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全人代会期中の「経済・外交・民生」三大主題記者会見はボトムアップ

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
3月11日に閉幕した全人代(全国人民代表大会)(写真:ロイター/アフロ)

 11日に閉幕した全人代(全国人民代表大会)を、日本のメディアはこぞって「習近平への権力一極集中が強化された大会だった」と結論付け「より不透明になった」と批判しているが、中国の政治構造の真相を正確に知っていれば、そういう解釈は出てこないはずだ。

 たしかに全人代閉幕後の国務院総理記者会見は無くなったが、しかし会期中に開催された前代未聞の規模と数にのぼる国務院各中央行政省庁側の内外記者会見は、政府活動報告審議に反映されるという意味でボトムアップだったと言える。

 中央行政省庁は、「政府活動報告における2024年計画を、実際にいかにして実行するかを明確にして責任を負う側」と位置付けることができ、むしろ政府方針がよりオープンになったと見るべきだ。

 その証拠に国務院組織法の改正には、「政務の公開を堅持する」という言葉が新たに加わっている。

 その一方で、同じ改正国務院組織法で党の指導を明確にするなど、憲法に書かれていた党と政府の関係が表面化しているが、これは中国大陸内にもNED(全米民主主義基金)が入り込み、中国政府転覆を狙っているため、第二のゴルバチョフにならないための措置であるとみなすことができよう。

◆政府活動報告の冒頭で「外部圧力」強調

 3月5日の全人代初日で李強国務院総理は政府活動報告を行ったが、開口一番「異常なほどの複雑な国際環境」のもと、「全国の各民族人民は外部圧力に耐え」という言葉を発したのを聞いた時は、ハッとした。

 これまでの政府活動報告で「外部圧力」というストレートな言葉までが出てきたのは初めてだからだ。

 事実、2023年の活動報告の冒頭では「荒れ狂う国際環境」とあるだけで、2022年の政府活動報告の冒頭では、「複雑かつ厳しい国内外情勢」とあり、2021年の政府活動報告では、「コロナ」が強調されているだけだ。

 その意味で今般李強が「複雑な国際環境」に重ねた「外部圧力」という言葉は、中国が如何にアメリカを中心とした西側諸国からの圧力に苦しんでいるかが窺(うかが)われる。

 日本が半導体産業で世界一になった時、アメリカは「安全保障問題に係わる」として日本の半導体産業を叩き潰した。自動車産業も同じだ。

 どの国であれ、アメリカを凌駕しそうな国や産業分野が現れると、アメリカは叩き潰さずにはおられない。いま最も集中的に潰さなければならないのは中国なので、中国が少しでもアメリカを抜いて発展しそうな産業分野があると、アメリカは中国に制裁をかけ「安全保障上の問題がある」という理由で叩き潰している。

 それを李強は「外部圧力」という言葉で表現したのだ。

 逆に言えば、ある意味、2月27日のコラム<NHKがCIA秘密工作番組報道 「第二のCIA」NEDにも焦点を!>で書いたNHKの番組が示したように、CIA同様、まず特定の国の印象を極端に悪くすることにNEDは成功していることになる。いま現在、その「特定の国」は中国で、中国はNEDが潜伏しているので反スパイ法を強化し、それによって海外企業が離れていき、アメリカによる対中制裁と相まって、中国経済を苦しくしているという現実を浮き彫りにしているとも言える。

◆前代未聞の「経済・外交・民生」三大主題記者会見

【経済主題記者会見】

 まず3月6日に開催された「経済主題記者会見」を見てみよう。圧巻なのは会見に出席したのが「国家発展改革委員会の鄭柵潔主任、財政部の藍佛安部長、商務部の王文濤部長、中国人民銀行の潘功勝総裁、中国証券監督管理委員会の呉清主席」という面々だということだ。

 このような経済・商務・財務・金融・証券などに関する中央行政のトップが勢ぞろいした記者会見など、中華人民共和国建国以来、見たことも聞いたこともない。

 長時間にわたる質疑応答が繰り返され、主として以下のような回答があった。

●国家発展改革委員会

 ・今年の経済成長率5%程度という目標は、「第14次5カ年計画」の年間要件に沿っており、基本的に経済成長の潜在力と一致している。

 ・今年は大規模な設備の更新と消費財の下取りを促進する政策を実行する。設備更新は年間5兆元以上の規模を持つ巨大市場になる。

 ・超長期特別国債の発行は、現在と長期の双方にとって有益である。

 ・民間企業が主要な国家工程プロジェクトと短期プロジェクトの建設に参加することを奨励し、最大限支援する。

●中国人民銀行

 ・2月までに、中国の国境を越えた決済の30%近くが人民元で決済された。

 ・物価の安定を維持し、物価の緩やかな回復を促進することは、金融政策の重要な検討事項である。

●財務部

 ・今年は構造的な税制・手数料引き下げ政策を検討し導入する。

 ・今年の教育・社会保障・雇用予算は4兆元を超える。

●商務部

 今年は自動車や家電製品などの消費財の下取りを促進し、サービス消費を後押しする。

●中国証券監督管理委員会

 ・投資家、特に中小規模の投資家の正当な権利と利益を保護する。

 ・制度の抜け穴を更にふさぎ、技術的離婚などの迂回や違法な持ち株の売却を厳しく取り締まる。

【外交主題記者会見】

 3月7日には、「外交主題記者会見」が行われたが、ここに参加したのは中共中央政治局委員で外交部長でもある王毅一人だった。

●中露関係

 中露は、旧冷戦時代とは全く異なる大国関係の新しい規範を生み出している。

●中米関係

 ・もし「中国」という二文字を聞いただけで緊張し焦るなら、アメリカの大国としての自信はどこにあるのか?

 ・もしアメリカがいつまでも言行不一致を続けるなら、大国としての信用はどこにあるのか?

 ・もしアメリカが自国の繁栄だけを維持して、他国の正当な発展を許さないというのなら、国際正義(公理)はどこにあるのか?

 ・もしアメリカがバリューチェーンのハイエンドを独占し、中国を何としてもローエンドに留まらせておきたいと固執するなら、公正な競争はどこにあるのか?

●パレスチナ・イスラエル紛争

 国際社会は、即時停戦と敵対行為の停止を最優先事項としなければならない。

●中国・EUの関係

 中国とEUが互恵のために協力する限り、ブロック対立はあり得ない。

●台湾問題

 「一つの中国」の原則が強ければ強いほど、台湾海峡の平和はより安全になる。台湾地区の選挙は中国の地方選挙に過ぎず、選挙結果は台湾が中国の一部であるという基本的な事実を変えることはできないし、台湾が祖国に戻るという歴史的必然性を変えることもできない。選挙後、180以上の国と国際機関が「一つの中国」原則の堅持を再確認した。「台湾独立」を容認し支持する人々がいまだにいるとすれば、それは中国の主権に対する挑戦である。

●ウクライナ危機

 中国はウクライナ危機を終わらせるための和平交渉への道を開いた。

【民生主題記者会見】

 3月9日、「民生主題記者会見」が開催された。出席したのは「教育部の懐進鵬部長、人的資源社会保障部の王暁萍部長、住宅城郷(都市農村)建設部の長倪虹部長、国家疾病予防制御局の王賀勝局長」だ。これも錚々たるメンバーで、若者の就職難や不動産バブル崩壊などが問題視されている中、その部局のトップが出てきて質疑応答に当たるということ自体、相当に覚悟がないとできないことだ。このテーマの質疑応答を詳細に書きたいが、あまりに問題が深いだけに、略記するのに困難を来たすので、非常に残念ながら省略し、いつかチャンスがあったら、この深い問題点における質疑応答を考察したいと思う。

 以上が三大主題記者会見の紹介だが、全人代閉幕式の11日に決議された政府活動報告書には、この三大主題記者会見だけでなく、3月6日のコラム<全人代総理記者会見をなくしたのは習近平独裁強化のためか?>に書いた「部長通道」なども含めた、全人代におけるあらゆる審議の結果が反映されている。全人代閉幕後の総理記者会見ではもう遅く、その前に政府活動報告書の審議修正が終わっているので、その意味で、国政に関して閉鎖的になったのではなく、逆にオープンになったとみなすことができる。

◆国務院組織法改正案から見えるもの

 その証拠は冒頭にも書いたように、改正される前の1982年の国務院組織法には「政務公開」という文言はないが、今般の全人代で改正された国務院組織法には、「堅持政務公開(政務を公開することを堅持する)」という文言が第十七条に加筆された。それが前述した三大主題記者会見であり部長通道だ。

 もっとも、中華人民共和国憲法の序文と第一条にある「全国の各民族人民は中国共産党の指導の下」という思想が、国務院組織法にも反映されるようになったという点では、もともと中華人民共和国建国以来の思想が徹底されたと言うべきなのかもしれない。

 1980年前後に、「党政分離」の話が出たことがあったが、なんと、その議論には習近平の父・習仲勲が介在していたという皮肉な現実がある。

 なお、習近平政権になったあとの2017年には新華網に<党政分離と党政分業は違う>という論考が載っており、習近平政権は早くから「党政分離」は考えていない。

 これは冒頭に書いたように、アメリカが旧ソ連を崩壊させたように中国を崩壊させようと企んでいることへの自己防衛だとみなしていいだろう。中国共産党の統治を強くして崩壊の余地を少なくさせようという目論見だろうが、それが吉と出るか凶と出るかは、アメリカの大統領選や非米側諸国の動きなどの影響もあり、静かに考察していくしかない。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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