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【福岡・小郡】「保護猫を飼育するのが入居の条件」という保護猫共生賃貸アパート

西松宏フリーランスライター/写真家/児童書作家
オーナーの三原将丈さん(左)、美沙樹さん(右)夫婦(筆者撮影)

「最低1匹は保護猫を飼育するのが入居の必須条件」という単身女性専用のアパートが福岡県小郡市にある。単なる「猫飼育可」ではなく「保護猫飼育必須」という、これまでにないコンセプトのアパートだ。そこには「人と幸せに暮らす猫を増やしたい」というオーナー夫婦の熱い思いがあった。

猫との快適な暮らしにこだわり、”キャットファースト”な室内

福岡市の繁華街・福岡天神から電車で34分。保護猫共生賃貸アパート「necotto(ネコット)」は、最寄り駅の西鉄大保駅から徒歩1分の場所にある。5月下旬、オーナーの三原将丈(まさたけ)さん(50)、妻の美沙樹さん(48)ご夫婦を訪ねると、5匹の飼い猫とともに笑顔で出迎えてくれた。

福岡・天神から電車で34分、駅から徒歩1分の好立地。オートドアロック、防犯カメラと、女性に安心なセキュリティも充実(筆者撮影)
福岡・天神から電車で34分、駅から徒歩1分の好立地。オートドアロック、防犯カメラと、女性に安心なセキュリティも充実(筆者撮影)

同アパート(全7室)は、将丈さんの祖父がかつて鮮魚店を営んでいた築40年以上の木造貸店舗を建て替え、2018年7月に完成した。三原さん夫婦が住む1部屋を除き、賃貸は6室で、間取りはいずれも1LDK。家賃は共益費込みで月5万円〜5万8千円だ。7月1日現在、3室が入居。いずれの単身女性も、1〜2匹の保護猫と一緒に暮らしている。

猫とともに快適な暮らしができるよう、防音、消臭はもちろん、すべての部屋に猫が動き回ることのできるキャットステップ&ウォーク、各部屋の間を自由に行き来できる猫専用ドアがあるほか、逃走防止のため、玄関は二重ドア設計、窓には金属製網戸が設置されている。

とある一室を見せてもらった。細部に至るまで、猫のための設備が充実した「キャットファースト」なつくりになっている(筆者撮影)
とある一室を見せてもらった。細部に至るまで、猫のための設備が充実した「キャットファースト」なつくりになっている(筆者撮影)
キャットステップ&ウォークの一部には透明の強化アクリル板が用いられ、下から肉球を仰ぎ見ることもできる(筆者撮影)
キャットステップ&ウォークの一部には透明の強化アクリル板が用いられ、下から肉球を仰ぎ見ることもできる(筆者撮影)
猫トイレが設置できるよう、あえてシンプルな洗面台を採用(筆者撮影)
猫トイレが設置できるよう、あえてシンプルな洗面台を採用(筆者撮影)
猫にスプレーされないよう、コンセントは床から50センチ上に設置(筆者撮影)
猫にスプレーされないよう、コンセントは床から50センチ上に設置(筆者撮影)

「私たちは『保護猫』のことを、『ペットショップやブリーダーなどから購入した猫ではない、野良猫、捨て猫、迷い猫、貰い猫など、そのままにしておいたら殺処分される恐れがある全ての猫のこと』と定義しています。完全室内飼いで、1室での飼育は原則最大3匹まで。1匹でも保護猫がいればOKです。入居時に、私たちが保護猫団体を紹介することもできますし、すでに飼っている保護猫と一緒に入居して頂くのも歓迎です。猫の終生飼養に責任を持ち、健康や安全管理に努めていただくことをお約束いただいています」(将丈さん)

アパート内では、夫婦が率先して入居者同士の交流会を催すといったことはない。プライバシーを重視し、過度な干渉はしないという。「たとえば猫付きシェアハウスのように、入居者同士が互いに濃密に付き合って猫を世話するというのも一つの方法ですが、ここではそうではなく、健康ケア、去勢避妊、病気、留守にするときなど、猫の飼育で何か困ったことがあったらいつでも僕たちが相談にのりますし、サポートできますよ、だから安心して暮らしてください、というスタンスなんです」と将丈さんは話す。

「保護猫共生賃貸アパート」という発想が生まれた経緯

三原さん夫婦は、ともに幼いころから大の猫好き。結婚前、将丈さんはシロ(オス、享年推定14歳)、クロ(メス、推定13歳)、チャタロウ(オス、推定11歳)の3匹を、美沙樹さんはテプン(オス、推定9歳)という猫を飼っていた。将丈さんの3匹はいずれも自身が近くの公園などで保護した猫たち。美沙樹さんの猫も動物愛護センターのホームページで里親募集をしていた子だ。将丈さんがSNSに猫の写真をあげていたのがきっかけで2人は知り合い、意気投合。2012年に結婚した。

2人の縁を繋いでくれたのも保護猫たちだった(筆者撮影)
2人の縁を繋いでくれたのも保護猫たちだった(筆者撮影)

祖父の代から続く老朽化した貸店舗を建て替え、賃貸アパート経営をしよう、という話になったとき、将丈さんは「やるからには、自分たちがやりたいこと、好きなことを織り込んだ、特色のある物件にしたい」と考えた。

「その前に『猫を助ける仕事』(光文社新書)という本を読んで感銘を受けていたこともあり、身近な場所で捨てられたり路頭に迷ったりしている不幸な猫の命を一匹でも救えるような何かが、アパートでできないかなと」(将丈さん)

意見を聞こうと、2人が福岡県内の保護猫団体を訪ねると、単身者が猫を譲渡してもらうのは難しいという現実があることを知る。「団体の方いわく『単身者や高齢者が猫の譲渡を希望する場合は断ることが多い。結婚や死別など環境の変化で飼い続けられなくなる場合があるため』とのことでした。それを知って、とはいえ『私は猫を一生幸せにする』との覚悟を持っている単身者だって大勢いるだろう。なのに譲ってもらえないなら、そういう人たちに対して僕らが力になれないか。保護猫を大切に飼うことを入居の条件にした、単身女性向けアパートはどうだろう…と思いついたんです」(将丈さん)。

将丈さんが調べてみると、15年当時、猫が飼える物件は小郡市内に1棟しかなく、猫飼育可物件自体、非常に少ないのが現状だったという。「『保護猫共生賃貸』というコンセプトは新しく、僕たちがそれをすべきだと感じたのが正直なところです。残りの人生を賭けてみる価値があると思いました」(同)。夫の決断に、美沙樹さんも快諾してくれた。

シロが残してくれたこと

16年1月、アパートの建築を着工。当初はその年の12月に完成する予定だった。しかし、工事はスムーズにいかず、実際は竣工までに約3年を要した。

「最も苦労したのは、僕らが考えている猫の設備の細部が、工事関係者になかなか伝わらなかったこと。キャットファーストな部屋といっても、つくったことがないからよくわからないんですよ。たとえば、壁のステップは猫があがりやすい角度、幅でとお願いしたにもかかわらず、実際にはきちんとでき上がっていなかったり、洗面所の下に猫のトイレを置くといっているのに、水道のパイプが邪魔で置けなくなっていたり…。そのたびに僕たちの考えを説明し、業者さんに理解してもらう必要がありました」(美沙樹さん)

さらに、同年4月に熊本地震が起きた。作業予定だった業者が来られなくなり、工期が大幅に遅れることになった。

こちらの思いが伝わらないもどかしさ、度重なる遅延、資金繰りへの不安…。工事関係者と夫婦との間には、ピリピリとしたムードが漂うこともよくあったという。そんなとき、場を和ませてくれたのが、前述のシロだ。左右の瞳の色が違うオッドアイの美しい白猫。02年春、近くの運動公園の電話ボックスの中で鳴いているところを、将丈さんが救った子だ。

生前のシロ。右目が青、左目が黄色で、「幸運を招く」といわれるオッドアイの人なつこい白猫だった(将丈さん提供)
生前のシロ。右目が青、左目が黄色で、「幸運を招く」といわれるオッドアイの人なつこい白猫だった(将丈さん提供)

「シロは人間が大好きで、設計士さんや業者さんが打ち合わせにやってくると、トコトコとやってきては彼らの膝の上にちょこんと乗るんです。それで緊張していた場が和んだことが何度もありました。僕たちがいかに猫のことを考えたアパートをつくろうとしているか、シロは身をもって示してくれたんです。シロがいてくれたおかげで、僕たちのことを応援してくれる関係者も増えました。もしシロがいなかったら、僕たちの情熱もうまく伝わらず、設備も中途半端なものになっていたかもしれません」(将丈さん)

そんなシロが急死したのは、当初の計画では完成予定だった16年12月のことだった。

「その日は妻の両親の誕生日祝いのため、夕方から2人で食事に出かけました。家を出るときにご飯をあげて、まだ食べたがるので、『いまあげたでしょ。帰ってきたらまたあげるからね』と言ったのが最後の別れとなってしまいました。戻ってきたら亡くなっていたんです。家をあけたのはほんの4時間ほど。病気だったわけでもなく、いつもどおりの様子だったのに、一体何があったのか…今だにわからないんです。僕も妻もただただ号泣しました…」(将丈さん)

美沙樹さんも、シロのことを思い出すと今も涙ぐむ。「もしあの日、私たちが外出なんてしなければ、シロの体調の異変にすぐ気づくことができたんじゃないか、命を救えたんじゃないか、それより前から、私たちがもっとシロにしてあげるべきことがあったんじゃないかって…。夫も私も自分自身を責めました」

最期に一緒にいて看取ってあげられなかったこと、もっとこうすべきだったという後悔…。建設時に大事な役割を果たしたシロの死は、「この保護猫共生アパートの経営を成功させ、人と幸せに暮らす猫を増やしたい」という夫婦の思いを、より深める出来事となった。

「猫のために、今の自分ができることをする」ことから

困難や悲しみを乗り越え、18年7月に「necotto」はようやく完成した。ちなみに「necotto」とは、「猫」と「ココット」(鍋)を合わせた造語。「鍋の中のように温かく猫とともに暮らせるように」との願いが込められている。

各部屋のルームプレートにも猫がデザインされている(筆者撮影)
各部屋のルームプレートにも猫がデザインされている(筆者撮影)

夫婦の猫は、前述のクロ、チャタロウ、テプンに、4年前近所のコンビニ前で鳴いているところを美沙樹さんが保護したシャム系のモカ(オス、推定4歳)、それに、黒猫のうるし(オス 推定2歳)が加わり、全部で5匹になった。

「これまで不思議とピンチになると助けてくれる人に出会ったり、思いがけないチャンスに恵まれたりしてきました。僕たちはそうした幸運を『猫の神様のおかげ』と呼んでいます(笑)」(将丈さん)(筆者撮影)
「これまで不思議とピンチになると助けてくれる人に出会ったり、思いがけないチャンスに恵まれたりしてきました。僕たちはそうした幸運を『猫の神様のおかげ』と呼んでいます(笑)」(将丈さん)(筆者撮影)

現在、入居している女性の中には、夫婦が紹介した保護猫団体から「necottoに住んでいるなら安心だから」と猫を譲渡してもらった単身女性もいる。「僕たちが目指していることが、少しずつ形になってきているのが非常に嬉しいです。保護猫を飼うという条件が付いていてもちゃんと入居者がいて、経営は成り立つということを証明し、ここがそのモデルケースになれたら」と将丈さんは意気込む。

美沙樹さんもこれまでをこう振り返る。「不幸な猫を一匹でも減らしたい。目の前にいる子をまずは助けたい。そんな気持ちから、自分たちができることは何かを考えた結果、私たちの場合はこういう形態のアパート経営に行き着きました。決してたくさんの猫を救えるわけではありませんが、ここがモデルケースになってこうしたアパートが増えていったとしたら、最初は1匹からでも、いずれは何百匹になるかもしれません」

そして、こう続けた。「ワンクリック募金でも、地域猫活動でも、ミルクボランティアでもなんでもいいと思うんです。猫のために、無理のない範囲で今の自分ができることをする。それが大事だと思います。一人ひとりのそうした意識や行動が積み重なって広がっていけば、何かが変わっていくと思うんですよ」

フリーランスライター/写真家/児童書作家

1966年生まれ。関西大学社会学部卒業。1995年阪神淡路大震災を機にフリーランスライターになる。週刊誌やスポーツ紙などで日々のニュースやまちの話題など幅広いジャンルを取材する一方、「人と動物の絆を伝える」がライフワークテーマの一つ。主な著書(児童書ノンフィクション)は「犬のおまわりさんボギー ボクは、日本初の”警察広報犬”」、「猫のたま駅長 ローカル線を救った町の物語」、「備中松山城 猫城主さんじゅーろー」(いずれもハート出版)、「こまり顔の看板猫!ハチの物語」(集英社)など。現在は兵庫と福岡を拠点に活動。神戸新聞社まいどなニュースで「うちの福招きねこ〜西日本編」連載中。

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