「小1の壁」に挑む 会社を辞めて民間の学童保育を開いた父の挑戦
「小1の壁」という言葉がある。共働き家庭は子どもを保育園に預けることがほとんどだ。待機児童の問題もあるが、保育園に預けられた場合、大体18時~20時頃にお迎えに行く親が多く、延長保育や夜間保育を行う園では、それ以上預かってもらえる場合もある。しかし、子どもが小学校に上がるとそうはいかなくなる。学童保育に預けられる場合でも、18時頃までの場合が多い。1人で下校させることや18時に迎えに行くことができない親たちは、18時以降に子どもの「空白時間」があることに不安を感じてしまう。保育園時代をなんとか乗り切っても、子どもが小学校にあがるのと同時に退職を選ぶ女性もいるのが現状だ。
江戸川区でこの4月から民間の学童保育「トゥモローキッズスクール」を開いた只友大介さん(39)は、この「小1の壁」に疑問を感じたひとりだ。長女が今年小学校に入学。これまで、外資系保険会社に勤める妻と2人で、長女と、6月で1歳になる次女の子育てをしてきた。管理職である妻も仕事で遅くなることがたまにあり、普段は19時~20時の間に迎えに行っていたが、21時頃まで預かってもらうこともときにはあった。
「小学校にあがると、学童保育を利用しても18時までしか子どもを預けられません。18時に間に合わない場合はファミリーサポートを頼まないといけませんでした。新たな預け先がないと、生活がなりたたないと思いました」(只友大介さん)
そもそも、共働き家庭の増加に伴い、学童保育の数が不足し始めているという指摘もある。「みんなでつくる学童保育」を運営する「sopa.jp」(http://sopa.jp/)では、2013年5月の時点で学童保育の顕在ニーズは全国に45万人、潜在ニーズは125万人と推定している。
只友さんも、区内の学童保育が満員の状況を目の当たりにし、「近所に民間学童がなく、我が家のような共働き世帯は同じ課題を抱えている。必要なサービスではないか」と考えた。3月に12年勤めた生命保険会社を退職し、都営新宿線瑞江駅から徒歩30秒の距離にあるビルの1室を借りた。
■英会話教育、ジムで水泳も
68平米の広さの1室に、5月現在、長女を含め小学校1年生6人が通ってきている。授業が終わった後、15時頃にタクシーで子どもたちを小学校まで迎えに行き、一緒に宿題をして、おやつを食べる。そのあとは曜日によって英語の授業をしたり、駅近くのジムで水泳をしたり。必ず毎日行うのは、学校でどんなことがあったかを日記に書くことだという。基本は19時まで預かり、それ以降は延長料金となる。週5日で月額4~5万円(水泳教室代は別)。区が運営する学童保育の料金(4000円)とは差があるが、「英会話教育を始めとした教育に価値を感じてもらえれば」と只友さん。
「トゥモローキッズスクール」の1週間は、まず、月曜日が水泳(希望者)。水曜日と木曜日は、ネイティブの先生から英会話を習う。文法や単語を教え込むのではなく、ネイティブスピーカーと直接触れ合うコミュニケーションや、フレーズで会話を覚えることを重視している。火曜日と金曜日は、只友さんがパワーポイントで作った教材をテレビ画面に映しながら算数を教える。
自ら子どもたちを教えたいと考えたきっかけのひとつについて、只友さんはこう言う。
「保険会社で働いていた当時、代理店にどうやって保険を売るかという教育を行っていました。自分より年上の人や、年配の人も多かったのですが、当時感じたのは、『大人になればなるほど、失敗を恐れる』ということです。失敗を恐れて挑戦しない人も多い。なぜだろうと考えたときに、彼らは結果は誉められても努力を誉められる教育を受けてこなかったのではないかと思いました。100点を取ればいいと思われがちですが、どうやってその点数を取ったのかのプロセスを見る方が大事。子どもに必要な教育のひとつは、努力を習慣づけることだと思います」
■子どもの頃から「多様性」に触れる機会を
只友さんがもうひとつ大切にしたい教育は「多様性」についてだ。江戸川区の外国人登録者数は約2万4000人で、東京都23区内では新宿区に次いで2番目に多い(2014年5月1日の統計調査による)。しかし、「住んでいる外国人が多いのに、接点は少ない」と只友さん。「外国人の先生に来てもらい、異文化に触れてもらいたい」と話す。
「たとえば、日本人は家を出るときに電気を消すのが『普通』だけれど、防犯上の理由でで電気を消さない習慣の国から来た外国人もいますよね。人によって習慣が違うのは当たり前で、違う人を『変なヤツ』と決めつけるのではなく、『なんで?』と聞いてみないと。変わった行動に見えても、そこには意味があるかもしれません。そういった多様性を子どもの頃から覚えていってほしいと思います」
月額4万円は利用者からすると安くないが、経営的な立場からすると、決して採算の合う額ではない。「1年目は採算度外視でやっていきます」と只友さん。しかし、数年後には施設を数か所に増やし、外国人講師を正社員として雇用することを視野に入れているという。
■保育園・学童保育のあり方は多様化するのではないか
筆者も子どもの頃、小学校に上がる前は保育園、小学校にあがってからは3年生まで都内の学童保育に通っていた。当時、共働き家庭はまだ少数派で、学童保育に子どもを通わせる家庭はどちらかというと「所得が少ない家庭の子」という目で見られていたという実感がある。しかし、現在は当時より共働き家庭が増え、その所得水準にも幅があるように思う。只友さんの長女が通っていた認可外保育園は月額6~8万円程度だったが、金額が高い代わりに、英会話教育などが充実していたという。共働き家庭が多様化するにつれ、親たちが求める保育園や学童保育のあり方も、今後変わってくるのではないか。
取材前、「一流企業を辞めて民間の学童を開くお父さん」という情報を聞いて、熱血型なタイプの男性を想像していた。しかし、只友さんに、「なぜ会社を辞めるという決断を選択できたのか」「不安はなかったのか」といった質問をしたところ、「それを選択するのが当然だったから」という、冷静で気負いのない回答が返ってきた。「育児や子どもの教育に父親が関わること」について、大げさに考えていたのは筆者の方だったのだと反省させられてしまった。
只友さんは3歳から6歳までをドイツで過ごし、大学卒業後は2年間アメリカに留学した経験を持つ。ドイツでは「外国人」であることをからかわれ、日本に帰ってきてからは「外国人」のように扱われた経験もあるという。柔軟な考え方の元となったのは、異文化体験だったのかもしれない。今後、「トゥモローキッズスクール」がどのように成長していくのか。また時間を置いて取材したいと感じた。