平日練習わずか50分「フィジカルとデータで高校野球に革命を起こす」山奥の進学校(3)ドラフト候補誕生
平日の練習がわずか50分しか取れず、スポーツ推薦も無い進学校に現れた最速151キロのドラフト候補右腕・谷岡楓太。他にも速球派や長距離打者が複数おり、昨秋の広島大会では準々決勝に進出。のちに中国大会を制する名門・広陵に4対6と善戦した。限られた環境で強化が進み「選手が大きく育つ要因」を探った。
【過去記事】
平日練習わずか50分「フィジカルとデータで高校野球に革命を起こす」山奥の進学校(1)理不尽より数値
平日練習わずか50分「フィジカルとデータで高校野球に革命を起こす」山奥の進学校(2)王道を疑え
グラウンドが狭い、進学校ゆえに練習時間が多く取れない。そんなハンデを持つチームの成功話は「小技を絡めて奪った1点を守り抜く」といったような守備中心のスタイルがこれまで多く聞かれてきた。
だが、武田高校が目指しているのは「投手なら速い球を」「打者なら本塁打を」と、まるで野球を始めたばかりの少年が目指すようなシンプルなものだ。そしてそれは豊富な練習“量”や恵まれた素質によって果たされると思われがちだが、環境も人材も限られた武田高校で、昨年11月に151キロを計測した谷岡が今秋のドラフト候補となっている。さらに140キロを超える投手は他にもう1人おり、さらにもう1人も136キロを計測しており「春には140キロを超えそう」と岡嵜雄介監督は手応えを明かす。
また打者では小野祥嗣の通算26本塁打を筆頭に秋のスタメン9人の通算本塁打はなんと86本。スポーツ推薦もなく部員は2学年合わせて36人、そして短い練習時間で「大きく育つ」選手が続出しているのはなぜなのだろうか(打撃理論は第2回記事で紹介)。
- ストレートだけでなく変化球のキレも良い谷岡(筆者撮影)
★怪我もしていないのに2ヶ月も投球禁止にしたワケ
現在151キロを投じる2年生の谷岡は、中学時代まで県内でまったくの無名だった。 日浦中学時代は安シニア(軟式)で2番手投手。コントロールも悪く、エースになれなかった。武田高校には同シニアの高橋一成監督と岡嵜監督が広島商の先輩・後輩だった縁で練習見学に来たことが入学のきっかけとなった。
「このスタイルでやっていることは全然知らなかったので、練習体験に来た時は衝撃でした。全然走らないと聞いたしアップもしない。知らない器具もあって面白いと思いました」
そして、入学直後に谷岡はまた衝撃を受ける。一切の投球練習を禁じられたからだ。当然、岡嵜監督は理由を説明し、その必要性を説いた。
「谷岡の場合は、走り方を見て“怪我するだろうな”と思ったので6月くらいまでは一切投球練習はさせず、高島誠さん(トレーナー)の考案した股割りメソッドを10セットひたすらやらせました。彼の良いところはやると決めたらしっかりやりきるところ。それだけで1時間半くらいかかるんですけど、最初は前に手が付くくらいだったのが今は胸も付きますよ」
時には涙も浮かべながら「投げさせてください」と訴えたこともあった谷岡だが「6月くらいまでに頭がつくようになったら投げてもいい」との言葉に奮起し、毎日の入浴後に欠かさず行った谷岡は6月に見事クリア(現在も怠ることなく毎日続けているという)。
そして、念願のマウンドでようやくめいっぱいボールを投げると球速は本人が最も驚く135キロを計測。中学時代の125キロを大幅に更新し、谷岡のモチベーションは俄然上がり1年の夏前で早くも137キロに到達した。
次に取り組んだのが体づくりだ。摩擦力をもとに体重の軽い人と重い人のボールの違いを説明し、増量とウェイトトレーニングの必要性を伝えた。
また、チームとして補食は選手一人ひとりによって配合を変えて摂取させている。寮生は多いが一般生徒と同じ寮のため特別変わった食事ではない。それでも選手それぞれが知識を備えているため不足分はプロテインやサプリメントなどで補う。
今では174cm78kgの体格となった谷岡も体を大きくし技術を高めただけでなく視野も広く持っている。
「一人ひとりが必要な課題を考えて解決するために練習をしていて、強要じゃないので楽しいですね。(最近指導者に相談したのは)体重のことです。脂肪でなく筋肉で体重を増やしたい、と思っていたのですが話し合いの中で“1回脂肪で増やしてから、筋力トレーニングをした方がいいのでは?”と提案されて納得しました」
体づくりへの意識の高さや知識の豊富さはもちろん谷岡に限ったことではない。中軸を打つ小野(178センチ85キロ)も「(栄養素で大切にしているのは)ご飯をたくさん摂った後にしっかり吸収されるようにビタミンやマグネシウムをしっかり摂ること、あとはたんぱく質量を気にして1日200グラムくらいを目標にプロテインを摂っています」と、スラスラと話していて感銘を受けた。
★何をやるかではなく、何のためにやるか
投手としての技術練習で大きな効果をもたらしているのはプルダウンという助走付きの投球だと岡嵜監督は言う。マウンドの“傾斜”を最大限に生かせるようにするためだ。助走をしてから投げれば自然と重心は前にいく。いわば下り坂のマウンドで、前傾で投げる感覚が養える。一方で重心が後ろに行ってしまう遠投は技術的に成長を遂げるまでは許可していない。
- プルダウンを行う谷岡(動画提供:武田高校)
また大小や軽重の異なるボールを投げる練習も行う。
「以前は大きいボールの感覚が良い子には大きいボールを投げさせていたのですが、そうじゃないことに気づきました。大きいボールの感覚が良い子は“普通のボールを大きく感じた方が良い”から小さいボールを投げさせるようにしています」
また投手としての特徴も分かるといい、「重たいボールの感覚が良い子はしなりを出して投げるタイプ、軽いボールの感覚が良い子は末端の感覚を大事にしているタイプ」だという。
他にもボールの握りなども細かくチェックする。そして対話をする。これが最も重要なことだ。練習量は少ないが対話の回数、時間はとても多い。ミーティングは昼休みに毎日、個別の面談は平日が全体練習ではないため(第1回記事参照)、練習中にも選手数名を一人ずつ呼んで課題や今後の育成方針を話し合う。
対話の中で良い選手には共通する特徴があると岡嵜監督は言う。例えば谷岡は話していても「なんかダメです」と言うのではなくて、「今日は軸足の足首が緩いです」と感覚を把握し言葉で表現できる。
すると指導者も「じゃあ足首をテーピングで固めたらいいんじゃない?」とすぐ対策が見つかる。また、しっかりとその回答をするためにも指導陣は準備を欠かさない。選手たちが自らの練習メニューを組むからこそ、選手たちの練習での動きを注視する。
「例えば“ネットで見つけた練習をやってるんです”と言うけど“何の目的でやっているの?”と聞いて答えられないのであれば“それ違うよ”って止めないといけません。また間違った練習コードを選ぶのもそう。うちでやっているメニューだからといって、その子にとって今良いメニューとは限りません」
★目標は「甲子園優勝」ではない
「“数”とか“気持ち”でごまかして“考えること”から逃げるなよといつも言っています。“考えること”の方が辛いですから、それを3年間で伝えます」
一方で誤解して欲しくないのが、岡嵜監督は「練習“量”の大切さ」を認識していないわけではない。だからこそ目標は甲子園で勝つことであるが甲子園優勝ではない。
「“この環境でも全国ベスト8は行ける”と選手たちに言っています。ただ、能力やパワー以外の部分、全国優勝するための細かなことを詰める時間が足りないと思います。走塁やカバーリングなどの細かいことはもちろん大事ですが、平日は50分しか練習できない。ウチが細かい野球に取り組んだら、それだけで練習時間が終わってしまいます」
当然、プロ入りする選手の輩出や甲子園出場も目標だが、さらに広い視野を岡嵜監督は持っている。
「例えばウチでトレーニングにハマってそのまま重量挙げでオリンピックを目指すとか、体が良いからアメフトなどの他競技から誘われてプレーする選手がいてもいいと思うんです。野球のトップ選手だけを輩出するなんてスケールの小さい事を言わず、ココが世界を目指すきっかけになって欲しい。それが、武田高校の建学の精神でもある“世界的視野に立つ国際人の育成”にも繋がると僕は思っています」
今春に卒業する部員の中には、データ分析を行うアナリストとして大学の硬式野球部に進む者もいるなど、多分野に部員たちは巣立っていく。
置かれた状況の中で最大限に力を伸ばそうと模索し続ける姿勢や意識は、今後どの分野に進んでも生かされるに違いない。
そしてそれは、今年で新世紀となる101回目の大会を迎える夏の甲子園を頂点とした日本の高校野球界においても、必要不可欠なことになっていくことだろう。
- 高島誠トレーナーの股割りメソッド動画(同氏提供)
終
文・写真=高木遊