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ロッド・スチュワートの怒り「プライベート医療はガラガラなのにスキャンを受けられず死んでいく人がいる」

木村正人在英国際ジャーナリスト
政権交代を求めたロッド・スチュワート(写真:REX/アフロ)

■「血まみれ政府は今すぐ退陣を」

[ロンドン]『マギー・メイ』や『セイリング』の大ヒット曲で知られる英人気ロック歌手ロッド・スチュワート氏(78)が26日、英24時間ニュースTV局スカイニュースの視聴者コーナーに電話をかけ、原則無償の国家医療サービス(NHS)で診断も受けられずに死ぬ人がいるのは「バカげている」と憤った。即刻、政権交代すべきだとの見方も示した。

このコーナーでは、3年前から予約待ちで医者に診てもらえないという女性が「生きる気力を失っている。どうしたらいいか分からない。心配なのは状況がもっと悪くなるかもしれないということだ」とNHSの惨状を訴えた。自宅で鉄道模型を作りながら視聴者の声に耳を傾けていたスチュワート氏は居ても立っても居られなくなって電話をかけてきた。

「昨日プライベート診療所で毎年のメディカルスキャンを受けた。30分遅れたことを詫びたが、その日の患者はわずか2~3人だという。プライベートはガラガラなのに、スキャンを受けられずに死んでいく人がいる。バカげている。10~20回のスキャンをするのに十分な寄付をしたい。役に立つかどうか分からないが、他の人も後に続いてくれたらうれしい」

■公的医療とプライベート医療のバランス

英国には公的医療のNHSと有料のプライベート医療がある。スチュワート氏のような金持ちなら待たなくて済むプライベート医療を受けられるが、国民の大半は国民保険料と税金で賄われるNHSで延々と待たされる。自宅や職場近くのかかりつけ医に紹介状を書いてもらうことができても病院の専門医に治療してもらうまで最大18週間待たなければならない。

「現状から抜け出すには、1948年に始まったNHSを何十億、何十億ポンドもかけて立て直す必要がある」。コロナの最前線で闘ったNHSの看護師が給与を巡りストを構えていることについて、スチュワート氏は「看護師は辛いだろう。長い間、保守党の党員だったが、血まみれの政府は今すぐ退陣し、労働党に任せるべきだ」と憤った。

「誇りに思うこの国で何年も暮らしているが、これほどひどい状況は見たことがない。私は看護師の味方だ」。NHS再建策については「無償の公的医療とプライベート医療の間のどこかに着地点があるのだろう。完全にプライベートにしたら高くつく。私の家族は幸運にもプライベートで診てもらえる。答えは分からないが、政権を変える時だ」と語った。

■暖房を入れられず低体温症で死亡した年金生活者

スチュワート氏は司会者の求めに応じ『マギー・メイ』の一節を口ずさむサービス精神を見せた。2019年総選挙で地滑り的勝利を収め、難航する欧州連合(EU)離脱交渉を打開したボリス・ジョンソン首相(当時)を祝福したスチュワート氏だが、光熱費高騰とインフレ、コロナによる患者積み残しに対処できない保守党政権に完全に嫌気が差したようだ。

英イングランド北西部ランカシャー州で暮らすバーバラ・ボルトンさん(87)は昨年12月11日、低体温症と胸部感染症と診断されて入院した。容体は悪化の一途をたどり、終末期医療を受けることになったが、1月5日に息を引き取った。主治医は「彼女の死は特に低体温症によって加速した。暖房がないためセルフネグレクトに陥った恐れがある」と指摘した。

バーバラさんは最近まで大手スーパーの薬局で働いていたが、生活費の危機で暖房を入れる余裕がないと漏らしていた。身体の中心部の体温が35度を下回ると、意識・判断能力の低下、循環機能の低下などの症状がみられる。直ちに医療の介入が必要となる。寒いのに暖かい服を着ていなかったり、寒い家に住んでいたりしても低体温症になる。

■フードバンクに駆け込む看護師

ウクライナ戦争が悪化させた光熱費高騰、インフレ高進は年金生活者や低所得者を直撃している。看護師がストを構えているのも昇給がインフレに追いつかず生活が困窮しているからだ。看護師や医療従事者は無料の食事やバウチャー制度を通じて慈善団体のフードバンクに助けを求めざるを得なくなっている。NHSそのものも危機に瀕している。

スカイニュースによると、昨年11月の時点で検査を受けようとする患者の40%が4週間以上、13%が12週間以上待たされていた。コロナ危機前は考えられなかったことだ。検査の待ち時間が最も長かったのはイングランド東部リンカンシャー州で37%の患者が12週間以上待たされていた。その内訳は骨密度測定が81%、心エコー図が78%だった。

コロナで大量の患者が積み残されたことによる医療逼迫の影響は特に救急救命部門で深刻だ。救急車の到着時間は7分以内を目標に掲げているが、2021年4月以降、達成されていない。昨年12月時点でイングランドでは平均11分かかり、同年10月よりも1分長くなっていた。イングランド南西部が最も遅く平均13分もかかっていたという。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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