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『虎に翼』でも重要なテーマに 尊属殺の重罰規定、最高裁の憲法判断とその変遷

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:2019 TIFF/アフロ)

 憲法14条の「法の下の平等」をテーマにし、法曹界でも話題のNHK朝ドラ『虎に翼』。主人公・佐田寅子(伊藤沙莉)の恩師である穂高重親(小林薫)は民法学者の穂積重遠がモデルだろう。「日本家族法の父」と呼ばれ、最高裁判事として尊属殺の重罰規定を違憲だと主張したことでも有名だ。新1万円札の肖像に選ばれた渋沢栄一の孫でもある。

人類普遍の道徳原理と法律万能思想

 ドラマでも、尊属殺を巡る1950年の最高裁判決が取り上げられていた。当時の刑法は父母や祖父母といった「直系尊属」を殺害した場合、法定刑が通常の殺人罪や傷害致死罪よりも重かったからだ。例えば、尊属殺人罪は死刑か無期懲役しかなく、3年以上の有期懲役が選択できて執行猶予も可能な殺人罪と比べると格段に重かった。

 しかし、判決では合憲だとされた。夫婦、親子、兄弟などの関係を支配する道徳は人倫の大本であり、古今東西を問わず承認されている人類普遍の道徳原理だという。違憲だと主張したのは15名の裁判官のうち穂積重遠を含めた2名だけだった。穂積は判決の中で次のような少数意見を述べている。

「孝ハ百行ノ基」であることは新憲法下においても不変であるが、特別規定によって親孝行を強制せんとするがごときは、道徳に対する法律の限界を越境する法律万能思想であって、かえって孝行の美徳の神聖を害する。

 ドラマで印象的だったのが、佐田寅子の食卓でこの判決が話題に上った際のやりとりだ。2人の裁判官が反対しただけでは何も変わらないのではないかと問われた寅子は、次のように語った。

「そうとも言い切れない。判例は残る。たとえ2人でも、判決が覆らなくても、おかしいと声を上げた人の声は決して消えない。その声が、いつか誰かの力になる日がきっと来る」
「私の声だって、みんなの声だって、決して消えることはないわ。何度落ち込んで腹が立ったって、私も声を上げる役目を果たし続けなきゃね」

23年後に判例を変更

 実際に23年後となる1973年の最高裁判決では、尊属殺の重罰規定に関する判例が変更されている。14歳から実父による性的虐待を受け続け、5人の子まで出産させられた女性の事件だ。成人した女性は恋人から求婚されたものの、強く反対する実父に監禁され、殺すと脅されて襲われたことから、やむなく首を腰ひもで絞めて殺害した。

 最高裁の15名の裁判官の意見は次のとおり分かれたが、(1)の多数意見に基づき、尊属殺の重罰規定は憲法違反だとされた。その上で、最高裁は通常の殺人罪を適用し、女性に懲役2年6ヶ月、執行猶予3年の温情判決を言い渡した。

(1) 8名:尊属殺を通常の殺人罪よりも重く処罰すること自体は合憲だが、執行猶予が付けられないほどの重罰規定はあまりにも厳しく、「法の下の平等」に反する。
(2) 6名:尊属殺を通常の殺人罪よりも重く処罰する規定自体が「法の下の平等」に反する。
(3) 1名:尊属殺に関する法定刑の加重の程度は立法府の判断に委ねられるべきで、違憲とは言えない。

 この判決で(1)の多数意見の立場に立ったのが裁判長の石田和外だ。ドラマに登場する裁判官・桂場等一郎(松山ケンイチ)のモデルとされる。憲法史に残る重要な判例の変更を穂高重親の教え子である桂場が受け継ぐことで、「雨垂れ石を穿つ」という穂高の思いが実を結ぶという展開になるのかもしれない。

避けては通れない裁判も

 一方、佐田寅子のモデルは日本初の女性弁護士で、裁判官も務めた三淵嘉子だ。東京地裁の裁判官だった1956年に原爆国賠訴訟に関与したことでも知られる。原爆被害者が提起したもので、本来ならアメリカに損害賠償を請求するところ、日本政府がサンフランシスコ講和条約でこの権利を勝手に放棄した以上、国が賠償すべきだという主張だった。

 三淵嘉子を含めた3人の裁判官による判決では、原爆投下は非人道的で、無差別爆撃であり、国際法違反の戦闘行為だと明言された。原爆被害者に対する救済が不十分で政治の貧困を嘆かざるを得ないとも述べられている。国の賠償責任こそ否定されたものの、この画期的な判決がその後の原爆特措法の制定につながった。

 NHKがどの程度まで掘り下げるのか気になるところだが、佐田寅子こと三淵嘉子の半生や「法の下の平等」を描く上で避けては通れない裁判だ。「おかしいと声を上げた人の声は決して消えない。その声が、いつか誰かの力になる日がきっと来る」と語った寅子の思いがドラマの後半でどう描かれていくのか、注目される。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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