「最低賃金1000円に引き上げ」でドン底競争を解消できるか あなたは賛成、反対?
「3%を上回る引き上げには強く反対」
[ロンドン発]日本商工会議所など中小企業3団体は5月28日、安倍政権が「最低賃金を全国平均で1000円(現在は874円)に引き上げる」方向で動いていることについて「3%をさらに上回る引き上げ目標を新たに設定することには強く反対する」異例の反対提言を厚生労働省や自民党に提出しました。
提言の3ポイントは次の通りです。
(1)足元の景況感や経済情勢、中小企業の経営実態を考慮することなく、政府が3%を上回る引上げ目標を新たに設定することに反対
(2)最低賃金の審議では、中小企業の賃上げ率(1.4%)を考慮すべきであり、数字ありきの引き上げには反対
(3)生産性向上や取引適正化の支援により中小企業が自発的に賃上げできる環境を整備すべきだ
反対の理由は――。
・米中貿易摩擦の影響
・中小企業の収益改善や生産性の向上が進まない
・中小企業の事業者数がここ7年間で63万者減少
・雇用や事業の存続を危うくし、地域経済の衰退に拍車をかける
最低賃金引き上げの影響を受ける「御三家」は
日本・東京商工会議所の調査(全国2775社回答)では、昨年度の最低賃金引き上げの影響を受けた中小企業は38.4%と前回調査より5.4ポイント増えていました。
今年度の最低賃金が30~40円引き上げられた場合、過半数の企業が影響を受けると回答。その対応策は「設備投資の抑制」が最も多く、「正社員の残業時間を削減する」「一時金を削減する」という回答が続きました。
最も影響を受ける「御三家」は低賃金労働者をあてにしている宿泊・飲食業、介護・看護、運輸業のサービス業です。
協調して賃上げすれば価格転嫁しやすい
経済財政諮問会議では5月14日、民間議員の新浪剛史サントリーホールディングス社長、慶応大の竹森俊平教授、東大の柳川範之教授の3人が連名で「最低賃金については、より早期に全国加重平均が1000円になることを目指すべきだ」と明記した資料を提出しています。
最低賃金引き上げを促進する理由は次の通りです。
・海外発の景気の下振れリスクが拭えない。内需の下支えが不可欠。ここ数年続いている賃上げの流れを継続し、賃金・可処分所得を拡大
・最低賃金の引き上げは需要拡大に貢献。賃上げや物価の上昇に向けた「期待」に働きかける効果も大きい
・中小企業経営に与える影響や地域別の労働需給の違いを勘案。一方、最低賃金引き上げは省人化・省力化投資への契機となる。協調して賃上げを進めれば価格転嫁しやすい
・政府は産業界が賃上げをしやすい環境整備に取り組むべきだ。この3年の最低賃金は年率3%程度を目途に引き上げられてきた。より早期に全国加重平均が1000円になることを目指す
日本にようやく訪れた賃上げの好機
「供給は自ら需要を作りだす」という「セイの法則」があります。商品を生産すれば市場で価格調整が行われ、いずれ売り切れるという考え方です。しかし供給に限界があった頃の話で、過剰生産の時代には当てはまりません。
世界金融危機で賃下げや社会保障の切り捨てが進められた結果、個人消費が落ち込み、投資が拡大しない悪循環に陥りました。
その代表例が1990年代の金融バブル崩壊後、デフレ、ゼロ成長に苦しみ続けた日本の「失われた20年」です。
団塊の世代の退場によって、ようやく雇用の過剰が解消され、日本もようやく賃上げに転じる好機が訪れました。しかし企業の内部留保と海外投資が拡大する一方で、賃金は思ったようには上昇していません。
ドイツの経済社会科学研究所(WSI)の調査によると、購買力で見た日本の最低賃金は他の先進国に比べて低く抑えられています。
豊富な低賃金労働者によって「世界の工場」になった中国への警戒心から日本では賃上げに慎重です。
しかし賃金や雇用を必要以上に抑えすぎると、個人消費も生産性も落ちてしまいます。労働者を低賃金で使えるところではイノベーションは起きません。
米国では最低賃金1644円の州も
日銀は国債や上場投資信託(ETF)の買い入れを続け、総資産を今年3月末の時点で史上最高の557兆円余まで膨らませましたが、2%のインフレ目標は達成できませんでした。
そこで安倍首相の経済政策アベノミクス最後の手段として最低賃金を全国平均で1000円に引き上げ、強制的にインフレを起こそうとしているようにも見えます。
時給15ドル(約1644円)まで最低賃金を引き上げる州も出始めた米国。
米シンクタンク、ピュー研究所が2017年1月に発表したアンケート調査では連邦レベルの最低賃金を時給7.25ドル(約795円)から15ドルに引き上げることに52%が賛成していました。
1938年から2016年の最低賃金を調べた結果、以下のことが分かりました。
・インフレ調整(16年のドル換算)した場合、連邦レベルの最低賃金は1968年が最も高く、8.68ドル(約951円)。2016年は7.25ドル
・2060万人が最低賃金より少し上の賃金で働いている
・レストラン・食品サービス業に最低賃金労働者が最も多い
韓国では最低賃金引き上げで失業率上昇
グローバリゼーションがもたらした格差の拡大を解消するため、世界中で最低賃金が引き上げられています。社会保障を拡充しようにも財源が不足しているという事情もあるでしょう。
これまでのマクロ経済学からは次のような反論がなされるのが常でした。
・最低賃金の引き上げが労働者の生産性向上を伴わない限り、コスト増になる。消費者の負担が膨らむか、会社の利益を減らし、他の労働者の賃金カットにつながる
・最低賃金が引き上げられると、使用者が雇用や労働時間を減らす恐れがある
さらに最低賃金の引き上げはロボットによる自動化を加速させるという報告もあります。
韓国では文在寅(ムン・ジェイン)大統領が最低賃金を昨年16.4%、今年さらに10.9%も引き上げた結果、失業率が今年1月に4.4%まで上昇し、雇用不安から消費者マインドを冷え込ませてしまいました。
失業率が2.4%と完全雇用状態の日本はどうでしょう。先進国の最低賃金労働者はサービス産業に従事しており価格に転嫁しやすい、省力化も進み雇用主は賃金を上げやすいという見方もあります。
最低賃金を引き上げれば、成り立たなくなるビジネスが出てくるのは間違いありません。最低賃金の引き上げには全面的に賛成ですが、最初に数値目標ありきではなく、様子を見ながら上げていくのが上策のように思えるのですが。
(おわり)