武蔵野大学で学費返還拒否騒動~謎の「上から目線」対応を追う
◆複数合格で悩む時期に
今年の大学入試も2月下旬となり、終わろうとしています。
受験生によっては複数校に合格し、どの大学に行くのか、色々と考えることでしょう。
それから、国公立大学が第一志望の受験生であれば、併願校の私立大学の入学手続きをどうするか、悩む時期でもあります。
特に、学費支出者たる保護者からすれば、「第一志望の国公立大学に行ってほしいけど、万が一、不合格なら併願の私立大学に手続しておいた方がいいかも。だけど、学費を納入した後に入学辞退をすると、学費の払い損になってしまう」と悩むかもしれません。
◆入学金以外は返還
2000年代以前は、併願校の「学費の払い損」問題は確かに存在しました。
多くの大学では入試要項などで「一度、納入された学納金は、いかなる理由であろうと返還しない」との記載があり、この記載を盾に、返還しないことが一般的だったのです。
しかし、2000年に消費者契約法が施行されます。その後の学納金返還訴訟では、原告の元受験生側の勝訴が相次ぎます。
そして、2006年11月27日には学納金返還訴訟の最高裁判決でも同様に原告の勝訴となりました。
その結果、3月31日までに入学辞退を申し出れば、入学金以外は返還することが定着します。
そのため、2024年現在では私立大学の併願校に入学手続きをして、その後に入学辞退をしても「学費の払い損」にはなりません。
入学金(20万円~30万円程度)については、確かに「払い損」となりますが、学費については大学所定の時期に返還されます。
◆分納制度を設ける大学も
学費は返還されるとしても、一時的には100万円前後を払い込むことになります。返還時期は4月以降となりますので、そのタイムラグが厳しい、と考える方もいるでしょう。
そうした方にお勧めしたいのが、分納制度です。つまり、入学手続き時に1年分の学費等を納入するのではなく、分割して納入する制度です。
この分納制度はほとんどの大学で導入されています。
文部科学省が定めた「令和6年度大学入学者選抜実施要項」の「第10 募集要項等 2 入学手続」(7~8ページ)にも次のように明記されています。
(2) 入学料を含む学生納付金について、「私立大学における入学者選抜の公正確保等について」(平成 14 年 10 月 1 日付け 14 文科高第 454 号文部科学事務次官通知)を踏まえ、その額の抑制に努めるとともに、独自の減免又は分割納入等の措置を積極的に講じるよう努めることとし、これらの措置の具体的内容を募集要項等に明記する。
(3) 入学料以外の学生納付金について、「私立大学の入学手続時における学生納付金の取扱いについて」(昭和 50 年9月1日付け文管振第 251 号文部省管理局長・文部省大学局長通知)の趣旨を踏まえ、合格発表後、短期間内に納入させるような取扱いは避ける。
※文部科学省「令和6年度大学入学者選抜実施要項」の「第10 募集要項等」「2 入学手続」(7~8ページ)より
◆入学辞退で学費が返還されない例外は「4月1日以降」と推薦入試
この項目では入学辞退した場合の学費返還についても明記されています。
(4) 入学辞退者に対する授業料、施設設備費等の学生納付金の返還申出期限については、「大学、短期大学、高等専門学校、専修学校及び各種学校の入学辞退者に対する授業料等の取扱いについて」(平成 18 年 12 月 28 日付け文科高第 536 号文部科学省高等教育局長・文部科学省生涯学習政策局長通知)の趣旨を踏まえ、以下の点について入学志願者に対し、例えば、あらかじめ募集要項、入学手続要項等に記述するなどにより、明確にする。
「1」:3月 31 日までに入学辞退の意思表示をした者(専願又は学校推薦型選抜(これに類する入学試験を含む。)に合格して大学等と在学契約を締結した受験者を除く。)については、原則として、受験者が納付した授業料等及び諸会費等の返還に応じる。
「2」:「1」にかかわらず、募集要項、入学手続要項等に、「入学式を無断欠席した場合には入学を辞退したものとみなす」、「入学式を無断欠席した場合には入学を取り消す」などと記述している場合には、入学式の日までに受験者が明示的に又は黙示的に在学契約を解除したときは、授業料等及び諸会費等の返還に応じる
※文部科学省「令和6年度大学入学者選抜実施要項」の「第10 募集要項等」「2 入学手続」(7~8ページ)より/「1」「2」は丸数字の記載(本稿では入稿ツール仕様により筆者判断で変更した)
要するに、「4月1日以降の辞退」「専願を明記した学校推薦選抜・総合型選抜など」、この2点に抵触する場合は入学辞退をしても学費等は返還されません。
前者については3月下旬には国公立大学・後期入試も私立大学入試もほぼ終了しています。
後者については、大学は専願、つまり、合格したら入学を必ずする、という前提での入試になります。
どちらも、授業料等を返還しないのは当然とも言えます。
逆に言えば、3月中の辞退、それも一般入試であれば、授業料等は返還されることになります。
◆武蔵野大学、補欠合格者に上から目線
私は2003年から現職(大学ジャーナリスト)として活動しています。この学納金返還訴訟も覚えています。ただ、2006年・最高裁判決が出た後は文部科学省の指導もあり、大学業界はほぼ足並みを揃えています。
そのため、入学辞退による学費返還については10年以上、トラブルとなった事例を聞いたことがありません。
ところが、2024年現在、入学辞退でトラブルになっている大学がありました。
それが武蔵野大学(東京都江東区)です。
同大は前身が武蔵野女子大学で西東京市にありました。仏教系の女子大であり、当初は文学部のみの単科大学でした。
それが2003年に現校名に改称し、2004年に共学化。学部を次々と新設していき、有明キャンパス(東京ビッグサイトの近く)に移転します。
現在は12学部を擁する総合大学であり、さらに、4月にはウェルビーイング学部を開設します。
難易度としては日東駒専クラスから大東亜帝国クラスの中間あたりに位置する、と言えます。学生集めは順調に行っている大規模校です。
この武蔵野大学が入学手続き後の辞退でトラブルになっていることが取材で判明しました。
共通テスト利用入試の補欠合格者に対して、メール並びに電話で補欠合格を連絡するのですが、その際の内容がこちら。
・入学手続きの期限は2月27日
・入学金・1学期授業料・教育充実費など(合計で100万円以上)を一括で納入すること
・入学手続きに関しては「専願」になる
・入学辞退及び入学手続き納入金の返還は一切できない
※筆者取材による
一般入試における共通テスト利用入試は、名称通り、共通テストの成績を私立大学の合否判定に利用する入試です。
国公立大学志望者からすれば、わざわざ私立大入試を受験しなくても共通テストの成績を提示するだけで済みます。そのため、この共通テスト利用入試は結果的には国公立大学志望者が併願をする入試と言っていいでしょう。
さて、武蔵野大学が補欠合格者に対して出した条件は上から目線と言いますか、色々とツッコミどころが満載です。
◆入試要項には「専願」の記載なし
まず、補欠合格者に対して「専願」とする点が実に不可解です。
学校推薦型選抜・総合型選抜ならまだしも、共通テスト利用入試は一般入試の一形態です。他大学を併願するのが前提ですし、そもそも、なぜ、補欠合格者だけ「専願」となるのでしょうか。
しかも、武蔵野大学の入試要項には「専願」とする旨の記載が一切ありません。
一括納入も同様です。入試要項には、分納制度となる2段階手続きの項目(53ページ)でわざわざ「国公立大学等他大学と併願しやすい制度です」と明記しています。
それがなぜ、補欠合格者だけ一括納入なのでしょうか?
◆「納入金は返還しない」も疑問
納入後の返還についても「一切できない」とのこと。
これは実は入試要項にも記載がありました。
一旦納入された入学手続時納入金は原則として返還できません。
※武蔵野大学入試要項53ページ
補欠合格者に対する「一切返還できない」と入試要項の「原則として返還できません」、どちらにしても、これは文部科学省「令和6年度大学入学者選抜実施要項」に抵触します。
◆高校教員は怒り心頭
このトラブルを目の当たりにした高校教員は「いまどき、学費返還で揉めるとは」とあきれる意見が相次ぎました。
20年前にほぼ決着のついた話が、まあまあ大きな大学でトラブルになるわけですから無理もありません。
東日本の公立高校・進路指導担当教員は、次のように説明してくれました。
「共通テスト利用入試の受験生は第一志望が国公立大学です。それを、国公立大学入試前を納入期限にして、しかも一方的に『専願』だの『辞退できない』だの、と言い張るのはあまりにも高圧的です。私が相談を受けた受験生のご家族も内心穏やかではない様子でした。他の私立大学でこうしたトラブルは聞いたことがなく、今後はこの大学は教え子に勧められません」
◆武蔵野大学側は取材に「記載の通り」
では、当の武蔵野大学側はどう見ているのか、大学入試センター事務課に電話取材しました。
担当職員は「補欠合格者に対しての取扱いはメール並びに電話で連絡した通り」「メール記載の内容通り」を繰り返していました。
そこで入試要項に専願との記載がない点を指摘すると、「そんなことは入試要項に書くべき内容ではない」。
手続き後の学費返還についても「メール記載の通りで返還はできない」。
おそらくですが、受験生や保護者からも似たような電話が多いのでしょう。「記載の通り」を繰り返すあたり、某国政治家を思わせる回答でした。
◆他大学は入試要項・サイトで丁寧に説明
補欠合格者に対して、できれば入学して欲しい、と考えるのは武蔵野大学だけではありません。どの大学でも同じです。
しかし、他大学は入試要項やサイトで入学辞退と学費返還について丁寧に説明しています。
●帝京大学
納入金の手続き完了後に、入学辞退を希望し、インターネット出願サイトより2024年 3 月31日(日)12時00分までに入学辞退手続の登録をした場合には、入学金を除く金額を返還します。なお、辞退登録後の変更は一切受け付けません。詳細については、「オンライン入学手続手順書」または新入生向けサイトに掲載の「入学案内書類」を参照してください。
●大東文化大学
本学で合格した入試の入学手続期間最終日翌日から3月31日までの場合に限り、本学へ入学手続完了後、他大学へ進学などの理由で、本学へ入学されない場合、所定の手続により入学金を除く納入金の返還を行います。
学費返還を希望される方は、入学手続ページにて入学辞退申請をしてください。
詳細につきましては「入学手続要項」に掲載します。
学費返還手続申請期間
各入試の入学手続最終日の翌日〜2024年3月31日(日)
申込期間最終日までに入学センターにおいて辞退申請が確認できたものに限ります。
返還方法
返還金は、辞退手続時に入力された返還金振込先金融機関に振込みます。
銀行振込以外の方法での返還はできません。
返還予定日
2024年4月22日(月)
大学により、3月31日の受付終了時間、大学サイト上か郵送か、など違いはありませんが、基本的な内容は同じです。
中には目白大学のように、わざわざ、最高裁判決と文部科学省の通知の概要を記載するところも。
だからこそ、武蔵野大学の「返還しない」がより一層、異様に見えてしまいます。
◆文部科学省は「実施要項に明記している」
それでは、文部科学省はどう見ているのか、担当の高等教育局大学教育・入試課大学入試室に取材しました。
「専願」というキーワードが引っ掛かったのか、「ええと、学校推薦型選抜の話ですか?」と最初は訝しがっていました。
説明すると、理解してくれ、「入学辞退と学費返還については、『令和6年度大学入学者選抜実施要項』に明記しています。これは補欠合格者に対しても同様です」。
武蔵野大学の対応については「電話だけでは何とも言えないが、ご指摘の通り、おかしいと言わざるを得ない」とのことでした。
◆専門家は「返還されるべき」「乱暴」
それでは、専門家はどのように見ているのでしょうか。
入学金辞退問題で前納金返還訴訟の東京弁護団の事務局長だった塩谷崇之弁護士(真和総合法律事務所)は取材に対して次のように話しました。
「専願なら合格させる、という条件を大学側は付けることができる。ただし、補欠合格であっても手続き後の辞退は入学金以外を返還されるべきではないか」
奨学金アドバイザーで『もらえる!借りる!奨学金の完全活用ガイド』著者の久米忠史さんは「そんなトラブル、ここ20年聞いたことがない」と首をかしげます。
「最近の大学は延納・分納を認めるなど、受験生側に寄り添う姿勢を見せるところがほとんど。前納金訴訟のあった20年、30年前ならまだしも、補欠合格者に対して『専願』と言い出すのはかなり乱暴だ」
武蔵野大学の補欠合格者に示した学費納入などの方針は適切とは言えません。
「専願」というキーワードの使い方も間違えていますし、学費返還についても同様です。
文部科学省の方針に反する内容ですし、受験生と保護者を愚弄しているとすら言えます。
武蔵野大学は4月にウェルビーイング学部を開設します。心理学・環境学・イノベーション学などを包括した学部です。
ウェルビーイングとは文部科学省資料によりますと、「自分の生きる道だけではなく、家族や友人、自分の住む街・国が、どのようにすれば『良い状態』でいられるのかについて考えること」とのこと。
なかなか、素晴らしい概念ですが、その概念を冠する学部を開設する武蔵野大学が、補欠合格者への対応がウェルビーイングの概念に合致するのか、見直すべきではないでしょうか。
以下、追記(2024年2月27日17時)
入試要項の54ページには入学辞退の項目があり、そこに入学金以外の入学手続き時納入金の返還方法や時期についての記載があります。
Yahoo!ニュースエキスパート編集部からの指摘がありましたので加筆します。
ただし、本文記載のように53ページ記載の「入学手続き時納入金は原則として返還しません」の文言とは矛盾しますし、不親切と言わざるを得ません。