【速報】異例の控訴取り下げで判決確定 女子大生死亡の「ながらスマホ事故」 遺族のやりきれぬ思い
取材中の交通死亡事故で、異例の出来事が起こりました。
昨年12月、神戸地方裁判所で下された民事裁判の一審判決、その内容を「不服」として、大阪高裁に控訴していた被告(加害者)側が、4月24日、突然、「控訴の取り下げ」を行い、一審判決が確定したというのです。
本件事故については、4月12日に「Yahoo!ニュース個人」で以下の記事を発信したところでした。
交通事故で命奪われた娘は、亡き妻の忘れ形見… 「ながらスマホ」で信号無視がなぜ過失なのか(柳原三佳/2023.4.12)
原告(遺族)側の代理人である中村友彦弁護士は語ります。
「4月24日、裁判所から私が不在のときに『控訴が取り下げられました』という連絡が入りました。翌日、半信半疑で裁判所に確認したところ、『控訴取り下げで一審判決確定です』と言われ、大変驚きました。控訴を取り下げるなど、普通は考えられないことです」
被告側が大阪高裁に控訴状を提出したのは今年1月11日のこと。それから約4か月の間には、一審判決を不服とする理由が連ねられた準備書面も出されていました。それなのにこの裁判は、原告側に一切の説明がないまま、突然、終わったのです。
■「ながらスマホ」の大型トラックが信号無視で起こした重大事故
事故は2020年11月19日、兵庫県尼崎市武庫川町の国道43号交差点で発生しました。大型トラックのドライバーが片手でスマホを持ち、同僚と会話しながら運転中、信号無視をして交差点に進入。青の矢印信号で交差点を右折中だった対向のタクシーに衝突したのです。
タクシーは下の写真のように大破し、後部座席に乗っていた大学生の重田玲菜さん(22)が死亡、タクシー運転手(当時57)が重傷を負いました。
玲菜さんの遺族は、いわゆる「ながらスマホ」で起こったこの重大事故を、「危険運転致死傷罪」で起訴すべきだと強く訴えていました。しかし、加害者は結果的に「過失運転致死傷罪」で起訴され、2021年11月、禁錮3年6月の判決が下されたのです。
4月12日に発信した上記記事は、主に事故の概要と刑事裁判の内容を伝えるものでしたが、その最後には、遺族が起こしていた民事裁判(2022年3月提訴)について、以下の情報も書き加えていました。記事から一部抜粋します。
<一方、民事裁判は、2022年12月26日に一審判決がありました。裁判所は遺族側の主張どおり、大学卒業直前に亡くなった玲菜さんの逸失利益を、進学が予定されていた大学院卒業前提に算出し、これを認めました。しかし、被告(加害者)側は不相当として控訴してきたといいます。(中略)
加害者側は、何の落ち度もない玲菜さんの「逸失利益」の減額を主張してきています。大学卒業と大学院進学を目前に一方的に命を奪われた被害者の将来の可能性は、果たしてどう評価され、算出されるべきなのか……。民事裁判控訴審の1回目は、5月9日10時40分から大阪高裁にて開かれる予定です。>
4月12日の記事にも書きましたが、玲菜さんの母親は玲菜さんを出産したときに大量出血し、2週間後、一度も意識を回復することなく亡くなりました。
玲菜さんは、「自分のように親のいない子の力になりたい」という強い思いから、臨床心理士の資格を取り、児童養護施設で心理職員として仕事をすることを夢見ていました。そのためには大学院への進学が必要だったのです。
本件の一審判決は、大学院に進学する明確な意思を持ち、具体的な準備を進めながら、大学卒業を目前にして亡くなった玲菜さんの逸失利益を、大学院卒の賃金センサス(*労働者の性別、年齢及び学歴等をもとにその平均収入をまとめたもの)をベースに算出するという画期的な内容でした(2022.12.26/神戸地裁・炭村啓裁判官)。
それに対し、被告側(*実質的には被告側の任意保険会社)は、大学院卒の賃金センサスで算出すべきではないと反論して控訴。玲菜さんの遺族はそうした主張に心を痛めながらも、これからさらに裁判に時間がかかることを覚悟していました。ところが、被告自ら控訴を取り下げたことでこの裁判は終結し、判決は確定したのです。
ちなみに、被告側は控訴の際、高裁に20万5500円の印紙代を支払っています。
玲菜さんの将来への夢と大学院進学を前提とした逸失利益を認めた神戸地裁の判決が、今後の交通事故裁判にどのような影響を与えるのか……。それについては後日、改めて取り上げたいと思いますが、まずは、5月9日に予定されていた高裁の期日が急遽中止となったことをお伝えするとともに、今回の異例ともいえる事態を受け、本件裁判の原告である玲菜さんのご遺族からコメントが届きましたので紹介したいと思います。
■玲菜さんの父・重田直樹さんより
今回、民事裁判での争点は、玲菜が本当に大学院に行っていたか、という点でした。大学の先生方にはそれを立証するための書類等出していただき、大変お世話になりました。
今回の結果は色々な方のご協力があってのことだと思っています。家族一同感謝申し上げます。今後、同様の民事裁判が行われるだろうと思います。今回の玲菜の判例が活かされますことを心から願いたいと思っています。
ただひとつ、この記事を見てくださっている方に聞きたいことがあります。加害者が勤めていた運送会社の代表取締役社長からはいまだに謝罪がありません。判決は確定しましたが、これでよいのでしょうか……。私にはそれが理解できないのです。
■玲菜さんの姉・和泉優樹さんより
今回のことについてはうまく言葉にすることが出来ないです。弁護士先生には「異例」と言われましたが、取り下げるなら、初めから控訴してきて欲しくなかった……。私からすれば玲菜が帰ってくる以外、許せることではありません。
玲菜を奪われた私たちは、刑事裁判、民事裁判の中で、目を背けたいこと、受け入れたくない現実と日々向き合ってきました。そんな辛い日々の中、さらに玲菜が歩んでいこうとしていた未来を奪われたくない……、そう思いながらずっと闘ってきました。
今回の裁判では、玲菜がしたかった未来は認められ、奪われずに済みました。この判例によって、今後、同じ苦しみを味わうかもしれない方たちの救いになることを願います。
ただ、私としては、ながらスマホ、そして信号無視でこのような重大事故を起こしたら「危険運転」になるという刑事裁判の判例が欲しかったです。そうしたら同じ苦しみを味わう人が少しでも減るかもしれない。少しでも遺族に寄り添ってくれる判決にも繋がるかもしれない。まだまだながらスマホは減ってはいません。
最後に運送会社の社長には私の言葉で言わせてください。どういう流れで控訴を取り下げたかは知りませんが、私は「逃げた」のだと思っています。判決が確定しても、控訴を取り下げた理由もいっさい分からず、直接の謝罪どころか、今も連絡ひとつありません。これが全てなのだと……。
私のこの感情は言葉にできませんが、この先もTwitter、インスタ等で、この現実を伝え続けようと思います。でないと事故は減りません。危険運転で大事故を起こしても、「逃げれるんや」なんて思って欲しくない。刑務所に行けばそれで終わりではないのです。
■玲菜さんの叔母で育ての親・藤澤かおりさんより
今回、被告側が控訴を取り下げてきたと聞き驚いております。玲菜の未来を裁判で踏み躙られそうになり、認められたのか、何なのかよくわかりません。と同時に、色んなことが走馬灯の様に思い出されました。玲菜が生れたとき病院の待合室で母親の回復を待っていたときのこと、母親が亡くなってから、まだ4歳だった姉の優樹と赤ちゃんだった玲菜を家族みんなで必死に育てたこと、たくさんたくさん色んなことがありました。
玲菜は人に優しい子でした。自分に母親がいないことで可哀想な子と思われたくない、上手く友だちに自分のことを話すことが出来ないと言っていました。素直で、甘えることが下手で、捻じ曲がったことが嫌いで、おじいちゃんおばあちゃんにはとても優しく、私にも思いやりのある大切な娘でした。私は叔母ですが私にとって2人とも娘です。
玲菜の通夜、葬儀にも社長は列席せず、面と向かっての謝罪はありませんでした。刑事裁判にも民事裁判にも、被告側の会社の人は誰も来ませんでした。非常勤の社長だから、常務に全て任せてるから? ただただ悔しいしかありません。
トラックでの死亡事故、ながら運転での事故はなくなりません。どうか、ハンドルを握るときは「ながら運転」をしないように会社で厳しく徹底していただきたいです。そして、ながら運転、スピード違反、信号無視が「過失」ではなく、危険運転致死傷罪に当てはまるように法律を変え、私たちと同じ思いをする人が出ない世の中になるよう、切に願っています。
■玲菜さんの祖父母・重田強さん・加奈枝さんより
令和2年11月19日朝、私達の生活が一変しました。無謀なトラックの運転による事故で、可愛い孫が亡くなりました。家族で頑張って一日一日を過ごして、裁判の度に辛く苦しい思いをしながら生活してきました。突然、控訴を取り下るとの連絡が来たとき、ああ、終わったんだという喜びよりも、亡くなった玲菜はもう帰って来ないのだと思うと、辛く悲しい気持ちでいっぱいです。
加害者は3年6ヶ月の刑を終えて家に帰れば家族もおり、普通の生活が待っている…。でも、私の孫はもう一生帰って来ない……。
そして、こんな大きな事故をした会社の社長は一度も顔を見せません。事故を起こした運転手は退職させ、会社とは一切関係はないと思っているのでしょうか。
いつもニコニコ笑っている孫の顔が見られないこの辛さは分からないでしょう。
私達の気持ちは、お金ではなく孫の玲菜に会いたいのです。玲菜のぬくもりも顔も見られないことが悔しく、遺影の前で泣きながら毎日を過ごしています。
交通事故はどれほど多くの人の心に深い悲しみと傷を遺すのか……。
そして、被害者遺族が真に望む償いとは何なのか。
玲菜さんのご遺族からのメッセージは、そのことを突き付けます。
現時点で、控訴取り下げの理由は原告側にいっさい伝えられていません。
改めて続報をお伝えできればと思います。