デマ拡散の犯人はSNSではなくマスメディア、その理由とは?
そのデマの拡散に大きな役割を果たしたのは、ソーシャルメディアでもボットでも外国勢力でもなく、マスメディアだった――。
米ハーバード大学の研究チームが1日、膨大なソーシャルメディアのデータ分析から、そんな結果を明らかにした。
対象として取り上げたのは、11月3日に迫った米大統領選で、新型コロナ対策として広がる郵便投票と「不正」に関するデマだ。
これまでの各種調査から、米国の選挙における不正投票の割合は、コンマゼロ%をはるかに下回るとされている。
だが、郵政投票による「不正」が問題だと考えている有権者は5割超に上る。
デマの広がりをたどったところ、拡散に大きな役割を担っていたのは、保守派のネットワークテレビに加えて、中道の通信社などの大手メディアだったという。
メディアがデマ拡散に加担していた原因には、長年、続けてきて、変えられずにいる習慣が関わっていた。それは、ニュースに「誤ったバランス」を取ろうとする姿勢だ。
メディアがデマ拡散の舞台とならないためには、何が必要なのか?
●半年間の500万件以上を分析
我々の研究でわかったのは、米国の政治メディアの生態系をめぐる最新の分析とは裏腹の結果だった。数千万人規模の米国の有権者の世論に影響を与えたデマキャンペーンの出元は、ソーシャルメディアやロシアによる情報戦ではなかった、ということだ。このキャンペーンはトランプ大統領と共和党が主導し、国内の大手メディアが増幅したものだった。ソーシャルメディアは二次的、補助的な役割を担ったにすぎない。
ハーバード大学「インターネットと社会のためのバークマン・クライン・センター」の共同ディレクター、ヨーハイ・ベンクラー氏らの研究チームは、2020年3月1日から8月31日まで期間で、米大統領選の郵便投票と「不正」の主張をめぐる5万5,000件のメディアコンテンツ、500万のツイート、7万5,000件のフェイスブック投稿を分析した。
研究では、各メディアのソーシャルメディア上の影響力と政治的な傾向を見るために、そのコンテンツへのリンクを投稿したユーザー数と、投稿ユーザーの政治的属性を分析。各メディアを左派、中道左派、中道、中道右派、右派の5パターンに分類し、メディア生態系の分布を明らかにしている。
ベンクラー氏はこれに先立つ2017年、前回の米大統領選をめぐり、同様の手法で投票日までの1年7カ月にわたるソーシャルメディア上の選挙コンテンツの広がりを分析している。
この時の研究では、中道・左派寄りの主要なマスメディアと、右派寄りのトランプ氏支持層をほぼ一手に引き付けた新興ネットメディア「ブライトバート・ニュース」との、メディア生態系の分断状況を明らかにした。
※参照:「ブライトバート」がつくり出した”トランプ・メディア生態系”(03/04/2017 新聞紙学的)
今回の分析で目を引くのは、各主要メディアに匹敵する、トランプ氏自身のツイッターアカウントの存在感だ。
トランプ氏に次いで右派で影響力を持っているのはFOXニュース。
一方で、トランプ氏に匹敵する影響力を持つ中道左派のメディアとして存在感を示しているのが、ワシントン・ポスト、ニューヨーク・タイムズ、CNNといった主要メディアだ。
さらに、中道のメディアとしてAP通信やポリティコなどが、これらに次ぐ存在感を持つ。
●「郵便投票」分断と実態
ベンクラー氏が研究テーマとして取り上げた郵便投票について、一貫して「不正」を主張してきたのはトランプ氏だ。
3月末のFOXニュースのインタビュー、さらに4月8日の自身のツイートを皮切りに、郵便投票と「不正」を声高に主張するようになった。
トランプ氏のツイートをデータベース化している「トランプ・ツイッター・アーカイブ」によると、4月8日を含めて、9月末までの半年間に48件で郵便投票について言及。うち17件で「不正」と主張している。
2016年の米大統領選では、約4分の1にあたる3,300万人が郵便投票を行った、とされる。
では、米国における不正投票はどのぐらい発生しているのか。
ニューヨーク大学ロースクールのブレナン司法センターの2007年の調査では、不正投票の割合は0.00004%から 0.0009%。極めて例外的なケースだったという。
半年に及ぶトランプ氏の郵便投票をめぐる「不正」の主張は、どれほどの影響を与えているか。
ピュー・リサーチセンターが2020年9月16日に発表した調査結果によると、郵便投票の「不正」が「問題あり」と回答したのは52%、「問題なし」の27%を大きく上回った。
さらに、共和党支持層では「問題あり」が74%だったのに対し、民主党支持層では「問題なし」が47%、と支持政党によって明らかな分断が起こっていた。
●「ユージャルサスペクツ」の不在
ベンクラー氏らは、郵便投票の「不正」に言及したツイッター、フェイスブックの投稿のピークと、メディアのニュース、トランプ氏の発言の相関関係を分析している。
それによると、ツイッター、フェイスブック、メディアのニュースの高まりは、いずれもタイミングが一致しており、それらを主導しているのはトランプ氏のツイッター、記者会見、テレビインタビューを通じた発言であることがわかった、という。
さらに、トランプ氏だけでなく、共和党全国委員会の委員長であるロナ・マクダニエル氏の発言もまた、これらのピークと符合していた、という。
その一方で、フェイクニュース拡散をめぐって名指しされてきた“ユージャルサスペクツ(常習犯)”の関与を示すものは確認できなかった、とベンクラー氏は述べる。
クリック狙いのフェイクニュース工場やフェイクページ(ロシアにしろ、それ以外にしろ)、あるいはフェイスブックのアルゴリズムがこれらのピークに関与した、という証拠を見つけることはできなかった。むしろ、政治家と右派のメディアインフルエンサーが口火を切り、大々的に宣伝し、それを主要メディアが数百万人のユーザーに拡散した、ということの方が説明がつくのだ。ツイッターにおいては、ボットやトロール(荒らし)が何らかの役割を担っていたとしても、トランプ氏や関係者、そして支援メディアによるツイートがそれらをはるかにしのぐ規模だった。
そして、こう述べる。
この郵便投票のデマキャンペーンでは、ソーシャルメディアは明らかに二次的、補助的な役割しか担っていない。デマキャンペーンそのものは、インフルエンサーが主導し、主にマスメディアを通じて拡散したのだ。その中には中道左派、そして主流のメディアも含まれている。
●なお残るマスメディア依存
ソーシャルメディア上のフェイクニュースなどが、選挙結果にどのような影響を与えるか。
この議論は、フェイスニュースが注目された前回の米大統領選以来、続いている。
スタンフォード大学教授、マシュー・ジェンツコウ氏とニューヨーク大学准教授、ハント・オルコット氏は2017年初めに、フェイクニュースの拡散は、米大統領選の結果を左右するほどの影響力は持たなかった、との見通しをまとめた論文を発表。大きな注目を集めた。
それによると、大統領選で最も重要な情報源として、ソーシャルメディアをあげたのは13.8%。これに対し、ケーブルテレビは23.5%、ネットワークテレビは19.2%、ローカルテレビは14.5%。
大半の有権者はテレビに依存していたことが明らかになった。
ピュー・リサーチセンターが、2020年7月30日に発表した調査結果でも、政治・選挙ニュースの主な入手先として、ソーシャルメディアをあげたのは18%。これに対し、ケーブルテレビとローカルテレビはそれぞれ16%、ネットワークテレビは13%。ジェンツコウ氏らの調査と、ほぼ同じ傾向だった。
●メディアの習慣を利用する
我々の今回の研究から明らかになったのは、トランプ大統領がマスメディアを利用する手法をマスターしている、ということだ。トランプ氏は、プロのメディアが行ってきた3つの習慣を利用することで、(郵便投票をめぐる)デマのキャンペーンを拡散させ、時にはそれを増幅させることに成功した。
ここで言う3つの習慣とは、「大物信仰(大統領の発言ならニュースだ)」「見出しありき(血が流れたら大ニュース)」そして「バランス・中立性・偏向回避」だ。
トランプ氏は最初の2つを組み合わせることで、ニュースを意のままに操っている。ツイッター、記者会見、FOXニュースのインタビューを組み合わせることで、郵便投票をめぐる議論の主導権を握り続けてきた。そして、政治的な関心が薄く、政治の知識もさほどない人々を混乱させるのに、最後のメディアの習慣「バランス・中立性・偏向回避」を頼りにしている。この習慣によって、マスメディアに所属するプロのジャーナリストは、「不正投票」の主張を“デマ”と呼ぶのをためらう、あるいははっきりとはそう呼べなくなることがわかっているからだ。
ベンクラー氏らが、特に影響が大きい、と指摘したのが中道メディアであるAP通信の存在だ。
中道左派のニューヨーク・タイムズなどの読者、さらには右派のFOXニュースの視聴者は、トランプ氏の言動やメディア報道では、もはや大きく態度変容することはない。
だが米国の有権者の3割から4割は、いわゆる無党派層とされている。
政治的関心も高くはなく、郵便投票の「不正」の主張に対しても明確な態度表明がない。
これらの人々はネットワークテレビ、CNN、ローカルテレビを視聴し、地元のローカルメディアを信頼している。一方で、ローカルメディアは通信社の配信ニュースに依存している。そんな中で、デマキャンペーンにプロのジャーナリズムを利用するというトランプ氏の戦術に、最も影響を受けやすいのが、これらのジャーナリストやエディターたちなのだ。
その結果、「バランス」を取るメディアの習慣によって、郵便投票の「不正」の主張を“党派対立”とするトランプ氏のフレーム設定が、メディアの報道でも繰り返された、とベンクラー氏らは指摘する。
そしてこれらのメディアのうち、ローカルテレビとローカル紙へのニュース配信で大きな役割を担っているのが、AP通信だ。
●「真実のサンドイッチ」の必要性
ボットもロシアのトロールのことも忘れよう。少なくともその影響力を過大評価するのはやめよう。今のメディア空間のニュースを方向づけているのは、ほかならぬ主要メディアの姿勢だ。トランプ氏が手をのばせば、必ず巨大メガホンを差し出す。その習慣を断ち切ることを拒んでいる、メディアそのものの問題だ。
ワシントン・ポストのメディアコラムニスト、マーガレット・サリバン氏は、ベンクラー氏らの研究を紹介するコラムの中で、そう指摘している。
ベンクラー氏らが指摘する、トランプ氏によるメディア利用の結果とは具体的にどのようなものか。
サリバン氏は中道のメディア、CNBCの4月8日の見出しをあげる。「トランプ氏、郵便投票を非難 『共和党員にとっていいことはない』」
このように、トランプ氏の主張をそのまま見出しにとることで、郵便投票に関する不信感を高める結果につながっている、とサリバン氏は指摘する。
メディアの3つの習慣が招くデマの拡散に、対処法はあるのか。
サリバン氏のインタビューに対し、ベンクラー氏があげるのが「真実のサンドイッチ」だ。
これはカリフォルニア大学バークレー校教授で認知言語学の第一人者、ジョージ・レイコフ氏が提唱している手法だ。
メディアがトランプ氏の発言をニュースで取り上げ、見出しにし、ツイッターで拡散することで、その影響の増幅に貢献している、とレイコフ氏もまた見立てる。
そこで、単に発言を繰り返し伝えるのではなく、(1)まず事実の全体像を提示する(2)その上でトランプ氏の発言を紹介(3)さらにトランプ氏の発言内容をファクトチェックする、という構成にすることを提案する。
「事実」「発言」「事実」というサンドイッチ型の構成だ。
※参照:新型コロナ:「デマ否定」がデマを拡散させる――そこでメディアがやるべきことは(04/06/2020 新聞紙学的)
※参照:「真実のサンドイッチ」と「スルー力」、フェイクを増幅しないための31のルール(12/13/2019 新聞紙学的)
※参照:ニュースが「トランプショー」から抜け出すための5つの方法(08/01/2019 新聞紙学的)
ネットメディアの「ヴォックス」が、トランプ氏とバイデン前副大統領との初のテレビ討論会の翌日の9月30日、郵便投票に関する議論について、こんな見出しで報じた。「郵便投票は不正の温床ではない、トランプ氏は討論会でそう主張したが」
ベンクラー氏らが名指ししたAP通信の編集局長、ブライアン・カロビリャーノ氏は、サリバン氏のインタビューに対し、重要ニュースの見出しには細心の注意を払っている、と述べている。
●両論併記の誤り
対立する意見のうち、一方は事実に裏付けされているが他方はそうでない場合や、双方が全く釣り合いがとれていない場合でも、全く同等に扱ってしまう。それをバランスをとると表現するのが、政治論争の場面で一方に偏っていると批判されたくない、事なかれ主義のジャーナリストたちだ。
アリゾナ州立大学ジャーナリズムスクール教授のダン・ギルモア氏は、著書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』(拙訳、2011年)の中で、ベンクラー氏らが指摘した「バランス・中立性・偏向回避」の問題を、「両論併記の誤り」と呼んだ。
ギルモア氏は、さらにこう述べている。
ナチスによるユダヤ人大虐殺に関する記事を書いているとして、そこにネオナチのコメントを引用してバランスをとる必要はないわけだ。あるいは、地球温暖化の記事一つひとつに、気候変動否定派のコメントを載せることがバランスをとることではない。
「両論併記の誤り」は、もちろん米国メディアだけの話ではない。
(※2020年10月9日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)