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ルネサスのIntersil買収が事実なら妥当

津田建二国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

8月22日、日本経済新聞は、ルネサスエレクトロニクスが米アナログ半導体メーカーのIntersilを買収するための最終交渉に入った、と報じた。買収交渉が事前に漏れることは常識ではありえない。事前に漏れると、お互いの信頼が崩れるからだ。ルネサスは同日のニュースリリースで「本件は当社が発表したものではありません。当社は事業のさらなる成長に向け、本件を含めさまざまな可能性を検討していますが、現時点で決まった事実はありません」と述べている。

日経の報道はもちろん誰かのリークであろうが、ここでは詮索しない。これが事実であれば、Intersil買収は、ルネサスの呉社長が最近のインタビューで述べていた買収戦略に沿ったものである。呉氏は、規模を大きくするための合併なら固定費の削減以外の効果は全く期待できない、と述べており、同じような製品で規模を拡大して2位や1位になることがルネサスの目的ではない。だからこそ、ルネサスがそれほど強くないアナログのIntersil買収によって、アナログ製品を強化することは、自動車エレクトロニクス、産業エレクトロニクス共、ルネサスを成長させるだろう。呉氏は、ルネサスの強みである自動車用マイコンをオセロゲームの角(絶対にひっくり返されない)にたとえ、そこから陣地を広げていき自動車用半導体を強くしていくと述べている。これがルネサスの方針である。

かつて、ルネサスは日立製作所と三菱電機のシステムLSI部門を統合し、似たような製品同士の合併を行った。さらに愚かなことに、NECエレクトロニクスに対しても同じようなマイコン製品を持っているのに合併させた。同じ種類の製品を持っている者同士の合併は、失敗したという苦い経験を持ち苦労を重ねてきた。こういった過去の失敗の経験を活かし、「買収は戦略的買収でなければ意味がない」と呉氏は語っている。

アナログの得意なIntersilとは何者か。Intersilは、最初のWi-FiチップであったIEEE 802.11bで圧倒的に高い市場シェアを握っていた。しかしWi-Fi規格がより高速の802.11aに移り、802.11bがコモディティ(誰もが参入できる超汎用品)になると、素早く11bチップから撤退した。そしてアナログに集中した。アナログ回路はテクノロジーの知識と発明のセンスが求められ、差別化できる商品を作れるからだ。

スマホでは通話を終了した後に耳から遠ざけると画面が暗くなるが、これはアナログの光センサ(照度センサ)を搭載しているからであり、この照度センサICチップを手始めに、最近ではToF(Time of Flight)法を用いた測距デバイス(レーザーの送受信により対象物との距離を測る)をリリースしている。これはドローンを制御しやすくし、障害物にぶつからず、しかも軟着陸も容易にできるようにするために使える技術だ。ドローンだけではなく、大画面ディスプレイのジェスチャー入力にも使える。

電子回路に供給する電源を最近パワーマネージメントということが多いが、このPMICも得意だ。特に最近は、産業用の電源48Vからいきなりハイエンドプロセッサ向きの1Vへと落とすDC-DCコンバータをリリースしており、パワーマネージメントでも強い。

しかもルネサスと共通するのは、製品ポートフォリオではなく、品質が高いことだ。もともとIntersilは、航空・宇宙・防衛といった高品質の製品を得意としていた。その前身は、軍用エレクトロニクスに強いHarris Semiconductorであり、GE(General Electric)の傘下にいた時期もあった。

PMICはこれからも重要な分野である。全ての電子回路には電源回路が必要だからだ。しかもICによっては1V、12.V、3V、3.3V、5V、7Vなど様々な電源電圧が必要になっている。例えば身近な例で、スマホは4V弱のリチウムイオン電池1本で動作するが、スマホに搭載されたICの最適な電圧は7~8種類も必要である。このため4Vの直流DC電圧から別のDC電圧1.2Vや3.3Vなどを作り出さなければならない。この役割を果たすICがPMICすなわちパワーマネージメントICである。また、LEDドライバも直列および並列に接続したLEDストリングスに電圧を供給するが、これもPMICの一種である。

Intersilは実は自動車用エレクトロニクスへの進出が遅かった。このためルネサスには全くかなわない。しかし、高品質という特性を持っているため参入しやすい。Intersilがクルマ用半導体に参入したのは、画像処理プロセッサの得意なTechwell社を買収した2011年である。Techwellは日本人の小里文宏氏がシリコンバレーで創業したベンチャー企業。2014年から米国で販売される新車にはバックモニターの設置が義務付けられたため、それを見越してこの画像処理プロセッサのTechwellを買収、バックミラー型の液晶モニター(図)でそのデモを2011年に見せてくれた。

図 バックミラー型の液晶モニター バックミラーの左側を液晶にしている
図 バックミラー型の液晶モニター バックミラーの左側を液晶にしている

このようにIntersilの持っているアナログ技術はこれからのクルマや産業用には欠かせない。最近のモノづくりは、ITに対してOT(Operational Technology)と呼ばれることがあるが、ITとOTの融合が進めばPMICはクルマ以外の市場でも求められるようになる。ルネサスが欲しかったアナログ技術が手に入ると、呉社長のいうようにオセロゲームの隅からじわじわと陣地を拡大していくことができるようになる。残念ながら日本のアナログIC技術は米国のアナログ半導体企業よりも劣っている。日本から新しいアナログICのアイデア商品が出てこないことがそれを裏付けている。今回のルネサスがIntersilを手に入れられれば、もっと強くなることは間違いない。ただし、IntersilがアナログICの開発を推進できる環境をルネサスが守る必要があろう。

(2016/08/24)

国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。

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