解禁日スルーの就活生が増加~背景にあるコロナ禍と売り手市場と
◆「無関係」「これから」と学生の反応分かれる
就活の広報解禁日は例年、3月1日です。
2010年代半ばまで、広報解禁日と言えば、いよいよ就活が本格的に始まる日でした。この広報解禁日に合わせて実施される就活の合同説明会、通称「合説」は就活のお祭り的な存在であり、私も何度となく取材に行ったものです。
しかし、コロナショック後だと、広報解禁日の位置づけが大きく変わりました。
具体的には、広報解禁日前後だと、突き放す学生と焦る学生、反応がきれいに分かれるのです。
前者は、「へー、広報解禁ですか。でも、自分には無関係なので」とスルー。広報解禁日の合説も不参加。理由は簡単で、すでに選考が進んでいる早期組だからです。学生によってはすでに内定を得ています。
後者は、「いよいよ就活、だけど自分は何もやっていない。どうしよう、どうしよう」。中には「周囲は内定を得た友人もいるのに、自分はこれから。一体何をどうすればいいのか」と頭を抱える学生も。言うなれば出遅れ組。
この出遅れ組のうち、就活にモチベーションのある学生は合説に参加します。一方、出遅れをさらにこじらせてしまう学生は合説に参加しません。それどころか、就活そのものをやめてしまい、結果としてセルフ氷河期にはまり込んでしまいます。
◆インテックス大阪は10年で15%と激減
企業側を取材していても、広報解禁日の合説については「意味がなくなった」とする話が良く出るようになりました。
この広報解禁日の合説、参加者数がどれくらい変化しているか、新聞の就活記事を調査してみました。
広報解禁日の夕刊ないし翌日朝刊には、合説参加の様子が写真付きで掲載されます。
新聞によっては地域面に出ることも。
大きな会場となるのは、首都圏だと千葉・幕張メッセや東京ビッグサイトなど、関西圏だとインテックス大阪、九州だと福岡ドームです。
文献調査したところ、インテックス大阪の参加者数が多く出ていました。
広報解禁日にインテックス大阪ではリクナビとマイナビが交互に開催するようになっています。主催者は異なりますが、規模はほぼ同じです。
2011年12月3・4日 企業数・不明 参加者数・4.5万人
2016年3月1・2日 企業数・のべ760社以上 参加者数・4万人
2018年3月1・2日 企業数・のべ1100社以上 参加者数・4万人
2019年3月1・2日 企業数・600社 参加者数・1.6万人
2020年 中止
2021年3月1・2日 企業数・110社 参加者数・不明
2022年3月1・2日 企業数・400社 参加者数・6000人
※各年度の新聞(読売、朝日、産経)に記載の数値
※企業数・参加者数は2日間開催の延べ人数、一部は見込み人数
※2012年~2015年・2017年は該当記事なし
※2011年は広報解禁日が12月1日
2018年までは2日間開催で4万人以上が参加していました。
それがコロナ禍以前の2019年には1.6万人と半減。さらに今年2022年は2日間で延べ6000人ですから、ピーク時の15%程度と激減しています。
この参加者数データを見ると広報解禁日の合説が学生・企業、双方からスルーされていることが明らかです。
この合説スルーの背景には、コロナ禍、オンライン化、売り手市場・早期化の3点が挙げられます。
◆背景その1~コロナ禍で合説も人数制限
まず、1点目はコロナ禍の影響です。
これまで、合説と言えば、事前予約なく、当日参加が可能でした。
しかし、コロナ禍で2020年は開催直前になって中止が相次ぎます。
翌年の2021年、そして今年2022年は開催したものの、事前予約制で参加者数も大幅に制限する形での開催となりました。
そのため、コロナ禍以前のように、事前予約なしに参加することができなくなったのです。参加者数が少なくなるのも無理はありません。
◆背景その2~合説も選考もオンライン化が進む
2点目はオンライン化です。
コロナ禍によって合説でも面接でも、オンライン化が一気に進みました。
これは大手就職情報会社以外にも広がっています。
福岡県の就職情報会社であるリクメディアは2020年、コロナショック後の3月にオンライン合同説明会を実施しました。
同社のジョニー藤村・代表取締役は開催の背景を次のように説明します。
「当時、私は人事担当者が集まるコミュニティを運営していました。コロナショックで合説が軒並み中止になったので、オンラインでやろうか、という話になったのです。
それで、立ち上げたところ、福岡市が後援してくれることになりました。
企業の枠は当初24社、参加学生は延べで300人も来れば恰好が付くかなあ、なんて話していたのを覚えています」
実際には、企業からの申し込みが相次ぎ、結局36社に。学生も延べで1500人。
以降、同社は福岡県や九州圏、あるいは他の地方のオンライン合説も手掛けるようになります。
このオンライン合説、コロナ禍がやや収まった2021年、収縮するかと思いきや、むしろ利用企業・学生とも増加した、とジョニー藤村代表取締役は説明します。
「学生だと、夏インターンシップの第一歩となる5月、それから秋インターンシップが始まる9月ごろ、気軽に参加できるのが大きいようです。
就活の第一歩をどうするか悩む就活生は社会人が想定する以上に多いですね。真面目な就活生ほど、悩んでしまうようです。オンラインの説明会であっても、リクルートスーツは着た方がいいのかどうか、背景はどうしよう、とか。
その点、弊社のオンライン合説はカメラオフで参加できるので気軽に参加できます。
それと、就活生からの反応で多いのが、気軽さ以外だと、見やすさですね。対面式の合説だと、人気企業のブースはどうしてもスクリーンなどが見づらくなってしまいます。その点、オンライン合説だと、資料などもはっきり見ることができる、そういう反応をよく貰っています」
対面式の合説と言えば、人気企業だと、参加学生が殺到。結果、後ろの方で立ち見する就活生は「何を話しているのか、何を見せているのかよく分からない」と困るのがよくある光景でした。オンライン合説ではこうした弊害が一切ありません。
「企業さんの反応も良いですね。2020年に比べて2021年、そして今年と、大手企業の参加が増えてきました。同じ説明会・合説でも対面とオンラインでは層が違うようです。そこで、違う層にアプローチするためにも利用する企業さんが増加している、と感じています。
それから、採用の初期段階はオンライン中心、後半は対面中心と、使い分ける企業さんが増えてきました。こうした使い分けが弊社のオンライン合説にも影響している、と感じています」(ジョニー藤村代表取締役)
大手就職情報会社も対面式よりオンライン形式に力を入れるようになりました。その結果、広報解禁日の対面式の合説には無理に参加しない就活生が増えたのです。
◆背景その3~売り手市場で早期化がさらに進む
オンライン化以上に大きく影響しているのが、売り手市場とそれに伴う早期化です。
2012年ごろから2019年まで就職市場は売り手市場が続きました。
コロナ禍で一部業界は採用中止に追い込まれるなどしましたが、全体としては売り手市場が続いています。
文部科学省「学校基本調査」の「就職率」(卒業者に占める就職者の割合)を見ると、どれくらい就職できたかが明らかです。
リーマンショック後の就職氷河期でもっとも低かったのが2010年(卒業者・以下同)・60.8%。それが2012年には63.9%に。その後、上昇し続け2019年は78.0%となります。2020年は77.7%、2021年は74.2%と落ち込みます。この点だけ見れば、コロナ禍によって就職氷河期となった、と言えます。しかし、2021年の74.2%は2016年と同じ水準(74.7%)であり、売り手市場が続いている、と言っていいでしょう。
企業の採用意欲は就職情報会社の調査にも表れています。ディスコ調査によると、採用者数を増やすと回答した企業は26.6%、22年卒は11.0%だったので大幅に増加しています。
◆広報解禁前でも13.5%が早くも内定
さらに、この売り手市場を受けて就活自体が早期化していることも、広報解禁日の合説スルーにつながっています。
リクルート調査によると、今年2月時点での内定率は13.5%。これは同社が2016年に調査を始めてから過去最高の数値です。
選考どころか、すでに内定を得る学生が13.5%もいるのであれば、広報解禁日に合説をスルーというのも無理はないでしょう。
就職情報会社側も、広報解禁より前の12月から2月にかけて、インターンシップの合同説明会を展開します。この「インターンシップ」は「就業体験」ではなく、実質的には「説明会・セミナー」です。
オンライン合説を展開するリクメディアは広報解禁日となる3月1日に合説を開催しません。ジョニー藤村・代表取締役はその理由を次のように話します。
「広報解禁だから、それに合わせてオンライン合説を、というのは考えていませんでした。
2023年卒で大手企業だと、ピークは夏インターンシップなら6・7月。秋だと10・11月でした。九州だからこれくらいであって、首都圏や関西圏だともう少し、早いはずです。
特に理系学生を採用する企業は、動きが早かったですね。学生も同じですし、広報解禁に合わせたイベント実施の必然性はあまりないように思います。
ただ、就活の動きが遅い学生も一定数存在します。弊社だと3月・4月は合計6回、「九州100社オンライン合同説明会」を実施予定です」
◆1億3000万通りの会社説明会
上記3点の背景から広報解禁日の対面式合説は参加者数が激減してしまいました。このように就活は大きく変化しています。
そして企業側も対応しようと説明会・セミナーを変えています。
1億3000万通りの会社説明会を実施しているのは繊維機器・不織布のメーカー、金井重要工業(大阪市北区)。
2023年卒から展開しており、3月は5・26日にそれぞれ実施します。
この会社説明会を企画したのは、金井宏輔・副社長。
「会社説明会は、これまでは人事担当者が一方的に話すだけでした。そこで、今年から始めたのが『1億3000万通りの会社説明会』です。インタラクティブ動画を利用し、参加学生は気になる項目を選択、視聴していきます。学生にとって、必要な情報だけを抽出できる説明会になった、と自負しています」
組み合わせが多いことは理解できるのですが、本当に1億3000万通りもあるのでしょうか?
「いや、本当に、本当ですよ。ちゃんと検証したところ、1億3000万通りありました」(金井副社長)
◆入棺体験は「終活でやっているから就活でも」
塚本葬儀社(山口県長門市)が会社説明会で展開しようとしているのは、なんと、入棺(納棺)体験。
葬儀で使う、あのお棺に実際に入ってみる、という体験です。
この入棺体験、2月28日に実施した、「やまぐちLIVE企業見学・交流ツアー」(運命のダイヤモンド企業に出会う!「LIVE配信ツアー」)で学生レポーターが実際に体験しています。その様子がこちら。
学生レポーター「なんか、自分の人生を振り返る、とても不思議な体験でした」
この入棺体験、同社の会社説明会でも今後、実施するとのことです。
企画したのは同社の塚本真之亮・代表取締役。
「弊社は長門市で5カ所、下関市で1カ所、葬儀場を運営しています。価値観が多様化し、終活という言葉が当たり前になるなど、業界に求められているニーズは高まっています。しかしながら、人口減少社会を迎え、特に地方で現状を維持するのは困難なため、今後、他の地域にも展開予定です。そのためにも、新卒採用が必要なのです」
社員を増やすために会社説明会、というのは分かります。そこで入棺体験というのは驚きですが…
「入棺体験自体は、弊社の葬儀場をご利用される方向けの終活セミナーやイベントなどで実施しています。同業他社でも、珍しくはありません。韻を踏むという意味ではありませんが、『終活』のセミナーでやっているのであれば、『就活』でもやってみようということで、新卒採用の説明会でも実施することとしました」
◆就活時期、見直すべきでは?
企業は新卒採用をしないと、成長することができません。そのことをリーマンショック以前の就職氷河期で企業側も学びました。
そのため、多少、業績が落ちた程度では採用中止や内定取り消しをしないように変化しています。まして、人不足が続いている業界を中心に企業側の採用意欲はコロナ禍以前と大きく変わりません。
だからこそ、新卒採用のための説明会をどうするか、企業側もアイデアを練るようになっているのです。
一方、就活時期を定めた政府の就活ルール(3月広報解禁・6月選考解禁)が実情に合っていない、との意見が企業や大学側から出るようになりました。
「3月広報解禁を『この日から就活を始める日。その前は就活をしなくていい』と誤解する学生が一定数いる。間違いなく就活に乗り遅れてしまい、かわいそうだ」(関西圏・大学キャリアセンター職員)
「実質的には3年生10月ないし11月に広報解禁、3年生3月に選考解禁となっている、と感じている」(IT・採用担当)
今回、取材したリクメディアのジョニー藤村・代表取締役も広報解禁日について次のように話します。
「広報解禁に合わせて大学キャリアセンターが忙しくなる印象があります。忙しくなる、というよりも、あれもこれも、と詰め込んで、はたから見ると無理があるなあ、と。大学も大変ですし、学生だって大変でしょう。もうちょっと余裕を持たせるためにも、就活時期は見直した方がいいのでは、と考えます」