは分からないが、5.9~8%という調査がある(札幌地裁判決)。

「同性愛者に婚姻で生じる法的効果の一部ですらも享受する法的手段を提供しないことは合理的根拠を欠く差別」と違憲判断を示した札幌地裁判決について、Kanさんは「婚姻の平等の実現を後押しする画期的な判断でした」と振り返る。日本政府は異性間以外のパートナーシップ制度を法的に認めない中で、自治体ではパートナーシップ制度が普及している。

「多くの自治体で認められているのに国レベルで認められないのは、反対する人が政府中枢にいるからでしょう。国民の間ではだんだん理解が進んでいます。でもその声が国政に反映されていません。決定権を持っている人たちが明確な意思を持って“検討している”という言葉で判断を遅らせている、つまり反対しています。自治体も困っていると思います」

荒井前秘書官の差別発言をきっかけにLGBT理解増進法案の議論が再開された。同法案は21年、超党派国会議員連盟で合意され、法整備の機運が高まったものの、自民党内の議論が紛糾し、国会に提出されなかった。Kanさんは「公明党も同性婚に賛成しています。与党というより、純粋に自民党内だけの問題だと思っています」とみる。

■「結婚できてうれしいけど、結婚できなくて悲しい」

差別する側の人たちが「価値観が変わる」「見るのも嫌だ」と言って、差別される側の人たちの問題にすり替えていることにKanさんはモヤモヤし続けているという。「日本国憲法には『婚姻は両性の合意のみに基づいて成立』と定められ、男性と女性と書かれていません。現行憲法でも同性婚を認めることはできると考えています」

英国でトムさんと結婚した時「大好きな彼と結婚できて僕たちの関係が法的に認められるように日本でも認められることを願います。生まれ育った国に僕と大好きな人との関係をなかったことにされるのは悲しいです。結婚できてうれしいけど、結婚できなくて悲しいです」とツイートしたKanさんは「今、ものすごく幸せです」と語る。

パートナーのトムさんと幸せに暮らすKanさん(右、Kanさん提供)
パートナーのトムさんと幸せに暮らすKanさん(右、Kanさん提供)

「パートナーと一緒に暮らせるのは幸せです。何か特別なことをするのではなく、朝起きたら好きな人がいて、一緒にご飯を食べて、同じリビングで過ごして、寝る時も一緒です。その国で暮らす人たちの幸せを考えてほしいです。平等とか人権の観点から考えてほしいです。同性婚を認めても、幸せな人が増えるだけで、何一つ悪いことはありません」

同性婚制度を導入しても異性婚カップルの権利が侵害されるわけではない。一人ひとりが幸せになれば、国全体の幸福度も増しているはずとKanさんは言う。「僕たちと同じように英国人のパートナーと結婚するため英国に引っ越してきた日本人のカップルが僕の周りだけでも10カップルぐらいいます。世界を見渡せば、すごくたくさんいると思います」

■夢のリナ・サワヤマさんとの共演も実現

Kanさんはロンドンを拠点に活動するシンガーソングライター、リナ・サワヤマさんに会うのが夢だったが、リナさんのミュージックビデオに出演する機会を得た。リナさんはLGBTQの友人たちに捧げた作品『チョウズン・ファミリー(Chosen Family)』でエルトン・ジョン氏と共演。この作品は東京五輪閉会式のエンディングでも流された。

「リナさんがツイッターで参加者を募集していたのを見つけて、すぐに応募しました。会社の有給を取って、収録に参加しました。リナさんがピラミッドの頂点にいて、僕は左下の隅に入れてもらいました。ビックリしました。こんなに大好きな方のクリエイティブに参加できるなんて夢のようです」

ある日、トムさんとロンドンの地下鉄に乗っている時、サディク・カーン市長が隣の席に座った。「ロンドン市長さんですよね。パートナーと結婚するため日本から英国に引っ越してきました。日本ではまだ同性婚が実現していなくて、パンデミックもあってパートナーと数年間会えていなかったんですが、結婚しました」と報告した。

カーン市長は「結婚おめでとう。ロンドンに住んでいるの。今年は数年ぶりにプライドパレード(LGBTQの祭典)があるから楽しみだね」と祝福してくれた。近くに座っていた人たちも「結婚おめでとう」と声をかけてくれた。うれしさで涙がこぼれた。「日本でもこの景色が見たいです。僕たちの結婚を、同性婚を認めてほしいです」とKanさんは訴えた。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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