田代まさし氏、5度目の逮捕 同種前科があっても難しい捜査、今後の焦点は?
覚せい剤を所持したとして逮捕された田代まさし氏が容疑を一部否認しているという。同種の前科があるから捜査など簡単だと思うかもしれないが、必ずしもそうとは限らない。たとえ自白したとしてもだ。なぜか――。
報道によれば、田代氏の逮捕容疑と供述内容は次のとおりだ。
(1) 8月23日に宮城県塩竈市のホテルで所持したとされる容疑(逮捕状により逮捕)
→「自分のものではない」と否認
(2) 11月6日に東京都杉並区の自宅マンション敷地内で所持したとされる容疑(現行犯逮捕)
→「後で話したい」とあいまいな供述(一転して「自分のもの」と認めたとの一部報道あり)
逮捕当初、警察は田代氏の認否を明らかにしていなかった。社会の注目を集める事件であり、もし自白しているのであれば、間違いなく真っ先にメディアに対して「容疑を認めている」と発表するはずだ。警察としても、その見立てに間違いがなかったということを明らかにしたいからだ。
その意味で、田代氏が容疑を全面的に否認しているか、「○○から預かった」「××が勝手に置いていった」など慎重な裏付けが必要な供述をしている可能性が考えられた。田代氏の(1)や(2)の供述内容は、半ば予想された話だった。
誰のものか特定の要あり
まず(1)は、田代氏が8月23日深夜にチェックインし、翌24日未明にチェックアウトしたホテルの部屋に覚せい剤や注射器を忘れて帰ったのではないか、という事案だ。滞在時間は数時間だったという。
こうした忘れ物や落とし物から覚せい剤の所持が発覚し、検挙されるケースは多い。覚せい剤は「パケ」と呼ばれる小さなビニール袋に小分けした形で入れられている。これを注射器とともにバッグやポーチの中に入れたままホテルやタクシー、公衆トイレなどに忘れたり、路上に落としたりした後、発見者が警察に届け出てバレるわけだ。
その場合の弁解にはパターンがあり、まず「荷物は自分のものではない」と否認する。荷物の中のカード類や免許証などで本人が持ち主だと特定されると、今度は「荷物は自分のものだが、中の覚せい剤は自分のものではない。自分の手を離れた間に誰かが入れたに違いない」と否認する。
もちろん、常識的に考えるとそうしたことなどまずあり得ない。それでも、「疑わしきは罰せず」という刑事司法の大原則がある以上、さまざまな証拠を積み上げ、本人が所持していた覚せい剤に間違いないという立証を行わなければならない。
(1)の事件でポイントとなるのは次の3点だ。
(a) 覚せい剤や注射器が田代氏のものに間違いないという客観的な証拠があること
(b) 田代氏が入室する前に、何ものかが室内に覚せい剤や注射器を置いた可能性がないこと
(c) 田代氏が退室した後に、何ものかが室内に覚せい剤や注射器を置いた可能性がないこと
(a)は、例えばパケや注射器から採取した指紋が田代氏のものと一致したとか、注射器が使用済みであり、針先に残った血液のDNA型鑑定の結果、田代氏のDNA型と一致したといった動かぬ証拠だ。これがあれば、さすがに「自分のものではない」という弁解は通らない。
ただ、チェックアウト後にホテルの清掃係が室内を清掃していた際、机の引き出し内から注射器を発見し、警察に届け出たという話であり、ホテル関係者や捜査員らがベタベタと触っているだろうから、比較対象できるほどの鮮明な指紋の採取は期待薄かもしれない。
DNA型の点も、警察は初動捜査でそこまでやっていないだろうから、すでに第三者のDNA型が混入している可能性が高く、信用性にケチがつく。
ほかに関与者がいないこと
そこで、(b)(c)が重要となる。覚せい剤が室内のどこから発見されたのか明らかになっていないが、注射器とともに机の引き出し内にあったということだと、「宿泊中、机の引き出しの中を見ておらず、何が入っていたのか分からなかった」といった弁解が成り立つ。
机の中から使用済みの注射器が見つかったほか、これとは別に浴室やゴミ箱などから覚せい剤を取り出し終わったパケが見つかり、ごく微量の覚せい剤が付着していたといった事案とも思われるが、それでも「清掃係の掃除が不十分だったので、自分よりも前に宿泊した誰かが忘れていったに違いない」といった弁解が考えられる。
そのため、まず、ホテルのエレベーターや廊下などに設置された防犯カメラ映像により、直前の宿泊客が出た後、田代氏が入室するまでにこの部屋に入ったのは清掃係1人だけであることや、田代氏が出た後、清掃係が入って注射器などを発見するまでの間、誰も部屋に入っていないという事実を立証する必要がある。
そのうえで、清掃係の供述や清掃後に作成するチェック表などに基づき、直前の宿泊客が部屋を出た後、机の引き出しの中や浴室、ゴミ箱などを含めて室内を徹底的に清掃しており、その段階では覚せい剤や注射器など存在しなかったという事実を立証しなければならない。
もちろん、田代氏の前に宿泊した複数の宿泊客らからも、覚せい剤や注射器などには身に覚えがないという供述を得ておく必要がある。
ただ、ベッドと壁の隙間やベッドの下から覚せい剤が発見されたということだと、清掃係が毎回そこまで完璧に清掃しているかは微妙だから、いつ誰が持ち込んだのか特定できないといった事態になるかもしれない。
警察が8月に(1)の容疑を察知したあと、すぐに逮捕せずに11月に至ったのは、(1)の証拠がやや弱く、覚せい剤も微量だったことなどから否認が予想されたため、新たに覚せい剤を入手したといった情報が得られるまでの間、田代氏を泳がせていたからではなかろうか。
(2)のように本人の自宅や所持品から覚せい剤が発見されれば、所持罪で現行犯逮捕することが可能となる一方、本人も申し開きなどできなくなるからだ。
尿鑑定が重要
ただ、(2)について「自分のもの」と認めたという一部報道もあるものの、当初は「後で話したい」とあいまいな供述をしていたという。心が揺れ動いているのではないか。
これから田代氏が具体的に何を語るかだが、例えば埃まみれになった状態で引き出しの奥などから発見されたという場合、「その覚せい剤は、前の事件で服役する以前に入手していたものだ。出所後、覚せい剤をやめていたので、その覚せい剤の存在自体、完全に忘れ去っていた」といった弁解をすることも考えられる。所持罪の成立には所持の故意が必要だからだ。
もちろん、いったん所持の意思に基づいて覚せい剤を所持したのであれば、たとえその存在を忘れていたとしても、なお所持罪が成立するというのが裁判所の見解だ。それでも、情状を左右することにはなる。
田代氏がいつからこのマンションで生活しているのか、問題の覚せい剤がどこからどのような状態で発見されたのか、どの程度の量だったのか、といった点がポイントとなるだろう。携帯電話のメールや通話履歴などから売人との接点の有無や程度も見極める必要がある。
とはいえ、やはり決め手となるのは尿鑑定の結果だ。もし「陰性」だと、当然ながら「何のための所持なのか?」という疑問が生じるからだ。
こうしたケースの場合、警察は必ず逮捕直後に本人の尿を採取し、鑑定を行っている。まず簡易検査キットを使って予試験をし、「陰性」だと基本的にそこで終わりだが、「陽性」「判定不能」だと「科捜研」、すなわち科学捜査研究所に本鑑定を依頼する。1週間くらいで鑑定結果が出るが、ここで「陽性」だとアウトだ。常習性を裏付けるため、毛髪鑑定まで行う場合もある。
気になるのは、警察がメディアに対して田代氏の尿鑑定の結果を明らかにしていない点だ。認否を明らかにしていなかった点に関して述べたところと同じく、もし簡易鑑定で「陽性」だったのであれば、警察は間違いなくその事実を発表するだろう。特に田代氏が逮捕容疑を否認しているということであれば、なおさらだ。
「陰性」だったか、「判定不能」のため本鑑定に回しており、その結果待ちだからかもしれない。
もし(1)(2)の事実に間違いがなく、使用の余罪もあるということであれば、いかに薬物依存症という病の完治が難しいか、という問題を如実に示す典型例にほかならない。改めて周囲の支えを受けつつ、また一から治療を進めていく必要がある。(了)