スパイ事件、ロシアやソフトバンクに対する捜査はどうなる?今後の展開は
ソフトバンクの営業秘密にあたる情報を不正に得たとして、警視庁公安部が元社員を逮捕した。不正競争防止法違反の容疑だ。ロシア通商代表部職員らに渡し、報酬を得るためだったという。スパイ活動の一環とみられる。
どのような事件か
報道によれば、次のような事件だ。
なぜ不正競争防止法違反か
元社員は発覚後の2019年12月に懲戒解雇されているが、社員として勤務していた当時、会社のサーバーにアクセスし、営業秘密に当たる情報を不正に得たうえで、私物の記録媒体にコピーして社外に持ち出している。
刑法には窃盗罪があり、最高刑は懲役10年と重い。しかし、「財物」、すなわち金銭や物品など形ある物が対象だ。たとえどれだけ財産的価値が高くても、形のない「情報」に対する窃盗罪は成立しない。
書店で雑誌をカメラ撮影する「デジタル万引き」と呼ばれるケースも、雑誌そのものを書店から持ち出していないから、窃盗罪には当たらない。
しかも、わが国には諸外国のスパイ防止法や国家反逆罪のように、スパイ活動そのものに焦点を当てて厳しく処罰する罰則がない。
そこで、視点を企業の「営業秘密」に置き、企業内外の人間を問わず、その不正取得や開示を広く禁じている不正競争防止法で立件するに至った。
これであれば、最高刑は懲役10年と窃盗罪並みに重いし、不正に得た利益をはく奪できる。営業秘密が海外で使用される前提だったのであれば、3千万円以下の罰金刑を併せて科すことも可能だ。元社員からその情報を手に入れた者も同じ網にかけることができる。
ロシア側に対する捜査は
ただ、流出の相手がライバル企業の担当者などではなく、在日ロシア通商代表部の職員らであることがネックとなる。通商代表部は、過去にも自衛官や民間企業社員らを標的としたさまざまなスパイ活動に関与していた。今回もスパイ活動の一環とみられており、その実態解明が重要となる。
現に警視庁も、外務省を通じて在日ロシア大使館に対し、元社員に漏えいを教唆したとされる職員ら2名の出頭を要請した。1名は元社員とのパイプづくりをし、後任に引き継いだ人物、もう1名は後任であり、元社員から情報を受け取ったとされる人物の模様だ。
しかし、いずれも情報機関員とみられるものの、前任者は2017年にロシアに帰国しているし、もう1名も外交官とのことだから、外交特権を有している。逮捕や勾留、起訴はおろか、自宅の捜索すらできない。
しかも、在日ロシア大使館は、元社員の逮捕報道を受け、日本がロシアに対するスパイ妄想狂の仲間入りをしたと批判し、反ロシア的であるとして遺憾の意を表明した。警視庁に職員を出頭させることなど考えられず、水面下でロシアに帰国させるはずだ。
結局、もっぱら元社員に焦点が当てられ、犯行に至る経緯や犯行状況、接待や報酬の受領状況、流出した情報の内容や重要度、流出経路、余罪などの解明を進めたうえで、元社員の起訴により捜査の幕が引かれるだろう。過去のスパイ事件も同様のパターンだった。
ソフトバンクの責任は
ただ、社会からは被害者であるはずのソフトバンクまでやり玉に挙げられるのではないか。さっそくソフトバンクは、お詫びとともに次のようなコメントを出した。
ソフトバンクから得た話として、元社員が携わっていた業務は通信設備構築のプロセス効率化に関するものであり、持ち出した文書もプロセスに関わる手順書だったといった報道もある。
要するに、ベネッセの顧客情報流出事件のときのような、一般ユーザーらに直接影響を与える情報の漏えいはなかったということだろう。
ただ、「持ち出された文書は機密性が低く」という点は気になるところだ。ロシア側が報酬を支払ってまで欲しがった情報だったことは間違いないからだ。
また、機密性の高低を問わず、少なくとも営業秘密にしていた情報が簡単に社外に持ち出され、こともあろうにロシア側に流れてしまったということであれば大問題だ。
元社員の刑事責任の軽重を判断するうえでも、ソフトバンクにおける情報管理体制までもが捜査の対象となることは間違いない。
現にベネッセ事件では、約3千万件の顧客情報を持ち出したとして不正競争防止法違反に問われたシステムエンジニアの刑事裁判で、懲役3年6ヵ月、罰金300万円とした一審判決に対し、控訴審がその懲役を2年6ヵ月に減刑している。
ベネッセが被害者であることは確かだが、情報管理体制がずさんであり、落ち度があったと認定されたからだ。(了)