平日練習わずか50分「フィジカルとデータで高校野球に革命を起こす」山奥の進学校(2)王道を疑え

当てに行くスイングではなく長距離を狙うスイングを心がけている(筆者撮影)

カルチャーショック

 これまでの高校野球の常識を覆す様々な取り組みは第1回の記事「理不尽より数値」で紹介したが、ではなぜそのような思考に至ったのか。そこには岡嵜(おかざき)雄介監督の異色の経歴によって得た経験が大きい。

 武田高校硬式野球部の理念の1つに“王道とされるものがあるからこそ、常に常識を疑い打ち破る”という意味の「カウンターベースボール」という言葉がある。

 だが岡嵜監督は広島県内では「ド王道」と言える伝統校・広島商の出身だ。2年春にチームは甲子園出場を果たしたが、自身はスタンドで応援。最後の夏には二塁手のレギュラーを獲得したが、当時急激に力をつけていた如水館に敗れて16強で敗退。当時の厳しい練習や上下関係に耐えながらも甲子園出場は叶わなかった。

 その後一般入試で入った神戸学院大で外野手として活躍し、社会人チームのワイテック(現在廃部)で2年間プレーした。

 だが、24歳の時に「どうしてもプロになりたくて」とアメリカ球界に挑戦した。俊足を生かしたプレーでMLBのアトランタ・ブレーブスの日本トライアウトで最終選考にアマチュア選手で唯一残り、その後渡米してショーケース・トライアウトにも参加。現地の独立リーグの中でもレベルの高いフロンティアリーグのチームに話が決まりかけていたが、ビザの発給でトラブルがあり帰国する羽目となった。帰国後は四国アイランドリーグの徳島インディゴソックスでプレーして26歳で現役を引退した。

 こうした歩みの中で特にアメリカでの経験は、それまでの野球観をガラリと変えるものだった。

「誰ひとりとして、やらされて野球をしてないんですよね。自ら選んで野球をしているし、スケールが大きい野球でした」

 引退後は広告代理店で働いた。「倍速で社会経験を積むことができました」と、質・量ともに多忙な日々を送り、野球から離れた生活をしていた。そんなある日、先輩たちと入った食堂のテレビで高校野球が流れていた。8点リードしている高校が送りバントをして、選手たちがガッツポーズをする姿に、アメリカでの思い出を蘇らせ疑問を感じた。

2014年に武田高へ赴任、2015年秋から指揮を執る岡嵜監督(筆者撮影)
2014年に武田高へ赴任、2015年秋から指揮を執る岡嵜監督(筆者撮影)

ホッケーで全国8強

「つまらん野球やなあ。選手たちは本当に心からガッツポーズをしているんやろうか?」

自らで理想とする野球をしたくなり転職。公立校の事務や理科実習助手の仕事をしながら通信課程で教職を取った。最初は京都にある立命館中学校・高校に赴任。当時は「プロ野球経験者は2年間教壇に立たないと野球指導はできない」という規定があったため、独立リーグでプレー経験があった岡嵜監督は、最初はホッケー部の指導に携わった。そこで、2年目には高等部男子の監督としてインターハイ8強に導いた。

「メチャクチャいい経験になりました。専門家の方によく聞いたりもしましたし、その時もデータはかなり取りました。例えば“相手のセンターフォワードが囲まれた時に、どこにパスを出すのか”と徹底的にデータを集めたり、交代を4人ずつ無制限にできるので複数ポジションをやらせたり、夏の連戦なので持久力をつけるために走らせたり。“相手やルールに応じてやり方を変えていく”という形で成果を出せたことは自信になりました」

 そして3年目に野球部のコーチを務めた。そこで3年の契約が満了すると、2014年に異色の経歴を副校長が面白がってくれた武田高校の誘いを受けて赴任。野球部のコーチとなり、2015年夏の大会終了後から監督に就任した。

 前監督に「変えていいですか?」と尋ねて承諾を得ると「その瞬間からガラッと変えました」と笑う。当然各方面から「こんなの野球じゃない」「なんだ、そのスイングは」など散々言われたというが「でもやりきって、結果もついてき始めたので何も言われなくなりました」と確固たる信念を持って進めてきた。

通常より細いバットで小さな球を打つ練習(筆者撮影)
通常より細いバットで小さな球を打つ練習(筆者撮影)
通常より細いバットで小さな球を打つ練習(筆者撮影)
通常より細いバットで小さな球を打つ練習(筆者撮影)

「本塁打が効率的」

 ITやデータ、最先端の科学的トレーニングを駆使した取り組みは前回の記事で紹介したが、それを進める上での目標はきっちりと掲げている。それは分かりやすく野手なら「対外試合でチーム年間通算200本塁打」、投手なら「球速140キロ超え」だ。

 野手について本塁打にこだわるのは「一番効率的だから」だ。「ノーアウトで走者が出て、1つずつ塁を進めても2アウト三塁までしかいかないわけです。そうすると、どこかで“1個またぎ”をしないといけません」

 その“1個またぎ”のための戦術は主に盗塁や好判断での進塁になるのが定石だ。だが、武田高校には平日の練習が50分しかできないという制約がある。もちろん走塁も「リードだけで5種類のサインがあります」と話すように教え込んではいるが、強豪校に対する大きな武器となるまで走塁練習ができる時間は無い。ならば本塁打を打てる能力、長打力を磨くことが最も効率的なのだ。そして何より本塁打は「面白いから」に尽きる。

「なんか“本塁打を打つな”みたいなワケわかんない理論が日本にはありますよね。そんなの全然おもんないじゃないですか。僕も足が速いから高校の時は“ショートゴロを打っとけばいい”って言われてショックだったので、その反動もあるかもしれません。本塁打は本人もチームもお客さんも親御さんも幸せにするのに、高校野球はなんと本塁打の少ないことか(笑)お金を払って観に来てもらっているというのもあるし、“どうせ(プロ注目エースの)谷岡だけでしょう”という世の中を驚かせようという気持ちもあります」

 昨秋の躍進の要因も「一番はバッティングだと思います」と話す。6試合49得点を奪い、準々決勝の広陵戦では4対6で敗れたもののプロ注目の最速148キロ右腕・河野佳を打ち崩すことはできた。

昨秋からレギュラーになったにもかかわらず既に高校通算26本塁打を放っている2年の小野祥嗣(筆者撮影/次回記事にて詳しく紹介)
昨秋からレギュラーになったにもかかわらず既に高校通算26本塁打を放っている2年の小野祥嗣(筆者撮影/次回記事にて詳しく紹介)

「日本式」とは異なる打撃スタイル

 打撃指導も基本的には「聞かれない限りは指導者から教えない」というもので構えも自由だ。その中で最低限のガイドラインは引き、いわゆる王道とは違った取り組みをしている。そのひとつが「荷重と加重」だ。読み方は同じ「かじゅう」だが意味は異なり、武田高校の打ち方は加重を大事にしている。

 荷重とは“機械や構造物の全体または部分に加わる力”という意味で、グーッと後ろで力を溜めて、それを前に持っていきボールにぶつけるイメージだ。日本人打者の多数派である打ち方であり、そのため北中米を中心としたムービングボール(打者の手元で動く変化球)を駆使する投手を苦手とする要因に捉えられている。

 一方で加重は“重さを加えて増すこと”で、打撃でいえば「股関節の伸展を使って地面の反力を生かす」もので、MLBで多数派の打ち方だ。これにより変化球についていくことができ、「うちの選手の本塁打は変化球の方が多いくらい」という状況になった。これまでのセオリーだと“(右打者の場合)変化球は後ろ足を引いてライト前に打てばいい→守備側はライトが前に守る”というものがあったが、その頭上を越すことができるようになれば、さらに長打も増える。

 また、その説明には岡嵜監督が作成した日米打者の比較動画を選手たちに送り、選手たちはそれをiPadを見て学んだり、自ら質問をしていくことで理解を深めている。

 一方で高校野球特有の「球速が遅い軟投派の左腕」にも「ハマらないような技や引き出しは教えています」と岡嵜監督は言う。そのひとつが前述の「リードだけで5種類のサインがある」というもので、例えば「一塁走者のリードでアウトコースのストレートを投げさせるリードの仕方」をする。

 このように相手のスタイルや一般的セオリーとされているものがあるからこそ、それに対応していくことがカウンターベースボールの真髄といえる。そしてそれは、現役時代に伝統校・広島商で「王道」を知り、アメリカでカルチャーショックを受けた岡嵜監督だからこそ生み出された考えだった。

ロングティーなど練習中はあらゆるフォームを撮影し課題や現状を見つめやすくしている(筆者撮影)
ロングティーなど練習中はあらゆるフォームを撮影し課題や現状を見つめやすくしている(筆者撮影)

「(3)ドラフト候補誕生」へ、つづく

(投手育成や自主練習で最も重要なことなどを紹介)

中学時代は軟式のクラブチームで2番手投手だったが、今では最速151キロを投じる谷岡楓太(筆者撮影/次回詳しく紹介)
中学時代は軟式のクラブチームで2番手投手だったが、今では最速151キロを投じる谷岡楓太(筆者撮影/次回詳しく紹介)

文・写真=高木遊