スマホ生活で変わる若年層のプライバシー感
高校生は半数がスマホ持ち、その環境下で生じる個人情報公開への認識
内閣府が発表した「青少年のインターネット利用環境に関する実態調査」によれば、小学生では2%程度だが中学生では13%、高校生ではすでに5割以上がスマートフォンを(自分専用・家族共用も合わせ)保有し、利用している(小中高校生の携帯電話保有状況をグラフ化してみる(2012年度・青少年のインターネット利用環境実態調査版))。
一般携帯電話(フィーチャーフォン)と比べて多機能のスマートフォンを用いたコミュニケーションは、当然文字だけでなく写真や動画、位置情報など多彩な情報のやり取りが可能となり、やり取りもより楽しく、熱中したものとなる。一方で、それらの情報の多くは、個人的な情報(いわゆるプライバシーの範ちゅう、プライベートな情報)であることが多い。
それらプライベートな情報の提供・公開に関して、以前はスマートフォンを使っていなかったものの、利用し始めて以降、抵抗感はどのような変化を示したか。あるいは変化は無かったのか。それを属性別に尋ねた結果が次のグラフ。なお「プライベート情報」とは、顔写真や現在位置などの情報として定義している。当然スマートフォンユーザー限定での結果。
概して若年層ほど、スマートフォンの利用を経てプライベート情報の公開に対する抵抗感が薄れている。特に10代では「抵抗感が無くなった人」は15.5%と20代以降の2倍以上、「やや抵抗感が無くなった人」も26.4%と20代の6割増し・30代の2倍以上に達している。
若年層でプライベート情報に対する抵抗感が無くなった・薄れる傾向が強いのは、一つに個人情報保護に関する啓蒙が不十分で危険性を把握しておらず、リスクに対する恐れが少ないこと。一つは会社や自分が支える家族など社会的に背負っているもの、ブレーキをかける要素が少ないこと。
そしてもう一つは幼いころからインターネットの世界そのものに慣れ、ある程度の個人情報の提供・公開は当たり前だと思っていること(いわゆる「いつものこと」)が挙げられる。さらに、そして恐らくはこれが一番の原因なのだろうが、世界につながるインターネットが、リアルな接触と同様、自分の知り合い同士の間でのみ情報をやりとりしているという誤認があるものと考えられる。要はトランシーバーや糸電話でのやり取りと同じ感覚という次第である(例えばツイッターで高校生と思われるアカウントのツイートを読めば、その実態がよく分かるはずだ)。
「身内のみ、限定された意志疎通」との誤認と、自己顕示欲と
ツイッターやFacebookなどのソーシャルメディアで、若年層を中心に、往々にしてプライベート上でのやり取りのような雑談がワールドワイドなオープンの場で語られ、それこそ仲間内だけのおふざけやお遊びのような悪ふざけ・イタズラが公開され、大騒ぎとなる事例がしばしば見受けられる。これも結局は「プライベート情報の公開への慣れ」と「リアルで限定した間柄のやり取りと、ネット上でのやり取りを誤認している」のが起因と考えれば、道理は通る。
昨今小売店で冷蔵ケースや食材を用いた悪業の写真公開による「事件」が起き、(行動そのものが罰せられるべき内容なのはもちろんだが、それとは別に半ば面白おかしく)社会的事件として報じられている。これも「身内のみでのノリで世界に情報を配信してしまう」という、プライベートな情報を公開することへの抵抗感の薄れから生じた、間違った認識から来るもの。だからこそ彼らには罪の意識は薄い。「仲間内の悪ふざけに過ぎない」という考えがある。むしろ「友達同士の戯れで、ここまでバッシングされるいわれはない」との反発心の方が大きいかもしれない。
それと同時に彼ら・彼女らは「子役タレント」の事例にもある通り、極めて強い「とにかく目立ちたい」という子供ながらの自己顕示欲、アイドル志向を持つ。目立ちたいという願望のみが先行し、行動の問題性・ペナルティの大きさまでには頭が回らない(何しろ背負っているものが少なく、ネット情報に対するリスクへの啓蒙も不十分なのだから)。まるで自動車教習も受けず、免許も持たずに自動車を運転しているようなものだ。それらの要素が加わったとすれば、「なぜそのようなことが起きるのか」という説明が出来てしまう。
一連の問題に関する報道も、かの世代にとっては多分に「新たな英雄誕生」をアピールしているようにしか見えない可能性が多分にある。そして連鎖反応のトリガーとなる。報道サイドとしては事象そのものを煽るような手法は厳に慎むと共に、行為者がどのようなペナルティを受けたか、行為そのものがどれ程のリスクを持ちうるのかも、啓蒙の意味も合わせ、伝える責務がある。