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ほぼ「無理心中」計画:香港民主派前議員大量逮捕の背景

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
(写真:ロイター/アフロ)

 6日、香港立法会の民主派前議員や区議会議員など約50人が逮捕された。背景には民主派の「死なばもろとも十歩」計画がある。十歩目は中共とともに崖から飛び降りる際の国際社会支援頼み。現状では望み薄か。 

◆逮捕された人たちの経緯

 1月6日に民主派系列の全立法会(香港議会)議員や区議会議員など50人超が逮捕されたが、この人たちは、2020年9月に予定されていた立法会議員選挙に向け、民主派の候補を絞り込むために実施された予備選挙(中国語で初選)に参加した政治家たちだ。

 この予備選挙は昨年7月に行われたもので、民主派の前議員たちは、立法会の過半数を占めることで香港政府の予算案を否決し、香港政府トップの行政長官を辞任に追い込むことなどを目標に掲げていた。

 昨年7月12日、香港の民主派は立法会議員選(定数70)に向けて同日まで2日間にわたり実施した予備選の投票者が、初期目標の17万人を上回って約61万人に達したと発表。

 立法会選挙は、有権者全員が投票できる直接選挙枠(定数35)と、金融や商工業など業界団体の関係者らに投票権がある職能選挙枠(同35)に分かれる。ところが民主派には非常に多くの政党や政治団体があり、互いが相殺し合って、結果的に当選者を減らしてしまう。

 言うならば日本の野党と同じで、多少の党議の違いは譲歩して大きな野党を作れば良いものを、わずかな「理念」の違いで小さな政党に細かく分かれているために、政権与党に永遠に勝てない。この論理と同じだ。

 そこで香港の予備選挙は直接選挙枠で民主派候補の乱立を防ぐことが目的だった。

 それに対して香港政府側は、香港政府には予備選制度はないので、予備選挙そのものが国家安全維持法(国安法)に違反すると非難したが、61万もの人が投票したことにより、これは「香港人が自由と民主を諦めていないことを世界中に示した証拠だ」と民主派は誇った。

 2016年の立法会議員選挙の結果、定数70名の内、「30:民主派、40:親中派」となったので、 過半数の「35+」を目指す戦術を民主派側は考えていた。しかし、民主派の勢いに怖気づいた林鄭月娥(キャリー・ラム)長官が、コロナを理由にそもそも立法会選挙自身を1年間延期すると宣言したので、民主派はその立法会選挙に向けて、着々と「死なばもろとも十歩」計画を進めていたわけだ。

◆「死なばもろとも十歩」計画とは

 「死なばもろとも十歩」計画とは、言うならば「うまく行かなかったら、最後はお前と心中してやる」というもので、広東語で「攬炒十歩」というのだが、この「攬炒」は「自分にもしものことがあったら、相手をも巻き添えにして共に滅びる」という意味で「玉石俱(とも)に焚(た)く」すなわち「死なばもろとも」ということを表す。

 第一歩から第十歩までがあり、最後の第十歩には「(うまく行かなかったときには)中共とともに崖から飛び降りてやる(飛び降り無理心中をする)。そのとき国際社会が助けてくれるかどうか、どう行動してくれるかも分からないので、書きようがない」といった主旨のことが書いてあり、まるで「特攻隊精神」だ。

 一歩から十歩まで全てを列挙するのは、相当に文字数を取るので躊躇してしまうが、一応簡潔に書くなら以下のようになる。( )内は決行日。計画作成者は戴耀廷氏で(2020年4月28日(『リンゴ日報』掲載)、彼は予備選挙の主催者の一人だ。もちろん今般の逮捕者の中の一人でもある。

 ●第一歩(2020年7-8月):香港政府が民主派の立法会選挙立候補資格を取り消しても、民主派はプランB(つまり複数の立候補者を立てて、Aの立候補資格が取り消されたら、Bが立候補するという)で選挙に参加する。

 ●第二歩(2020年9月):香港マカオ弁公室と中央政府駐香港連絡弁公室の介入およびDQ(資格取り消し)が行われたら、より多くの香港人が民主派に投票するように刺激して呼びかけ、最終的35席以上の取得に漕ぎ着ける。

 ●第三步(2020年10月):香港行政長官および 律政司が法的措置を用いて民主派議員の資格を取り消した場合、法廷措置には時間がかかるので、民主派議員は引き続き立法会を主導する。

 ●第四歩(2020年10月至-2021年4月):香港政府が立法会に提出したすべての予算案が否決され、香港政府は最低限の運営しかできなくなる(政府が機能しなくなる)。

 ●第五歩(2021年5月):立法会が政府の財政予算案を否決し、香港行政長官が立法会を解散し、臨時予算を使って政府の運営を維持する。

 ●第六歩(2021年10月):法会再選挙実施。民主派のプランBも資格を取り消されるだろうから、その場合、プランC(3人目の候補者)を立候補させる。それでもなお35席以上を民主派が取得する。

 ●第七歩(2021年11月):立法会が再度、財政予算案を否決し、香港行政長官は辞任し、香港政府は閉鎖する。

 ●第八歩(2021年12月):全人代常務委員会が「香港が緊急事態に突入した」と宣言して、中国の国家安全法を直接香港に適用し、香港立法会を解散して、臨時立法会を設立させる。次期香港行政長官は選挙によってではなく協議によって選び、民主派のリーダーを一気に大量逮捕する。

 ●第九歩(2021年12月以降):香港社会におけるデモはさらに激烈になり、鎮圧の仕方もより残虐になる。香港人がストライキに突入し、香港社会は機能を失う。

 ●第十歩(2022年1月以降):西側諸国が中国共産党に対して政治的ならびに経済的制裁を行う。

 なお、この第十歩に至った段階では、われわれは「中国共産党とともに崖から飛び降りる」覚悟が出来ており、その後何が起きるかは明示することはできないが、香港の域を既に出ているので、国際社会に任せるしかない。

 以上が「死なばもろとも十歩」計画の概要である。

 これは「死なばもろとも十部曲」とも書かれており、統一されていなくて名称にも混乱が見られる。政府当局は「十部曲」の方を用いている。

◆香港政府の言い分

 これに対して香港警務処国家安全局の李家超局長は概ね以下のようなことを述べた。

 ――容疑者たちは陰険で悪辣な計画を立て、特別区政府を麻痺状態に陥れようとしている。彼らは「死なばもろとも十部曲」計画に基づき、「35+」の議席を獲得し、彼らが勝手に決めた予備選挙に基づいて特区政府の財政予算案を否決し、特区政府の機能を麻痺させ、政府機能を破滅に追いやることを狙っている。終局的には香港全体をデモで攪乱し、共に崖から飛び降りる長期的計画を目論んでいる。それは香港の死を意味し、香港が再び立ち上がることは困難になるだろう。それを座視するわけにはいかない。したがって国家転覆罪で逮捕した。

◆民主の先に何があるのか?――「一国二制度」は2047年まで

 1997年7月1日から実施されている「中華人民共和国・香港特別行政区・基本法」は、2047年7月1日を以て施行期間を終わる。

 基本法では「一国二制度」(「一つの中国」の下で、「大陸:社会主義制度」で「香港:資本主義制度」)に基づいて香港に高度の自治を認めるとしながらも、この「一国二制度」は2047年6月30日24:00時を以て終了するとしているのである。次の一秒、7月1日0:00時から、中華人民共和国の一般の「都市」同様になり、香港には「資本主義制度」は無くなり、香港も「社会主義国家」になる。

 その瞬間まで「民主と自由」を仮に手にすることができたとしても、中英間で結ばれた条約に違反することはできないだろう。これは国連にも届けられている国際間の契約だ。

 だとすれば、香港の民主活動家たちは、この「2047年6月30日24:00時」という瞬間まで維持できるかもしれない「自由と民主」のために命を懸け、香港を崩壊させても良いと思っているのだろうか?

 何よりも、次の瞬間に「自由と民主」を放棄することになるということを自覚して突き進んでいるのだろうか?

 但し、この運命を変える方法は一つだけある。

 それは中国共産党が支配している「中華人民共和国」という国家を崩壊させることである。それ以外に手はない。

 「死なばもろとも十歩」の第十歩では、「あとは国際社会に頼るしかない」と国際社会の支援に最後の望みをかけており、しかし、果たして国際社会がどう出るかは分からないとも嘆いている。

 たしかに――。

 アメリカは今日、トランプ支持者が議事堂に乱入して死者を出すという、民主主義の砦ではあり得ないような事態が起きている。次期バイデン政権の国務長官(指名者)は一応、「民主を踏みにじることは許さない」と香港政府への抗議を表明しているが、しかしアメリカの民主主義は既に地に落ちた。

 日本に至っては、政府与党がこの期に及んでもなお「習近平国家主席の国賓来日」を中止したとは言っていないという「親中」ぶりだ。中国がより強力な力を持ち得る方向にしか、日本は動いてないのである。

 日本という国家は天安門事件の時もそうだったが、常に中国共産党の一党支配体制を強固に維持させる方向にしか動いていない。それでいて「香港の事態を憂慮する」などと、白々しいことを言っても、如何なる説得力もない。

 基本法の第23条には香港が独自の国安法を持つことが謳われているのだから、本気で香港の民主を応援する気があるのなら、基本法を管理している中国政府、すなわち一党支配体制を崩壊させる以外に選択はないのではないだろうか。

 それにしても「民主」を思うと、辛くなる。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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