前市長が現市長の大学誘致に反対~樋渡啓祐氏インタビュー
◆武雄アジア大学構想とは?
佐賀県武雄市に大学新設構想が持ち上がったのは昨年のこと。
6月には佐賀女子短期大学を運営する学校法人旭学園が佐賀県武雄市に4年制大学を2025年に新設、その校名を武雄アジア大学とすることを発表しました。
ところが、わずか2カ月後の8月には、開設予定を2026年に延期します。
背景には大学設置認可の厳格化があります。
この厳格化の詳細や、そもそも旭学園の財務状況が非常に悪く、大学新設が極めて難しい(佐賀県庁が武雄市に移転するのと同じくらいの確率)ことは、2023年10月9日公開の「地方に私立大学が新設できない日~武雄アジア大学構想を例に考える」にまとめました。
さて、現在、武雄アジア大学構想に反対を表明している1人が樋渡啓祐・前武雄市長です。
◆前市長が現市長の大学誘致に反対
ここで「樋渡さんが反対?」と訝る方(特に武雄市関係者)も多いでしょう。
事情を知らない方にご説明しますと、樋渡さんは2006年に武雄市長に当選。3期8年の任期中に公立病院を民営化、図書館の運営を株式会社CCCに移譲。通称、ツタヤ図書館として改装し来館者数が大幅に増えるなど、全国でも稀に見る、実績を上げます。
その後、2015年の佐賀県知事選に出馬するも落選。
現在は、まちづくりの株式会社である樋渡社中代表を務め、2023年には武雄市内でカフェ(エミカフェ)をオープンしました。
一方、地方創生事業にも携わり、現在は菅前総理が提唱しているライドシェアの仕掛け人としても注目されています。
さて、樋渡さんが2015年の佐賀県知事選に出馬する際、後継候補として武雄市長選に出馬、当選したのが現在の小松政市長です。
小松市長は武雄アジア大学構想を推進する立場にあります。
その小松市長を後継指名したはずの樋渡さんが武雄アジア大学構想には反対、ということで武雄市内、そして全国の地方創生の関係者の間でも話題になっています。
なぜ、後継指名をした小松市長が推進する武雄アジア大学構想に反対するのか、樋渡さんをインタビューしました。
※インタビュー日は2023年10月7日/その後、補足を2023年11月から2024年1月にかけてメールで実施
◆「納税者としていい迷惑です」
―樋渡さんは武雄アジア大学構想について、どのように見られていますか?
樋渡:私は反対です。納税者としていい迷惑です。
コロナ禍で市の財政も悪くなりました。スーパーに行けば高齢者の皆さんたちが、棚の前で買おうか買うまいか迷っておられる。私も買い物に行って定点観測していますが、どんどん皆さんのカートの中身が減っていっている印象があります。
そんな中、得体の知れない新設大学に巨額の税金を投入することが適切、とは到底、思えません。
―しかし、小松市長は樋渡さんが市長だった時、秘書課長であり、後継指名を受けて当選したことは武雄市民なら誰もが知るところです。
樋渡:私が市長だった時、小松市長が秘書課長だったのは事実です。
私が知事選で選挙活動中に、小松市長の選挙カーにも同乗して一緒に演説もしました。ですが、今は一民間人にすぎません。
―その小松市長が推進する武雄アジア大学構想に反対とは、違和感を持つ市民も多そうですが。本来なら小松市長の政策=樋渡さんの政策のはずですし。
樋渡:それはあなた、誤解というか、邪推もいいところですよ。
もちろん、私も武雄市に住んでいますから小松市長とは顔を合わせることはあります。小松市長の政策には共鳴できる部分もあります。しかし、全部がイコール、というわけがないです。
例えば、私が市長だった時はふるさと納税にはかなり消極的でした。それが小松市長就任後は他の自治体と同じように積極策に変わっています。
小松市長と私は別人格ですし、小松市長が市のトップとして私とは無関係にその手腕を発揮すればいいだけです。小松市長の政策に共鳴できる部分もあればそうでない部分もあります。後者の最たるものが武雄アジア大学構想なのです。
―小松市長が樋渡さんの後継であることは武雄市民の多くが知るところです。その小松市長の政策に反対する理由は?
樋渡:小松市長の政策(大学誘致そのもの)に反対しているわけではなく、この学校法人がつくる大学は武雄市民のためにならないので反対と言っているだけです。
そして、市長も私が「是々非々」だということは良く承知されていると思うので、私が何を言っても気にしていないと思いますよ。勝手ながらこれは早く撤回しないと小松市長の命取りになると思って心配しています。
そうそう、逆に「これは良い!素晴らしい!」ってFacebookに書いたり、LINEすることもありますし。
それと、私が市長の時に、過去の市長さんがいろいろ注文を出してくることがありました。率直に言って9割8分うざったいと思っていました。
そこで、小松市長の政策に極力反対は唱えないでおこうと思っていたのです。
それでも、今回の学校法人だけは絶対に駄目だと思い、最初は小出しに反対していました。しかし、全く、市役所側が聞き耳を持たないようなので、武雄市民のことを思い「絶対反対」を表明するに至りました。でも、これって実は私の本意ではないです。
◆最初は評価、実態を知って絶句
―樋渡さんはFacebookで2023年2月の投稿で、武雄アジア大学構想について「これは小松さんの大ヒット」として評価されていますね。
樋渡:確かに、「大学誘致」そのものについては大賛成でした。そして、当然、小松市長が構想を打ち出す際には、市役所として事前にこの学校法人の財務状況等を調べ上げていると思っていました。
だからこそ、小松市長を信じて最初は評価したのです。私自身、高槻市役所出向時に関西大学のJR高槻駅周辺地区に事務方の最高責任者として誘致しました。
最近では、令和健康科学大学の新設に深く関わっています。大学のもたらす社会的な恩恵は計り知れないものです。
場合によっては、私が武雄市長時代に手掛けた武雄市図書館などを上回るかもしれないと協定締結時は率直に思いました。
―武雄アジア大学構想への評価が一変したのはどのような理由からでしょうか?
樋渡:情報発信の乏しさ、旭学園の財政難に対する不信感、構想の中身の薄さ、この3点があります。
まず、1点目の情報発信ですが、市側からの積極的な発信もなく、ホームページの更新もありません。数十億円はかかる大学誘致について、何の発信もしないのは市民に対する背信行為と言わざるを得ません。
2点目が旭学園の財政難についてです。武雄アジア大学構想が出た後、私の周りの大学関係者が次々にネガティブな情報を寄せてくるようになりました。私も旧知の官僚らに聞き及んだ結果、この大学は危ないと判断しました。特に、突如申請を1年先送りにしてから、学校法人を含め様々な方々から聞き及ぶ限り、旭学園の財政が大学を新設できるほど健全とは言えないことも理解できました。
3点目の構想の中身の無さですが、学部構成を見る限り、学生が集まるとは到底思えません。
以上、3点の理由から武雄アジア大学構想には反対するようになりました。
―賛成から反対に変わった時期はいつ頃でしょうか?
樋渡:2023年5月から6月にかけてですね。先ほど挙げた3点の理由から、武雄アジア大学構想について否定的な見方をする人があまりにも多く。
私も調べていくうちに、これはダメだ、と思うようになりました。
◆「大きなプロジェクトは情報発信して当然」
―反対理由が3点あるとのこと。それぞれ深掘りしてお伺いします。まず、1点目の情報発信ですが、確かに市からの情報発信は少ないようです。ただ、行政の素人からすれば、そんなに問題かな、という気もするのですが。
樋渡:逆にお伺いしますが、あなたが住んでいる自治体の首長が説明もなしに「10億円単位で予算を遣いますから」と突然、言い出したらどう思います?
―「ふざけるな、バカヤロー。きちんと説明しろ」ですかね。
樋渡:つまりはそういうことです。自治体の住民はそれぞれの思惑や主張があります。ある政策を進めようとしたら必ず反対は出ます。それは制度設計だけでなく、公園や公民館、図書館などの公共施設でも全く同じ。
そうした対立を越えるためには丁寧な説明をしていくこと、これに尽きます。
私が市長だった時、病院と図書館の民間移譲でそれぞれ苦労しました。特に、病院の民間移譲では、反対派の市民団体がリコールを進めたり、21億円の住民訴訟を仕掛けたほどです。
それでも、私は出直し選挙では当選することができました。2014年の3期目の選挙も同じです(図書館の指定管理者を株式会社CCCに移行した年)。
これは、病院にしろ、図書館にしろ、なぜ推進するのか、市長の責任として丁寧に説明していったからです。山場に差し掛かるときには、ほぼ毎晩、住民説明会を開催していたほどです。それほど説明は大切なのです。
今回の武雄アジア大学構想については、市役所サイトの「大学新設」ページではわずか3回だけ。
それも、最新のものは8月で「開学予定年度を確定」と出しています。
これって、ホントのようでウソも含む話で、あくまでも旭学園が勝手に言っているだけ。ご存じのように大学は文部科学省の許認可事業です。文部科学省の認可が下りない限り「開学予定年度を確定」させることはできません。
―小松市長は「不退転の決意」で推進する、と市議会では答弁していますが。
口先だけでなく、本気で進めようとするなら、もっと情報を発信していくべきだし、説明会も期成会任せでなく、市や学校法人主催でどんどん行うべきであり、それが、「不退転の決意」なのではないでしょうか。
しかも数十億円から下手すれば数十億円以上もの予算が動くプロジェクトなのですからなおさらでしょう。
◆「5000万円もの赤字で大学新設などできるわけがない」
―2点目、旭学園の財政難についてお伺いします。これは大学を新設しようとするのは旭学園では無理がある、ということでしょうか?
樋渡:そのとおりです。旭学園が運営する佐賀女子短期大学サイトの「情報公開」欄には関連情報が公表されています。このうち、「学校法人旭学園 令和4年度事業報告書」の22ページ「経営上の成果と課題」では短期大学の経営状況について、次のように書かれています。
「短期大学では、学生生徒等納付金収入及び補助金収入が減少し、厳しい状況が続いている。今後も状況は、更に厳しくなることが想定される。教職員一丸となって収支改善に努めているものの、実効性を伴わないため、資金収支、経常収支共に50,000千円を超えるマイナスとなっている。学生確保が最優先の課題である
※学校法人旭学園 「令和4年度事業報告書」22ページより
要するに、短大だけで5千万円の赤字ということです。
そういう学校法人が大学新設などできるわけがありません。自前では新設費用を用意できないから、武雄市や佐賀県から援助を得ようとしているだけではないでしょうか。
これも逆にお伺いしたいのですが、短大が大学新設を考えることは多いのですか?
―それはよくある話です。2024年新設の私立大学4校のうち、3校は短大からの昇格です(残り1校は専門学校からの昇格)。
樋渡:では、短大のあるキャンパスとは別のキャンパスで大学を自治体からの援助を受けて新設した前例はありますか?
―いや、それは聞いたことがありません。2024年新設の4校のうち、2校はキャンパスに大学を併設する形になります。残り2校は短大・専門学校を募集停止にしたうえで大学に移行します。
ただ、募集停止となる短大・専門学校のキャンパスがそのまま大学のキャンパスになります。4校とも、大学昇格のために別のキャンパスを用意するわけではありません。
樋渡:私は旭学園憎しで発言しているわけではありません。客観的に言って、短大だけで5000万円もの赤字を出している学校法人が短大を存続させたうえで、自治体から援助を受けて大学を新設しようとする、その神経が理解できないのです。
それと、寄付金を巡る取扱いも旭学園はせこいというか、武雄市民をバカにした対応をしています。
―寄付金をめぐる対応とはどのようなものでしょうか?
樋渡:現在、一緒にエミカフェを運営している近藤さん(近藤憲治さん/元網走市議会議員、2023年からエミカフェに勤務)が調べて教えてくれました。
旭学園はサイトなどで武雄アジア大学構想について寄付金を募っています。それが2023年10月ごろに、「認可されなかった場合は旭学園が運営する既設の学校に充当する」との趣旨の内容が追加されています。純粋に「武雄に大学が来るなら」と考えて寄付した市民を愚弄していますよ、これは。
◆「特例債を使うと、公園などの整備がストップ」
―小松市長や市執行部は市議会の答弁で佐賀県小城市が西九州大学看護学部の誘致事例を参考する、としています。
樋渡:小城市の事例は参考にはなりません。これは出鱈目もいいところでしょう。なぜなら、小城市は大学への補助7.5億円のうち5.8億円の合併特例債を活用しています。つまり、単純計算で小城市の単費は1.7億円です。しかも、学部学科が小城市だけでなく佐賀県全体でも需要のある看護師を養成する看護学科でした。
一方、武雄アジア大学構想は需要があるとは言い難い学部構成です。しかも、武雄市は合併特例債が3.9億円しか残っていません。
しかも、この特例債を全額、大学に使うとなると、公園や公民館など市民に身近な公共施設の整備ができなくなります。
そのうえ、3.9億円を合併特例債で出しても、大学新設には到底、足りません。土地の造成から始めなければならないことを考えると、どんなに少なく見ても数十億円は必要でしょう。
しかも、今は資材や人件費などが高騰しています。元旦の能登半島地震などを考えれば今後も高騰したままでしょう。そうなると、数十億円どころか、50億円か、それ以上の予算を組まなければならないはずです。
このことは市長や担当部長には何度も伝えています。
―武雄市議会に対して、旭学園は財務状況についてどのような説明をしているのでしょうか?
樋渡:話を聞いたところ、市議会側が求めたにもかかわらず、市議会に対して旭学園は2月の連携協定締結時から10月まで財務状況を提出しませんでした。
前提として、市と旭学園の覚書第5条で、「市は、学園に対して、新大学設置にかかる費用について、必要な支援を行う」。第4条では、「用地取得、造成などについても必要な支援を行う」とされています。
いわば、旭学園は議決機関の市議会に対して、「与信」としてキャッシュフロー等財務状況、そして、開学して4年後の完成年度まで国からは一切の助成金が降りてこないので、その分の自主財源も明示せねばならないはずです。
その後、11月27日の特別委員会で旭学園側は賃借対照表1枚を出して経理担当者が財務状況を少し説明しました。
旭学園側はこれで説明した、と言うかもしれませんが、億単位の補助を求めておいて賃借対照表1枚なんて不十分もいいところです。
もっとも、旭学園サイトの「令和4年度 事業報告書」を読めば、いかに危なっかしい財政状況にあるかは、明らかです。
―覚書というものは自治体による企業誘致の際も、結ぶものなのでしょうか?
樋渡:通常、覚書は企業誘致の際には結びません。企業誘致はそれでも固定資産税、法人市民税、雇用の確保など割りとはっきりした「見返り」があるからです。
一方、大学は宗教法人と同じで、そういった見返りがありません。
ましてや、新設の大学ともなると極めてハードルが高いはず。
私が市長だったら、そこは逃げますね。行政はフリーハンドではなく賭けを行ってはなりません。
◆「億単位の案件で『一か八か』は酷い」
―自治体側が企業誘致をする際、その企業が適当かどうか、あるいは経済効果があるのかどうか、などは検討するものなのでしょうか。
樋渡:いわゆるデューディリジェンスですね。当然します。仮にですが、誘致した企業があっさり破綻すれば、誘致した自治体側の責任も問われることになります。
それから、企業側は企業側で誘致を受けてもいいのかどうか、検討するでしょう。私が図書館で声を掛けた株式会社CCCは会長とのトップ会談で決まりました。それでも部下の方は幹部の市訪問の前に武雄市を来訪。調査した、と聞いています。
あわせて、我々側もCCCの財務状況などは徹底的に調査しています。まあ、お互い様ですね(笑)。
その点、武雄アジア大学構想については、2023年12月議会でも、誘致する時にデューディリも全く行っていないと答弁しています。
しかも、担当部長は「一か八か」とまで答弁しました。「一か八か」で数十億円以上もの予算を動かされては、納税者としてはたまったものではありません。
この答弁は市議会、その背後にいる市民を愚弄しています。もっと市議会は本気で怒らないと駄目でしょう。私が市長だったら、もう、この担当部長に答弁させないほど質の低い答弁です。
◆「市に財政負担を求めるな」
―樋渡さんが武雄アジア大学に反対される理由、3点目の「構想の中身の薄さ」についてお伺いします。旭学園の今村正治学長は「地方と大都市では大学設置に関する事情が違う。佐賀は全国的にも大学の数が少なく改善しなければならない」と発言しています。
樋渡:佐賀県には4年制大学が2校しかありません。しかし、その佐賀県に大学を増やす、ということであれば、それは佐賀県か、あるいは国の仕事ですよ。
そして、私学が大学新設を、ということであれば、それは市に財政負担を求めることなくやるべき話です。
それに、新幹線が通った長崎県、もともとアクセスの良い福岡県、ともに、大学が複数あります。武雄アジア大学構想では次世代教育学部と現代韓国学部の2学部を予定しているようです。それぞれ、長崎県・福岡県に競合する学部が存在しますし、一部は定員割れしています。しかも、教育系学部は佐賀県唯一の私立大学である西九州大学が神埼市にこども学部を開設しています。
これで教員志望の高校生が急増して西九州大学や近隣県の大学だけでは到底、需要にこたえることができない、というのであれば新設する意味もあるでしょう。しかし、教育系学部は現在、人気があるとは言えません。
それでも、武雄市に開設する、ということであれば、需要の見通しなどをもっとはっきりと出すべきです。
―現代韓国学部についてはいかがですか?
樋渡:これも無理がありますね。韓国には地方自治体を含めて知己が何人もいます。2012年に九州観光機構が韓国人観光客誘致のため、九州オルレを選定。武雄市も武雄コースとして選定されました。私自身、武雄コース新設に積極的に関わりました。その結果、コロナ禍前も現在も韓国人観光客が増えています。
ただ、韓国語のできる人材が大学新設をしなければならないほど、極端に増えているか、と言えばそんなことはありません。
―今村学長は立命館アジア太平洋大学の副学長でした。その経験を武雄アジア大学構想でも活かしたい、との趣旨の発言をしています。
樋渡:立命館アジア太平洋大学が成功したのは大分県の支援も大きなものでしたし、それ以上に立命館大学が本腰を入れて作ろうとしたからです。
当時は日本人学生と留学生を最初から半々にする、という大学は東大以外には存在しませんでした。それを国際化のために、との理念をしっかり固めて、潤沢な予算を投じたからこそ、あれだけの大学ができたのです。
その立命館アジア大学での副学長というご経験は素晴らしいことは否定しません。
それでも、彼は立命館アジア太平洋大学では学長というトップを経験したわけではありません。
加えて、今の旭学園は理念も予算も立命館大学とは雲泥の差があります。その差を無視して過去の経歴を誇られても、大企業出身者が「昔のオレは凄い」自慢と変わりません。僕には、そう聞こえてしまいます。
◆「大学による地方創生という発想自体に無理がある」
―今村学長、小松市長、ともに大学誘致による地方創生をスローガンとして掲げられています。
樋渡:大学を誘致しても、固定資産税などを得られるものではありません。ただし、学生が集まればそれだけ若者人口が増えます。全国から集まれば、アパート・下宿の需要も生まれます。地元出身者でも飲食などの需要が増えることによって、その自治体が活性化する、いわば地方創生につながることはあるでしょう。今村学長ご出身の立命館アジア太平洋大学と大分県や地元・別府市などはその好例です。
しかし、大学が誘致さえすれば地方創生につながる、とするのは無理があります。
しっかりとした理念、需要動向の見極め、そして、財政基盤。この3点のいずれかが欠けても、地方創生は無理。それどころか、自治体財政が悪化するだけです。
隣県の福岡県でも、みやま市が保健医療経営大学を誘致しました。しかし、保健医療経営学部という専門学校なのかどうかよくわからない学部がまずかったこともあり、定員を満たさないまま廃校となりました。武雄アジア大学構想も、この保健医療経営大学と同じ系譜にあるとしか思えないのです。
◆「Yahoo!記事の影響で急遽、シンポ開催へ」
―武雄市議会での賛否はどうでしょうか?
樋渡:最初は私と同様、肯定論がほとんどでした。懐疑的だったのは豊村さん(豊村貴司・市議)と山口さん(山口昌宏・前議長)くらいだったんじゃないかな。
※武雄市サイトより。2023年12月議会定例会で質問する豊村貴司・市議。大学関連については16:55から。
ただ、8月の開学予定の延期、10月のあなたの記事、それを受けての10月29日のシンポジウム開催、11月の議会での特別委員会(旭学園・今村学長が参考人として答弁)、12月の市議会定例会などを通して、懐疑論ないし反対論が増えています。
―10月29日のシンポジウム、あれは私の記事の影響ですか?
樋渡:そりゃそうでしょう。記事公開が10月9日。
「武雄アジア大学構想は佐賀県庁が武雄市に移転するのと同じくらいの確率」と記事にあって、武雄市内でものすごく話題になりましたよ。当然、小松市長や旭学園も読んだはず。
そもそも、シンポジウム開催は通常、数か月前から段取りを組むものです。
それが市役所サイトに案内が出たのは開催1週間前。こんなの、どう考えてもあなたの記事の影響ですよ。
―それは何というか、恐縮です。シンポジウムは私も参加しましたが、具体的な話は特に出なかった印象です。会場内の質問も4人中2人が反対論でした。
樋渡:あのシンポジウムは酷かったですね。オンライン配信がなぜかなかったので、複数の出席者からいろいろ聞きましたが、すでに出ている話を繰り返すだけで、財務など具体的な話はゼロ。質疑応答も4人で打ち切り。
最後には推進派の団体役員が賛成の拍手を強要するなど、あり得ない展開だったようです。11月の特別委員会・参考人招致でも今村学長は「佐賀県と武雄市の財政的支援が伴ってこそ、我々の構想が進む財政の見通し、皆さんの協力を得たい」と発言しています。
5000万円もの赤字の短大の学長の発言がこれですよ。しかも、財政的支援と軽く言いますが、それで数十億円もの巨額が動くわけです。あれで最初は推進派だった議員もしらけてしまいました。
◆「市議会も今は否定的に」
―設置認可審査の厳格化や旭学園の財務状況など、議員は把握していなかったのでしょうか?
樋渡:最初は皆、そこまで把握はしていませんでした。もちろん、私もですが。単純に「大学が武雄にできるのか、それはいい話だ」くらいの認識です。
ただ、時間が経つにつれ、「これは実はまずいのでは」と気付きつつあるところです。
予定では今年6月の議会で決めるそうですが、否決される可能性が高い、と見ています。
―仮に可決されて、武雄アジア大学構想が進んだ場合はどうなるでしょうか?
樋渡:その場合は補助金支出の住民訴訟が起こされるでしょう。私が各方面にヒアリングしたところ、「文部科学省があんなにひどい財務状況の大学を認可するはずがない。それに住民訴訟を起こされたら市側はほぼ間違いなく負ける」とのことでした。
すでに開設している大学・学部の自治体でも、住民訴訟が起きているところがあります。
ニーズがある大学・学部で適切な手続きを踏んでいる自治体であれば、住民訴訟でも自治体側が勝利したケースもあります。
しかし、武雄アジア大学構想は経済効果など見込めません。私も住民訴訟を起こされたら武雄市側はほぼ負けると思います。
その場合、制度上、小松市長が個人で弁済することになる。前市長として、そんな危ない橋を小松さんに渡らせることはできないですよ。
◆大学誘致に反対なら市長選は?
―小松市長は武雄アジア大学構想について「不退転」とまで言い切っていますね。
樋渡:橋下徹(元・大阪市長)や私も「不退転」と言葉を使いました。橋下さんは大阪都構想が潰えた時、私は理不尽なリコールを食らって市民病院構想が潰されかけた時に、自ら職を辞しています。政治家として「不退転」という言葉はそれほど重いのです。
小松市長に辞めろという気はありません。
しかし、選挙公約にも載せ、市報であれだけ語り、そして不退転という極めて重い言葉を自ら使っています。
そして、客観的に言って、認可そのものが無理であることは明らかである以上、一刻も早く自ら撤退と意思表明をすべきではないでしょうか。そして課題問題山積の行政課題に取り組むべきです。
ずるずる引っ張れば引っ張るほど、命取りになると思っていますし、市民や職員、議会に対する求心力が落ちます。
本来、そういう苦口を言うのは副市長の役割だと思います。私のときは、副市長が苦口を言い続けていました(苦笑)。だからこそ、武雄市が全国区になれたと感謝しています。
―今のところ、小松市長はこの武雄アジア大学にかなり前向きです。この姿勢が続く場合、樋渡さんが再度、市長選に出る、または、武雄アジア大学構想に反対する候補を応援することはあるでしょうか?
樋渡:ノーコメント。政界には正解はないです。これは佐賀県知事選に落ちて以来、聞かれたらずっと同じことを言っています。
◆理事としての大学招致は「検討に入る前段階」
―樋渡さんは現在、令和健康科学大学を運営する「学校法人巨樹の会」の理事でもあります。同法人は武雄市で武雄看護リハビリテーション学校を運営。同校は武雄市だけでなく、近隣からも学生を集めています。この武雄看護リハビリテーション学校を令和健康科学大学武雄看護学部として昇格することはお考えでしょうか?
樋渡:これについては、現在は検討に入る前段階、とさせてください。
理事の中でも、慎重論と積極論で分かれているところなので。
ただ、仮に専門学校を昇格、となれば、武雄アジア大学構想よりは、はるかに学生を集める自信があります。
学校法人の関連病院として武雄市内には新武雄病院があります。実習先にもなりますし、就職先にもなります。病院も大学新設した分だけ、安定的に人材を供給できるので悪い話ではありません。
それに、介護施設を始め地域も看護師を切実に求めている事情もあります。
―その場合、武雄市に対しては、旭学園のように財政支援を仰ぐ、ということでしょうか?
樋渡:とんでもない!大学新設をするとなれば、当然ですが、全額、法人側の自己負担でやりますよ。それが私学の矜持、というものでしょう。
―最後に、大学と地方創生のあり方について、樋渡さんのお考えをお伺いします。
樋渡:私は武雄市含めて地方が大学誘致をすることに全て否定的、というわけではありません。大分県別府市と立命館アジア太平洋大学のように大学誘致により地域が活性化する、地方創生に成功する事例があることは事実です。
しかし、大学誘致による地方創生はそうした光の部分だけでなく影の部分もあります。本当にその大学・学部のニーズがあるのか、そして、大学の財政状況が安全と言えるのか、そうした点をきちんと精査する必要があります。ただ単に「大学を誘致さえすれば地方は安泰」と考えるのはあまりにも安易です。この点は武雄市だけでなく全国の自治体関係者も慎重に検討すべきではないでしょうか。
―ありがとうございました。
2023年11月28日の武雄市議会特別委員会で、市は学園側への財政支援策を今年1月末に策定し、2月に市議会と協議。そして、6月議会に関連予算案を提出するとの方針を示しています。
その間に、武雄アジア大学構想が進展するのか、それとも、中止となるのか、今後に注目です。