平日練習わずか50分「フィジカルとデータで高校野球に革命を起こす」山奥の進学校(1)理不尽より数値

東広島市の山あいにある武田高校。今秋県8強、151キロ右腕も誕生した(筆者撮影)

 大阪桐蔭の史上初となる2度目の春夏連覇、準優勝に躍進した金足農旋風に沸いた100回目の夏の甲子園(全国高校野球選手権)。年を越え、今夏には101回目を迎え、昨今のスポーツ界や教育現場で噴出する問題からも表れているように、高校野球もまさに新時代・新世紀に入っていく。

 そんな中、これまでの常識を打ち破ろうとする学校がある。それが山陽新幹線の東広島駅から車を走らせ20分弱の山奥にある私立武田高校。2015年秋から指揮を執る岡嵜(おかざき)雄介監督によれば「最寄りのバス停とコンビニまで徒歩40分」だという。

 1934年夏の甲子園(当時は全国中等学校優勝野球大会)を制した呉港高校と兄弟校(学校法人呉武田学園)にあたるが、武田高校には甲子園出場経験は無く、全国球界にはまったくもって無名の存在だ。

 だが、昨秋の広島大会で8強に躍進。準々決勝では春夏通算甲子園出場46度(うち優勝3回)の広陵を相手に4対6と善戦した。さらに驚きを与えたのはエースの2年生右腕・谷岡楓太が11月に最速151キロを計測。中学時代は軟式のクラブチームで2番手だった男が大台を超えた。

 そしてスポーツ推薦は1人もおらず、平日は夜間にも授業がある進学校のため練習時間はたったの50分しか取れない。

 その環境下でいかにして高校野球界に革命を起こそうとしているのか。異色のチーム作りを進める岡嵜監督に聞いた。

グラウンドは広いが他部との併用で内野ほどしか使えない日も多い(筆者撮影)
グラウンドは広いが他部との併用で内野ほどしか使えない日も多い(筆者撮影)

★バラバラだけど好き勝手ではない練習

 グラウンドに着くと選手たちが練習しているが、それぞれやっていることがバラバラだ。全体でのアップは無く、各自で体を温めてから必要な練習を行うのだという。

「やることは、だいたい3日前には決まっていて遅くても前日には決まっています。その中の細かいことはwebで共有しています」

 また36人の部員を4つのチームに分けた部内リーグのチームごとに色の異なる帽子を被っている。翌日の紅白戦の登板予定もすべてwebで発表済み。ICT推進校として生徒全員がi Padを持っているため、それを最大限に利用している。

 学校行事や授業の関係で集合時間がまちまちであることも多いが、あえて練習開始時間を分けている日もある。普段の練習から部内リーグのチームごとに動くことが多く、2チームが先に来て打撃練習をして、2チームはゆっくりと食事を済ませてからグラウンドにやってくることもある。「全員で・同じ場所で・同じ時間で・同じ練習をする」という高校野球の常識とは異なるいわば“フレックスタイム制”だ。

「みんながみんな同じことをする必要はないですからね。だからウチはみんなで足を揃えてランニングするアップも無いです。もっと言うと全体ノックもしませんよ(理由は後述)」

 誤解してはいけないのが、各自が好き勝手に練習しているわけではないということだ。例えば、部内リーグで勝つために先輩が後輩に教えることは自然なことで、その中でチームワークは自然と生まれる。自分の言葉で指導することで理解力が増し上達スピードも上がる。

 また各自が、練習メニューの一覧がすべて書き出されている練習コードと呼ばれる表の中から、行うメニューを組み合わせるのだが、ここでは指導陣と面談を進めながら決める。

「いきなり“好きにやっていいよ”と言われたら、たぶんできないと思います。そこで面談しながら“こういうことやった方がいいんじゃないか?”と伝えて、選手がコードを提出する形です」

 技術的なことは基本的に選手から聞いてこない限り言わないというが、上手い選手ほど聞いてくるという。特にプロ注目のエース・谷岡は「こう思うので今の僕の思いを聞いてください。違っていたら言ってください」と指導陣と上手にコミュニケーションを取るという。

「そういう選手が増えてきて欲しいですね。例えば将来会社に入っても、仕事をただやらされるんじゃなくて、“こういうことをやりたいから企画書を出す”とか、与えられた枠の中で何をやるのか? とか、そういうのが大事ですから」

練習メニューがすべて書き出された練習コード表(昨年度のもの/筆者撮影)
練習メニューがすべて書き出された練習コード表(昨年度のもの/筆者撮影)
経験豊富な高島誠トレーナー(Mac’s Trainer Room 代表)監修のもと、短い時間で科学的なトレー二ングをする選手たち(筆者撮影)
経験豊富な高島誠トレーナー(Mac’s Trainer Room 代表)監修のもと、短い時間で科学的なトレー二ングをする選手たち(筆者撮影)

★「理不尽ではなく数字に苦しめられる」

 前述したように全体ノックもまったく行わない。「来ると分かっているボール」を捕ることに時間を使うよりも、実戦を数多く行う。平日は50分しか練習ができないが、土日には時間が多く取れるため、そこでひたすら実戦を行う。その数は部内リーグと他校との練習試合を合わせて年間1人あたりなんと約100試合。最も重きを置いているのは「打席数」だ。

「昔は試合数にこだわっていたのですが、もっと個人を見て打席数にコミットしようと思いました。必要な打席数はスタッフ総出でメチャクチャ調べました。“アクーニャJr.(2018年ナ・リーグ新人王)はどれくらい?”とMLBのサイトとかを見たり、知り合いのトレーナーに聞いたりして。そしたら“3年間で1500打席、年間500打席だな”と。普通の高校1年間なら100打席くらいなので、うちは5倍打席に立っているということになります。冬の時点で500行っているので、春先には700くらい行く計算です」

 部内リーグはチームの愛称から『Zebrasリーグ』と呼ぶ。そこで綿密なデータ収集を行う。野球記録アプリのi Scoreで各自の投球や打球のデータや傾向を収集。

 また独自の評価項目で選手の“偏差値”を作る。例えば、「投手の初球ストライクは+0.5」「先頭打者出塁を許すと-2.0」「相手投手から牽制●球以上させたら+1.0」など多岐にわたる。

算出した様々な数値により選手を「印象」よりも具体的な「実像」で評価できる。選手たちにとっても武器と課題をはっきりと認識できる。「ウチは理不尽なこと(上下関係や長時間練習)には苦しめられませんが、数字には苦しめられるでしょうね」という言葉にも大いに納得できる。

また、その数値は「迫られるようなもの」ではなく、現在地と目標地点との距離を測ることができる有効なツールだ。現状を掴めることはもとより、例えば甲子園常連校やドラフト候補の選手たちの数値を算出し自らと比較できる。既にトレーニングメニューの記録や体重では明確な基準が示されている。

 選手たちの体つきを見ると、がっしりとした選手が多いが、科学的なバランスの取れた食事やトレーニングで作り上げられている。

「ウチは“フィジカルとデータで高校野球界をひっくり返す”という気持ちでやっています。だから(3合メシなど大量な食事を与えるような)ドカ食いも絶対させません。それでも今のチーム平均体重が74キロくらいですけど、トップ10は84キロくらい。大阪桐蔭さんがこの夏平均が77キロでトップ15でも82キロくらいでした。すでに県内では一番体が大きいですけど、もっと大きくしていきたいです」

 すべてが合理的に進められており、理不尽な要素や非科学的なことは取り除かれている。

「理不尽はスポーツの中に詰まっていると思うんです。例えばこれだけ練習しているのに、試合で打てなかったりするのは理不尽ですよね。そこを突き詰めていくだけで、わざわざ(何かをして)理不尽を教える必要は無いと思うんです」

 そう力を込める岡嵜監督。なぜそうした思考に至ったのかを、第2回では「カウンターベースボール」というキーワードとともに紐解いていく。

試合中に細かくデータを収集する(筆者撮影)
試合中に細かくデータを収集する(筆者撮影)
データ主任を務める井上遼副部長は野球未経験者だが「だいぶ詳しくなりました」と笑う(筆者撮影)
データ主任を務める井上遼副部長は野球未経験者だが「だいぶ詳しくなりました」と笑う(筆者撮影)
広島商OBの岡嵜監督。異色のチーム作りの原点は次回記事で詳しく紹介する(筆者撮影)
広島商OBの岡嵜監督。異色のチーム作りの原点は次回記事で詳しく紹介する(筆者撮影)

つづく

文・写真=高木遊