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「残業代ゼロ」法案に関する日経新聞のトンチンカンな記事について

佐々木亮弁護士・日本労働弁護団幹事長
(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

連合の「容認」やら「撤回」やらで動きが激しかった2週間

 残業代ゼロ法案をめぐって連合が「条件付賛成」に転じたと報道されたり、その後、その方針を「撤回」したと報道されたりと、この2週間ほど目まぐるしく動きがありました。

連合、批判から一転容認 「残業代ゼロ」修正を条件に

「残業代ゼロ」容認撤回、連合が決定 中執委で会長陳謝

 連合の公式見解では、条件を出してはいるものの残業代ゼロ法案への反対は変わらないとの説明がなされていましたが、一般的に言って、条件を出した場合、相手がその条件を飲めば賛成するのが普通なため、ああした報道になるのは当然です。

 むしろ、連合の態度が非常に分かりにくい態度だったことは、動かしようのない事実だと思います。

 とはいえ、いろいろありましたが、最終的に、連合が「条件」に関して政労使合意をするという方針を撤回したことで、一連の「騒動」は一件落着となりました。

どうしても残業代ゼロ制度を通したい日本経済新聞

 そんな中、日本経済新聞は、連合の残業代ゼロ法案の「容認」姿勢を後押ししようと必死でした。

「脱時間給」で綱引き 生産性向上に期待、長時間労働には懸念

 しかし、連合が方針を変えたので、逆ギレしたのか、水野裕司編集委員の署名記事で、次の記事が掲載されました。

誰のための連合か 「脱時間給」容認撤回

 これが、また、上から目線の記事の割には、法案への理解が不足しており、極めてトンチンカンな内容なので、解説しておこうと思います。

法案に書いてないことを前提に自論を展開

 まず、同記事では 

連合は本当に働く人のための組織なのか。「脱時間給」制度の創設を一度は容認しながら撤回した連合の姿勢から抱くのは、そんな疑問だ。

と記載して、いきなり不満をぶちまけます。

 まぁ、残業代ゼロ法案を成立させたい日経新聞の立場的に腹が立つのは仕方ないとしましょう。

 問題は、次です。

労働時間ではなく成果に対して賃金を払う脱時間給は、働いた時間では成果が測れないホワイトカラーが増えてきた社会の変化に即したものだ。

 出ました。脱時間給。

 日経新聞は、「脱時間給」という独特の表現で残業代ゼロ法案を表します。

 ただ問題は「脱時間給」という用語ではなく、「労働時間ではなく成果に対して賃金を払う」としているところです。

 何度も指摘していますが、今回、残業代ゼロ法案と呼ばれている労基法改正案は、賃金制度を決める法案ではありません。

 法案の条文を一個一個見ても、そんな内容は入っていません

 くどいようですが、この法案には、賃金制度をああしろ、こうしろという内容は、一切含まれていません

 いいですか。何度でも言いますよ。日経新聞の中の人、聞こえていますか?

 ところが、水野編集委員の署名記事では、この誤った認識を前提に、「誰のための連合か」とやるのだから、目も当てられません。

定時前に帰った労働者に賃金を満額払うことは今でもできる

 さらに、同記事では、

工場労働が中心だった時代と違い、経済のソフト化・サービス化が進んだ現在は、労働時間で賃金を決められるよりも成果本位で評価してもらいたいと考える人も増えていよう。効率的に働けば労働時間を短くできるメリットも脱時間給にはある。そうしたホワイトカラーのことを連合は考えているのか。

との記載もあります。

 この「成果本位で評価してもらいたいと考える人」とこの法案は無関係です。完全に無関係です。

 何度も言いますが、この法案は賃金制度や評価制度を決める法案ではないからです。

 そして、「効率的に働けば労働時間を短くできるメリットも脱時間給にはある」ともありますが、ないです。全くないです。

 この法案と、効率的に働いた場合に労働時間を短くできることとは、何の関係もありません

 現在の労働法において、効率的に働いた労働者が仕事を終えて定時前に帰った場合に賃金を満額払ったらダメだという規制は一切ありません

 したがって、日経の言うところの「脱時間給」という制度を導入しなくても、これはできるのです。

 ただ、企業がやっていないだけです。

 ちなみに、現行法が企業に対し規制しているのは、定時より長く働いた労働者に残業代・割増賃金を支払わせることです。

 ところが、日経の言うところの「脱時間給」はこの残業代を払わないでいいという制度です。

 つまり「脱時間給」が導入されて初めて可能になるのは残業代を払わないでいいということだけです。

 お金は一定でいくらでも働かせることができる、これが日経が導入したくて、したくてたまらない「脱時間給」の実態です。

 同記事では、「そうしたホワイトカラーのことを連合は考えているのか。」と上から目線で連合に向けて述べていますが、そもそも前提が間違っているので、連合としては困ってしまうのではないでしょうか。

賃金制度とこの法案は無関係

 さらに、記事は続きます。

単純に時間に比例して賃金を払うよりも、成果や実績に応じた処遇制度が強い企業をつくることは明らかだ。企業の競争力が落ちれば従業員全体も不幸になる。連合が時代の変化をつかめていないことの影響は大きいといえよう。

 まず、ここで「単純に時間に比例して賃金を払う」としているのは疑問です。

 我が国のいわゆる正社員と言われる人たちは、単純に時間に比例して賃金が払われているわけではありません。そもそもほとんどの正社員は月給制です。

 もし賃金が時間に対して単純比例だとすると、労働日が異なる月ごとに賃金額が変わるはずですが、そうはなっていませんし、基本給以外の各手当の趣旨も、単純に時間比例で賃金額が決まっているものは少ないでしょう。

 単純に時間に比例して支払われるのは残業代くらいしかないと思います。

 要するにこの記事のこの箇所は、残業代を払うこと自体を攻撃しているわけです。

 加えて、「成果や実績に応じた処遇制度が強い企業をつくることは明らかだ」とあるのですが、これ、今でもできます・・

 というか、やっている企業もたくさんありますよね。

 日経こそ、時代の変化をつかめていないのではないでしょうか。

 そして、何度も言いますが、今回の法案は賃金制度とは無関係なので、この記載で連合を攻撃している意味が分かりません。

極めてトンチンカンな記事

 このようにこの記事は、徹頭徹尾、法案に記載されていない制度があることを前提に書かれています。

 この後の箇所もツッコミどころが満載なのですが、全文引用になりかねないのでこの辺でやめておきましょう。

 日経新聞の水野編集委員は、まずは法案を読んでから記事をお書きになった方がよいと思います。

 それって、記者にとっては当然のことだと思うのですが、日経では違うんですか?

弁護士・日本労働弁護団幹事長

弁護士(東京弁護士会)。旬報法律事務所所属。日本労働弁護団幹事長(2022年11月に就任しました)。ブラック企業被害対策弁護団顧問(2021年11月に代表退任しました)。民事事件を中心に仕事をしています。労働事件は労働者側のみ。労働組合の顧問もやってますので、気軽にご相談ください! ここでは、労働問題に絡んだニュースや、一番身近な法律問題である「労働」について、できるだけ分かりやすく解説していきます!2021年3月、KADOKAWAから「武器としての労働法」を出版しました。

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