GW海外旅行にご用心 狙われるアジア 253人死亡スリランカ爆破テロの教訓 情報は活かされなかった
警察文書に首謀者の名
[ロンドン発]GWで海外旅行に出かけられる方も多いと思います。テロはいつどこで起きるか分かりません。
テロが多発するロンドンでは、万一、テロに出くわしたら犯人がいない方に走って逃げる(RUN)、逃げ場がなければ隠れる(HIDE、逃げられなく恐れがあるので隠れる場所は慎重に選ぶこと)、安全が確保されてから通報(TELL)するよう呼びかけています。
キリスト教会やホテルなど8カ所で自爆テロや爆発が起き、日本人女性の高橋香さんを含む253人が死亡、約500人が負傷したスリランカの連続爆破テロから1週間。イースターサンデーを狙ったイスラム過激派のテロは過去にも繰り返されてきました。
太陽光発電のビジネスのため出張中にテロに出くわした札幌市の行方匡胤(なみかた・ただつぐ)さん(41)は筆者に「宿泊先のホテルを出て5分後にホテルの車寄せで爆破テロが起きていたことを知りました。これまで物騒な感じは全くしなかったので驚きました」と話しました。
シリアで壊滅に追い込まれた過激派組織「イスラム国(IS)」が犯行声明を出しました。ISはアジアを含め、世界中にテロのネットワークを広げています。
首謀者のイスラム過激派説教師ザハラーン・ハシム容疑者はシャングリラホテルで爆死したとみられています。IS傘下のプロパガンダ機関アマクが実行犯として公開した8人の写真や動画の中でただ一人、同容疑者は素顔をさらしています。
インド情報機関からの通報でスリランカ情報機関や警察は今月4日には「キリスト教会や観光客が集まる場所で自爆テロが行われる恐れがある」というテロ情報をつかんでいました。
スリランカ警察幹部の署名がある同月11日付の文書には同容疑者の名前も記載されていたそうです。しかしスリランカ情報機関や警察はテロを防ぐことができませんでした。警察や国防省幹部が責任を取って相次いで辞任しました。
ラニル・ウィクラマシンハ首相は事前に情報を知らされていなかったと説明しています。
もし、英国のロンドン警視庁や秘密情報局(MI6)、情報局保安局(MI5)、政府通信本部(GCHQ)のシギント(電子情報の収集)能力のような警察と情報機関の緊密な連携があったなら、綿密な計画と準備を要する今回のような大規模テロは未然に防げていたはずです。
昨年には仏像を破壊
イスラム過激派はテロ対策が強化されてきた欧州よりも、スリランカのようなセキュリティーの甘いソフトターゲットを狙って大掛かりなテロを仕掛けてきます。
今年のラグビー・ワールドカップ(W杯)、来年の東京五輪・パラリンピック、2025年の大阪万博と国際イベントが続く日本にとってスリランカの連続爆破テロは他人事ではありません。
スリランカの人口は2095万人。74.9%のシンハラ人(仏教徒中心)と15.4%のタミル人(ヒンズー教徒中心)が激しく対立し、26年間で7万人以上の犠牲者を出しました。2009年、政府軍と反政府武装組織「タミル・イーラム解放の虎」(LTTE)の内戦はようやく終結しました。
宗教別に見ると、仏教徒70.2%、ヒンズー教徒12.6%。イスラム教徒は9.7%、キリスト教徒は7.4%です。民族対立がくすぶるスリランカでは少数派のイスラム教徒は肩身の狭い思いをしており、イスラム過激派にとっては恐怖と嫌悪を植え付ける格好のターゲットです。
米CNNテレビによると、ザハラーン・ハシム容疑者はスリランカ東部の海岸沿いにあるカッタンクディー出身で、そこでモスク(イスラム教の礼拝所)を建設中でした。家族の話では「2年前から連絡がつかなくなっていた」そうです。
同容疑者はユーチューブに過激思想の説教を投稿して信奉者を増やし、自爆テロの計画を持ちかけていたようです。
信奉者が同じイスラム教徒のスーフィズム(イスラム神秘主義)を「不信心者」と攻撃、モスクの事務所に銃弾を撃ち込んだり、剣を振り回したりするなど過激化し、昨年には仏像を破壊して注目を集めました。
サウジアラビアの影響力強まる
2017年8月、スペインのバルセロナで車が人混みに突っ込み13人が死亡、100人以上が負傷する暴走テロが発生。12人が関与し、「サタンの母」と呼ばれる殺傷能力の高い爆薬TATP(過酸化アセトン)やガス缶120本を用意して世界遺産のサグラダ・ファミリア教会を爆発しようとしていました。
12人全員がモロッコ系移民で、その多くがフランス国境に近いピレネー山脈の麓にある小さな町リポイに住んでいたか、関係していました。リポイの人口は1万1000人弱です。テログループの中には地元のフットサルチームでプレーしていた10代後半の若者もいました。
10代後半から20代の若者を過激化させたのは、民家爆発で死亡したとみられるイマーム(イスラム教指導者)のアブデルバキ・エス・サティ容疑者(死亡時40歳)でした。
今回のスリランカ爆破テロでは130人がISとつながりを持っていたといわれ、警察は70人の行方を追っています。首謀者ザハラーン・ハシム容疑者は説教師でした。
テログループの隠れ家とみられる関係先では治安部隊との銃撃戦が起き、子供6人を含む15人が死亡。プラスチック爆薬150本、殺傷能力を高める鉄球10万個、起爆装置、自爆キット、軍服、ISの旗、バッテリーなどが押収されています。
テロ実行犯の兄弟2人は工場経営者の家庭に生まれ、宝飾品の取引をしていました。兄の妻は子供3人を道連れに爆死。ウィクラマシンハ首相はCNNに対し「自爆テロ犯は上流階級や中産階級で海外留学した人もいた。驚きだ」と述べました。
しかし過去の例を見ても富裕層からテロリストが出るのは決して珍しくありません。
スリランカからサウジアラビアなど中東の産油国に約100万人が出稼ぎに行っています。スリランカ・イスラム評議会の副会長はCNNに「伝統的にスリランカのイスラム教徒はインドに影響されてきました。しかし現在ではサウジの影響力が強まっています」と話しています。
リクルート網を断ち切れ
イスラム過激派のテロに詳しいロンドンのシンクタンク、ヘンリー・ジャクソン・ソサイエティ過激化・テロリズムセンターのニキータ・マリク所長はツイッターで次のように分析しています。
(1)テロ実行犯に兄弟が含まれていた。テロ・ネットワークの中で家族のつながりは大きな意味を持っている。
(2)大規模テロは現地のイスラム過激派組織「ナショナル・タウフィート・ジャマアット(NTJ)」によって実行されたとみられる。首謀者ザハラーン・ハシム容疑者はソーシャルメディアを通じて過激思想を広げていた。これはイスラム過激派と極右のテロの両方に共通している。
(3)NTJはジャミアトゥル・ムジャヒディン(JUM)の名を使ってインドで活動するイスラム過激派と緊密なつながりを持っている。JUMは2005年にバングラデシュの50都市300カ所で500発の爆弾を爆発させたことがある。
(4)ブリュッセルに本部を置くクライシス・グループによると、JUMはモスクやサラフィスト組織と関係する学校、イスラム原理主義政党のイスラム協会を主なリクルートの拠点にしている。リクルートされた次世代の家族のネットワークが彼らにとっては重要だ。
南アジアが草刈場に
2001年、国際テロ組織アルカイダが米中枢同時テロを実行した時、メンバーは400人でした。国連によると、ISに外国から参加したのは110カ国4万人にものぼっています。テロリストのネットワークはどんどん世界に広がっています。
米シンクタンク、ソウファン・センターはこう指摘しています。
「アイデンティティー・ポリティックスの高まりとサウジアラビアによる南アジアのイスラム過激派への資金提供の組み合わせは過激化の潮流を強めている。スリランカから32人がイラクやシリアでのISの戦闘に参加した」
「ISやアルカイダを含むサラフィー主義の聖戦グループは南アジアを新しい領土とリクルートを広げる絶好の場所とみなしている。バングラデシュやミャンマー、インド、スリランカのイスラム教徒に対する不正義に焦点を当てテロのプロパガンダを行っている」
(おわり)