「渡辺謙さんが原稿に入れた赤の量を見て驚いた」“つなかん”監督が語る「それぞれの被災地への想い」
「被災地を描いているけれど、私たちみんなに人生について考えさせる映画だな」というのが、映画を見終わった私の最初の感想だった。
宮城県気仙沼市唐桑半島にある民宿「唐桑御殿つなかん」を舞台に、女将・菅野一代さんと 仲間たちを追ったドキュメンタリー映画「ただいま、つなかん」。渡辺謙さんがナレーションを担当し、糸井重里さんも出演する話題の映画だ。
風間研一監督は実はテレビマンで、私の後輩でもある。昔から実に誠実な仕事をする人だった。そしてこの映画は、彼の人柄を反映して、実に誠実に作られていて、見る人の心に響く。
なぜこの映画を作ったのか、そして渡辺謙さんとのエピソードなどについて風間監督に話を聞いた。
Q:拝見して一番最初に何となく頭に浮かんだ言葉が「人間万事塞翁が馬」で。
ほんとに深くいろんな人生を考えさせられるような映画でした。
A:いろんな人物が出てきて、たぶんその人物によって見方は変わってくると思うんです。
男性、女性含めて変わってくるのかなと。いろんなメッセージもいろいろ入ってるので、ほんとに人それぞれの感想があるのかなって。
Q:映画化しようと思ったのは、日頃テレビを作られているのが影響してますか?
A:そうですね。僕はこれまでテレビの取材でいろんなものを撮影してきて、出せたものと出せないものがありました。やっぱりテレビはどうしても一過性というか、一回放送したら終わってしまいます。やはり5年、10年と形に残るものをやりたいというのはありました。
Q:その題材としてこの話が一番いいなと思われたのはなぜですか。
A:他にもいろいろ密着取材とか継続取材してる人が何人かいるんですけど、一言で言うと「ドラマチックな人生」であったり、あと1人の人間からつながるいろんな広がりが圧倒的にあったのが、このつなかんのお話だったので。
一代さん(民宿「唐桑御殿つなかん」の女将)っていう人がいて、そこにいろんな人が集まって、その先の人からまたさらに広がっていったりとか……1人からの広がりは圧倒的に一番です。不思議であり、貴重であり、これはなかなかないですよね。
Q:確かにこの映画はほとんどワンシーンですよね。
A:そうなんです。ロケのほとんどが「つなかん」に集約されたんですよね。
分かんないですけど普通の田舎なんです。海があって山があって、周りにもぽちぽち家があったりして、普通の田舎の一軒家でドラマが広がるっていうのはなかなかないですよ。
Q:何かすごく編集が魅力的っていうか。こういう映画って、ともするとメッセージ寄りになっちゃったりとか、作り手の誘導したい方向が見えちゃったりすることがありがちかなと思うんですけど。今回のこの映画はすごく冷静な立ち位置で編集されてるなと思って。
A:ほんとですか。へえ。
Q:ニュートラルさがすごくいいなって思ったんですけど、意図的にそうされたんですか。
A:結果論かもしれないですね。今回、僕がある種のエゴというか自分の形で作ったものがまずありまして。それと、今回編集で入っていただいた井上秀明さんっていう方が、井上さんなりのパッケージを考えてくれた。それで、僕のパッケージと井上さんのパッケージをある種ドッキングして、完成形になっているんです。
Q:そうなんですね。
A:結果的に、僕の主観的なとこと、ちょっと客観的なものがうまくマッチして、それがまさにそういう結果になってるのかなと思います。
Q:何で編集の方を入れられたんですか。
A:一つは単純に僕には映画の経験がないので。映画の経験が豊富な井上さんの意見を聞きたいっていうのがありました。あとはやっぱり僕もテレビで4回放送していて、どうしても自分の中で、ある種価値観がある程度固まっちゃっていたと思うんです。それを自分の中で「ちょっと変えたい欲求」があって、井上さんに見てもらいました。
Q:例えばぶつかったり、対立されたこともある感じなんですか。
A:そうですね。例えばあるカットを長く見せるのか、短く見せるのかとか、ケンカまでいかないですけど、お互いの意見を言い合って。でも最終的には、井上さんも「監督の判断で」って基本的におっしゃってくれていたので。
Q:ちなみにどのあたりが一番もめましたか。
A:僕はやっぱりどうしても一代さんに感情移入しちゃうんですよね。一代さんありきの前提で、そこに学生ボランティアたちがいるっていう構図にどうしてもしちゃうんです。
でも井上さんは一代さんを知らないし会ってもないので、どっちかというと学生たちにすごくフィーチャーしてて、一代さんはあくまでもサブ的なんです。
そこのせめぎ合いというか、どっちを立てるかというのは、いろんな場面場面で話し合いましたね。
最終的にはおっしゃったような、いろんな人たちの人生を投影できたと思っています。ストーリーの広がりみたいなのが井上さんと話したことによってできてるんで、良かったかなと。僕がやってたら、たぶん一代さんにぐっと寄り切っちゃうので。
Q:ナレーションが渡辺謙さんですが、なぜ引き受けてもらえたんでしょうか。気仙沼でいろいろ活動されているというのは存じ上げているんですが。
A:渡辺謙さんの本心は分からないですけど、一代さんのことを元々ご存知でした。震災直後から気仙沼に入られているので。
僕と謙さんには当然これまで接点はなかったんですけど、僕は僕で一代さんとにいろいろ思ってることがあって、謙さんは謙さんで思ってることがあって。そこはある種、お互いの思いが合致したんです。
Q:じゃあ結構オファーを出されて、すっとOK頂いたような感じなんですか。
A:そうなんです。ほぼ即決に近いと思います。いや僕も「あの渡辺謙さん」なので、ほんと第一希望っていうか、お願いするんだったら真っ先に謙さんと思ってたので。
いろんな条件があると思うんで、ダメ元で取りあえずは自分の気持ちを謙さんに投げてみよう、というので投げたところ、結構早く返事が来て、「お受けします」ってことでした。
Q:ナレーションの収録にはどのくらいかかったんですか。
A:いろいろ時間の制約もあって、2時間とか3時間とかで終わりました。。
Q:一発OKに近い形ですか。
A:はい。もう読み込んできてらっしゃって、自分で赤ペンも入れてて。
打ち合わせは5分ぐらいでやったんです。お互いに「もう行けます」「じゃあ行きましょうか」みたいな。
Q:あの読みは完全に渡辺謙さんがご自身で固めてこられた「世界」をそのまま?
A:はい。固めて、それでいくつかはやっぱり渡辺謙さんが、「ここはちょっとこうしたいんだけど」っていうところがあって、そこは僕も納得して「変えましょうか」と言いました。
Q:なるほど。けっこう思い入れを持って読んでもらえたってことですよね。
A:そうですね。打ち合わせの時に、手にしてた原稿の赤ペンの量を見て、もう。
真っ赤っ赤とまでは言いませんが、でも結構赤が入ってました。
もうそれを見て「ああ、読み込んでるな」って分かったので、「やりながら調整してく形でやりましょうか」となりました。
Q:この映画をみなさんにどう見てほしいですか。
A:震災っていう災害があったことがある意味きっかけになって、出会いとか絆とかがあってのこの10年があるので、改めてそういう人間関係とか人の絆とかを見直すきっかけになったらいいなと思います。
コロナ禍で人間関係とか、その付き合い方とかいろいろと社会のことを考え直すタイミングにもなっているので。改めて何が正解かというのはないんだけど、改めてちょっと付き合い方とかを考え直すきっかけになればと。