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背景には「中国製造2025」――習近平による人民の対日感情コントロール

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
習近平国家主席(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 習近平政権になってから反日デモが起きていない。その背景には2012年秋の反日デモでの「日本製品不買運動」と「中国製造2025」がある。今年、中国人の対日感情が改善された背景には反米感情の裏返しがある。 

◆反日デモが指摘した「メイド・イン・チャイナ」か「メイド・イン・ジャパン」か

 これまで何度も書いてきたように、中国は2015年5月に「中国製造(メイド・イン・チャイナ)2025」という国家戦略を発布し、2025年までにハイテク製品のキー・パーツ(コアとなる構成部品、主として半導体)の70%を「メイド・イン・チャイナ」にして自給自足すると宣言した。同時に有人宇宙飛行や月面探査プロジェクトなどを推進し完成に近づけることも盛り込まれている。

 実は習近平国家主席が「中国製造2025」戦略を打ち出すきっかけになったのは、2012年9月の尖閣諸島国有化で起きた反日デモだということを知っている日本人は多くないだろう。

 激しい反日デモの中で若者たちは「日本製品不買運動」を呼びかけて、日系企業の工場や日系自動車会社の販売店などを徹底的に破壊した後に放火しただけでなく、日系スーパーやコンビニは暴力的な略奪行為にさらされ、中国人が経営する日本料理店や走行中の車も、それが日本車で運転手が中国人であっても身動きが取れないほどの大衆に囲まれて暴行を受け、被害が拡大した。

 呼びかける道具として使ったのは携帯やパソコンだ。

 そんな中、1人のネットユーザーが疑問を投げかけた。

 「この携帯もパソコンも、表面には確かにメイド・イン・チャイナと書いてあるけど、中身はほとんどがメイド・イン・ジャパンじゃないか!これも不買対象の日本製品に当たるのではないか?」

 この疑問はまたたく間にネットに広がり、デモ参加者の不満の矛先は、「キー・パーツという半導体を生産する能力も持っていない中国政府」へと向かっていったのである。

 もちろんキー・パーツにはアメリカ製や韓国製などもあったのだが、何しろ「日本製品」の不買運動を叫んで大暴れしていたわけだから、自ずと「にっくき日本」に目が向けられた。この時点で中国のハイテク製品キー・パーツの90%は輸入に頼っていた。

◆反日デモを抑え込んだ習近平政権

 反日デモ自身は、胡錦濤政権によって鎮圧された。

 なんと言ってもその年11月からは中国にとって最も神聖な党大会が始まることになっていた。党大会までにデモを鎮圧しなければ、一党支配体制の維持が脅かされる。5年に一回の党大会が開催される前は、天安門広場は猫の子一匹通さないほどの厳しい警戒体制に入る。

 だというのに、反日デモは日中国交正常化以来の激しい勢いだった。おまけに「反政府」に向かいつつあった。だから胡錦濤は強引に反日デモを鎮圧させて、習近平に中国共産党中央委員会(中共中央)総書記の座を譲り渡す党大会に備えたのである。

 2012年11月8日から開催された第18回党大会で中共中央総書記に選ばれた習近平は、中国人民、特に若者への監視体制を徹底させ、反日デモが起きないようにネット言論を厳しく抑え込み始めた。

 反日デモが起きれば、必ず日本製品不買運動が起き、そして「ハイテク製品はメイド・イン・チャイナなのか、それともメイド・イン・ジャパンなのか」という議論が再び持ち上がるからだ。

 事実、2012年12月4日、中国共産主義青年団(共青団)の中央機関紙である「中国青年報」は、「キー・パーツがなかったら、ハイテク全体を突き動かすことができない」というタイトルの長い論評を掲載した。そこには「反日デモ」と「メイド・イン・チャイナか、それともメイド・イン・ジャパンなのか」との関連が深く掘り下げられていた。

◆2013年年初から始まった「中国製造2025」への戦略

 そこで習近平は2013年が明けるとすぐに、中国アカデミーの一つである中国工程院などに命じて「製造強国戦略研究」という重大諮問プロジェクトを立ち上がらせた。

 2014年に答申があり、それに基づいて2015年5月に「中国製造2025」が発布されたわけだ。

 それと同時に習近平政権は「中華民族の偉大なる復興」を目指す「中国の夢」を実現することを政権スローガンとしている。

 つまり習近平にとっては、中華民族の命運を賭けてでも「中国製造2025」を実現させなければならないのである。だから2022年には国家主席を引退しなければならないように規定されている憲法を改正し、少なくとも2025年までは国家主席を務めて、「中国製造2025」を完成させる決意でいる。

◆そのための対日感情のコントロール

 反日デモを抑え込めば反政府感情を刺激する。だから習近平自身が「強烈な反日であるとする姿勢」を、中国人民、特にデモに走る可能性のある若者たちに見せつけなければならない。

 そのために2015年の抗日戦争勝利70周年記念日は、これまでにない盛大さで執り行われている。抗日戦争のテレビドラマも数多く報道され、反日に燃える若者たちに「親日政府」と非難されないように最大限の注意を払ってきた。

 安倍首相の正式国事訪中も許さなかった。

 反日デモに参加する可能性の高い層の若者たちには、「まあ、政府がここまで反日的姿勢を示すならば、自分たちが暴れなくても十分だ」という「反日満足感」を与えていたのである。

 ところがだ――。

 アメリカにトランプ大統領が現れた。

 2017年11月8日から10日にかけて正式国事訪中して、皇帝のような厚遇を受け米中蜜月を演じたトランプだったが、帰国して1ヵ月ほど後の12月18日には「国家安全保障戦略」を、2018年1月には「国家防衛戦略」を発表して、強烈な対中強硬姿勢を表明した。

 3月からは中国の輸入品に高関税をかけ続け、習近平が中国の命運を賭けて完遂しようとしている「中国製造2025」を、トランプは阻止すべく激しく方向転換をした。

 同時に「台湾旅行法」を制定して、米台の政府高官が互いに相手の国を訪問することを認めた。これは米台防衛関係者の相互訪問を保証することになる。

 その証拠に、8月になると、トランプは「国防権限法」に署名して、さらなる対中強硬姿勢を鮮明にした。なんと、「台湾との軍事協力を強化する方針」を打ち出したのだ。

 これでもか、これでもかと、中国の逆鱗に触れる政策を打ち出し続けたことになる。

◆反米意識が中国を覆う

 中国は激怒した。

 もしこれで習近平が怒りを表明しなかったら、昨年11月のトランプ歓迎は何だったのかと、中国人民の笑い者になっただろう。

 中央テレビ局CCTVだろうとネットだろうと、アメリカへの批判と反感に満ち溢れ始めた。

 それまでは日本の悪口、特に安倍政権への批判ばかりを毎日のように報道していたCCTVからもネットからも、ピタリと安倍批判が消えてしまったのだ。

 これはつまり習近平の「アメリカが中国を攻撃してきたから、これから中国は日本を受け入れるが、だからと言って俺を“親日政府”、“売国奴”などと罵倒するなよ」というメッセージであり下準備だったのである。

 2008年6月、当時の国家主席・胡錦濤が北京オリンピックを成功させるために日本と東シナ海の共同開発を約束した。するとネットは炎上し、胡錦濤を「現在の李鴻章」として売国奴呼ばわりをしたことがある。2008年3月にチベット暴動を武力弾圧したため西側諸国の首脳が相次いで北京オリンピックのボイコットを宣言したため胡錦濤は落とし易い日本にすり寄って出席を取りつけようとしたことがあった。

 その二の舞を踏むまいと、習近平は周到に中国人民の対日感情をコントロールし、習近平が安倍首相に笑顔を送っても罵倒されないように予め準備したのである。トランプにアメリカからの半導体の輸入を制限されたり中国製ハイテク製品の輸出に高関税を掛けられたりすれば、日本に接近するのが最も手っ取り早い。

 こんな時期に対日感情に関する民意調査などすれば、「反日感情」が薄まっているというデータが出るのは当然のことだろう。それを「日中関係が改善した」などと勘違いしない方がいい。

◆対日感情コントロールの背景に「中国製造2025」

 米中関係が悪くなると、日本に微笑みかけてくるのが中国だということは何度も書いてきたが、人民の感情までコントロールできるとは、日本人はあまり思っていないかもしれない。ところが、中国には、それができる。それが中国だ。

 日本の一部の中国研究者あるいはメディアは、「習近平はあまりに対日強硬策を進め過ぎたので、今は反省して日本に友好的姿勢を示し始めた」という皮相的論理を展開しているのを散見した時期があった。今はさすがに、そのようなことを言う人は少なくなっているものと期待しているが、習近平の「対日感情と対日行動」のコントロールの背景に「中国製造2025」があるという事実を見落としてはならない。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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