米シンクタンクの中東世論調査:中東で米国の影響力低下、ロシアのウクライナ侵攻で中東諸国に米国離れ
米国のシンクタンクが4月末に発表した中東諸国での世論調査で、中東、特にペルシャ湾岸のアラブ諸国で米国の影響力が低下し、逆にロシアが存在感を強めていることが明らかになった。米国のバイデン政権はウクライナ侵攻を続けるロシアに経済制裁を課し、米国と欧州は結束を強めているが、中東ではロシア封じ込めを目指す米国の思惑通りには行っておらず、それが世論として現れた形だ。
世論調査を実施したのは、米国でイスラエル・ロビーと関係が深く、親イスラエルとされる「ワシントン近東政策研究所(TWI)」で、調査は「アラブ世論調査プロジェクト」として2014年から実施され、今回は10回目でロシアのウクライナ侵攻後の3月中に、サウジアラビア、カタールアラブ首長国連邦(UAE)、バーレーン、クウェート、エジプト、ヨルダン、レバノンの8か国で実施された。前回は、2021年11月に実施され、侵攻の前と後の世論の変化を見ることもできる。調査は調査員が家庭を訪問し、無作為に抽出した18歳以上の男女が対象。
今回はロシア軍のウクライナ侵攻を受けて、「ロシアのウクライナでの軍事行動に対する見方は」という質問がある。「非常に否定的」「ある程度、否定的」を合わせて、否定的に見ている割合は、サウジアラビア76%、UAE77%、バーレーン79%、クウェート76%など、いずれ7割以上に上り、中東でもウクライナ侵攻を肯定しているわけではないことが分かる。
その上で、「ロシアとの良好な関係を持つ個とはどれほど重要か」との問いについては、「非常に重要」と「ある程度、重要」を合わせると、サウジ49%(昨年11月は45%)、▽UAE53%(同49%)、バーレーン50%(同46%)――と、ウクライナ侵攻にも関わらず、ロシアとの関係が重要という回答は減るどころか増えている。
サウジ、UAE、クウェート、バーレーンなど湾岸諸国はいずれもこれまで親米国家と言われてきた国々であるが、「我々の国は米国を頼みにすることはできない。ロシアや中国をこれまで以上にパートナーとして見るべきだ」という考えについての反応を問う質問では、「強く賛成」「ある程度賛成」を合わせると、サウジ55%(昨年11月49%)、▽UAE57%(同51%)、▽バーレーン59%(同54%)――と、いずれも米国頼みからの転換が必要いう答えが5割を超え、昨年11月から5%以上の顕著な増加となっている。
さらに調査では「どの国が外国の敵から守ってくれるか?」という質問で、▽サウジでは米国45%、ロシア34%、▽UAEでは米国44%、ロシア33%、▽バーレーン:米国42%、ロシア37%、▽クウェート:米国41%、ロシア32%――といずれも米国が40%台で、ロシアが30%台という結果が出た。
ペルシャ湾では1990年・91年の湾岸危機・戦争後は、湾岸に米軍を駐留させ、2020年のロイター通信によると、湾岸諸国での駐留米軍の人数はバーレーン5000人、カタール1万人、サウジ2500人、クウェート1万4500人、UAE5500人とされる。90年代から現在も続く湾岸での米国の政治的、軍事的関与を考えれば、国の防衛に対して、米国への期待が4割台にどまりで、ロシアへの期待が3割を超えていることは驚かざるを得ない。
さらに、「これから10年後にどの国が中東で最も強い影響力を持っているか?」という質問に対して、<米国、ロシア、中国、その他の国>を選ぶ項目では、湾岸各国の回答は次の通り。
サウジ:米国35%、ロシア35%、中国25%
UAE:米国36%、ロシア32%、中国23%
バーレーン:米国35%、ロシア36%、中国23%
クウェート、米国37%、ロシア33%、中国25%
米国とロシアはどちらも30%台で拮抗し、サウジのように米国とロシアが同じ数字が出ていたり、バーレーンのようにロシアが米国を上回っている国もある。湾岸の人々の意識にはかなり米国離れがひろがっていることが分かる。
一方で、「米国との関係はどれほど重要か」という質問では、「非常に重要」と「ある程度、重要」を合わせた割合は、サウジ41%、UAE51%、バーレーン42%、クウェート43%――となっている。ロシアとの関係を重要という回答が軒並み5割を超えていたのに比べると、4割にとどまる米国への期待や評価の低さが表れているといえよう。
このような湾岸諸国の米国に対する世論は、ロシアのウクライナ侵攻後の湾岸諸国の政府の米国への姿勢と通じるものがある。
2月24日のロシア軍のウクライナ侵攻の翌25日に国連安保理でロシア非難決議案が採決された時、米国など11カ国が賛成したが、非常任理事国のUAEは中国、インドとともに棄権に回った。決議はロシアの拒否権で否決されたが、UAEが米国の意向に沿わない動きをしたことには国際社会に驚きが走った。
UAE外務省は「外交と対話」を強調する声明を出したが、UAEとはライバル関係にあるカタールに拠点を置くアラビア語衛星TVのアルジャジーラはUAEの棄権について、「UAEはもはやロシアに対抗する米欧の側にいるわけではないことを示しており、世界の勢力のバランスの変化を表す」と踏み込んで解説した。
一方でロンドンに拠点を置く独立系アラブメディアは「UAEには4000社のロシア企業が不動産、食品、港湾、航空、石油化学などの分野で進出している」などとUAEとロシアの経済関係の強化や、「2021年2月にUAEのアブダビでロシアの軍事産業の400社が参加する兵器見本市が開かれ、UAEはロシアの軍事ヘリコプター500機、軍事ドローン300機の購入で合意した」と軍事分野での関係も強まっていると解説した。
さらに産油国のロシアが経済制裁下に置かれたために、3月上旬の時点で、ニューヨーク市場の国際的な原油の先物価格は一時、1バレル=130ドルを超え、ほぼ14年ぶりの高値水準となった。これに対して、バイデン大統領はサウジのムハンマド皇太子と、UAEのアブダビ首長国のムハンマド皇太子という両国の実質的な支配者に原油増産を求めるために電話会談をしようとしたが、ロシアの侵攻が始まって10日以上たっても、米大統領府が電話会談を設定できないという事態も報じられた。
サウジとUAEは「石油輸出国機構(OPEC)は政治とは距離を置く」立場を唱え、OPECとロシアなど非加盟国を加えた「OPECプラス」が合意した生産計画を維持するとして、米国が求める原油価格の上昇を抑えるための大幅な原油増産に応じていない。
国連総会でのロシア非難決議では、サウジ、UAEを含む湾岸諸国も決議に賛成した。主要先進国G7の大使が国連総会決議前日に決議への支持を求める共同声明を発表するなど、中東で外交攻勢をかけた結果と見られている。しかし、その後、キーウ近郊のブチャなどでロシア軍によると見られる市民の虐殺を受けて、国連総会の緊急特別会合で、ロシアの国連人権理事会の理事国の資格停止を求める、米国などが提案した決議案の投票があり、欧米や日本など合わせて93か国が賛成し、ロシアや中国など24か国が反対して、決議は可決された。しかし、中東の大半の国々は棄権に回った。
中東で賛成したのはイスラエル、トルコ、リビアの3カ国だけで、ロシアとの関係が近いシリア、イラン、アルジェリアは反対。そのほかの湾岸諸国6カ国(サウジ、UAE、バーレーン、クウェート、オマーン、カタール)と、エジプト、ヨルダン、イラク、チュニジア、スーダン、イエメンの計12カ国が棄権し、モロッコ、レバノンは投票しなかった。
ロシアを国連人権理事会からの排除という制裁的な措置については、中東では支持が得られなかったということである。湾岸諸国6か国がそろって棄権したことは、湾岸諸国が米国一辺倒ではないことを示したといえよう。
ワシントン近東政策研究所(TWI)」の世論調査は、ロシア軍によるウクライナ侵攻以来、中東、特に湾岸で明らかになっている米国の影響力の低下は、単にサウジとUAEの政治指導者の意向だけでなく、世論の動向とつながっていることを示し、米国にとっては深刻で重要な意味を持つだろう。