新型コロナのデマ拡散はピークアウトしたのか?
新型コロナウイルスの世界的流行とともに広がったデマ「インフォデミック」は、新規感染者数の沈静化とともにピークアウトしたのではないか?
欧州連合(EU)でロシア発のフェイクニュース対策を担う専門チームが、そんな見立てを紹介している。
同チームが認定した新型コロナ関連のフェイクニュースは、累計で400件超。
だがその中でも、ロシア発のフェイクニュースが、4月上旬ごろをピークに減少傾向を見せているのだという。
米ジョンズ・ホプキンス大学の分析では、米国などの感染が深刻な国々でも、新規感染者の増加傾向は沈静化の兆しを見せている。
一方で、当初は新型コロナの感染者数が数百人単位で推移していたロシアは、4月末には10万人を超え、ミシュスチン首相の感染が判明するなど、深刻さを増している。
ロシアのフェイクサイトにとって、新型コロナは「フェイクニュースに適さないテーマ」になったのでは、と同チームは見立てている。
●「インフォデミック」のいま
報告をまとめたのは、EUのフェイクニュース対策プロジェクト「EUvsディスインフォ」。
ロシア政府によるプロパガンダに対抗するために、欧州委員会の欧州対外行動庁(EEAS)に2015年に立ち上げたタスクフォース「イースト・ストラットコム」のプロジェクトだ。
※参照:フェイクニュース対策に揺れるEU:「表現の自由」と「いまそこにある危機」(05/05/2018 新聞紙学的)
新型コロナ禍以前から、ロシア発のフェイクニュース(ディスインフォメーション)を中心に、情報収集と分析を続けており、8,000件を超す事例はデータベースとして一般に公開されている。
このデータベースに収められた新型コロナ関連のフェイクニュースは、今年1月以来、4月30日までですでに437件に上っている。
月ごとにみると、1月は26件、2月は44件なのに対し、欧州や米国で感染が急増した3月は235件とフェイクニュースも急増。だが4月の件数は132件と、半減に近い落ち込みだ。
この傾向を受けて「EUvsディスインフォ」が4月30日付でまとめた報告のタイトルは「(増加)カーブの沈静化」。そして、こううたっている。「親ロシア政府のフェイクニュースメディアは、コロナウイルスに愛想を尽かしたのか?」
●ピークは4月上旬
報告によると、なお親ロシア政府のフェイクニュースサイトでは、「新型コロナは人工的に開発」「新型コロナは生物兵器」「新型コロナは世界エリートによる人口削減計画」「WHOはその手先」などの陰謀論などが流布されている。
ただその一方で、感染が深刻ないくつかの国では、感染者の新規増加カーブも沈静化してきているとした上で、こう述べている。
同様の傾向を、親ロシア政府のフェイクニュース・ネットワークにおいても観測できた。このテーマ(新型コロナ)は、もはやフェイクニュースの題材としては役に立たなくなってきたのだ。欧州各国の医療体制はすでにこの危機に取り組むことができており、EU域内の協力も強化されているためだ。
プロジェクトチームは、親ロシア政府の英語のフェイクメディアによる、新型コロナ関連のフェイクニュースの傾向を検証したところ、その増加のピークは3月末から4月初めにかけて見られた、という。
ピーク時には、「ロシアが治療薬を開発」「新型コロナ禍に対処できるのは権威主義」などの内容が発信されていた。
だが、4月後半に入ると、これらの内容が姿を消していき、主だった英語のフェイクサイトのフェイクニュースそのものの件数が減少傾向に転じたのだという。
プロジェクトチームでは、「ニュー・イースタン・アウトルック」「サウス・フロント」「フォート・ロス・ニュース」という3つのフェイクサイトで、「COVID-19」「コロナウイルス」というキーワードが使われたコンテンツを検索。
1月半ばから4月28日までで261件がヒットしたという。
このうち、「サウス・フロント」を見ると、4月10日にピークを迎えた後、下旬にかけて件数は急落している。
さらに、ピーク時にはメニューバーに「#COVID-19」という特集メニューを掲示していたのに、同月末にはそれも姿を消していた、という。
新型コロナの大流行はプロの報道機関とフェイクサイトの双方で、なお重要テーマであり続けるだろう。だがこのテーマは、親ロシア政府のフェイクニュースの題材には、適さないものになり始めているようだ。
そして、新型コロナの話題が後退するのと入れ替わりに、従来からの定番のフェイクニュースが前面に出てきた、という。
ロシア軍関係者らが国際合同捜査チームによって起訴された2014年の「マレーシア機撃墜事件」をめぐる陰謀論、ロシア編入が決まった2014年のクリミア半島住民投票をめぐる不正疑惑の否定、などの内容だ。
●カーブの沈静化とロシア
フェイクニュースは、標的としたイベントのピークに向けて急増し、その後は急落する。
この傾向は、フェイクニュースによるロシアの介入が指摘された2016年の米大統領選や、翌2017年のフランス大統領選でも確認されており、投票日に向けてボットなどによるフェイクニュース拡散が急増し、投票終了とともに急落している。
※参照:虚偽と報じても、さらに広まる…トランプ氏のツイートを、メディアはどう扱うべきか(12/04/2016 新聞紙学的)
※参照:フェイクニュースのゾンビボットは米国で眠り、フランスで動き出した(07/29/2017 新聞紙学的)
プロジェクトチームも指摘するように、深刻な感染状況にある各国は、それでも新規感染者数が、4月上旬ごろをピークに沈静化の傾向を見せ始めている。
米ジョンズ・ホプキンス大学が、感染被害の大きい米国など10カ国の、新規感染者数の5日移動平均をまとめている。
5月2日までのデータによると、最も被害の大きい米国や英国では4月上旬、イタリア、スペインでは3月下旬にそのピークを迎えた後、おおむね沈静化の傾向を見せている。
自らも感染から回復した英国のジョンソン首相は4月30日、「流行のピークを過ぎた」と表明している。
その一方、当初は数百人単位だったロシアの感染者数は、4月9日には1万人を超え、4月30日には10万人を超えている。
4月30日には、新型コロナの感染対策を担当するミシュスチン首相の感染が判明。新規感染者数も5月3日に1万人を超え、頭打ちの兆候は見えないようだ。
ロシア発の新型コロナのフェイクニュースは、欧米の感染ピークと足並みをそろえて増加し、欧米の沈静化とロシアの感染拡大に連動するように減少していった、ということになる。
●なお続く情報戦
ただ、ロシア発の新型コロナのフェイクニュースが減少したということと、新型コロナをめぐる情報戦とは、別物のようだ。
同プロジェクトを展開する欧州対外行動庁の「イースト・ストラットコム」は4月24日、同月2日から22日までの新型コロナのフェイクニュース動向に関する「特別報告書」を公表している。
米ニューヨーク・タイムズは24日、この「特別報告書」をめぐり、中国政府からの圧力があり、中国によるフェイクニュースの記述について、その書きぶりを後退させていた、と報じている。
これに対し、EU外務・安全保障政策上級代表のジョセップ・ボレル氏は30日、中国からの圧力があったことは認めながら、書きぶりの後退はなかった、と否定している。
一方で米国のトランプ大統領やポンペオ国務長官らは、新型コロナの発生源が「中国・武漢の研究所である」との主張を続けるが明確な根拠は明らかにされていない。
新型コロナをめぐる情報戦は、米中関係の緊張が高まる中、米国の政治家らによる「中国の生物兵器」との根拠のない主張に対し、中国外務省幹部が「米軍が武漢に持ち込んだもの」とこちらも根拠のない反論(のちに訂正)をするなど、これ以前から、外交レベルで火花を散らしている。
新型コロナをめぐる情報戦には、なお警戒を怠ることはできないようだ。
(※2020年5月2日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)