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人工知能(AI)vs皮膚科医 - 皮膚がん診断の精度を徹底比較!最新メタアナリシスの結果と展望

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
(写真:イメージマート)

人工知能(AI)は、皮膚がんの診断においても大きな可能性を秘めています。AIとは、人間の知的な行動を機械に行わせるための技術で、深層学習(ディープラーニング)などの手法を用いて、大量のデータから自動的に特徴を学習します。最新の研究では、AIによる皮膚がんの診断精度が皮膚科医に匹敵する、あるいは上回る結果が報告されています。今回は、世界中から53の関連研究を集めて分析したメタアナリシス(複数の研究結果を統合して再解析すること)の結果を詳しく解説します。

【AIによる皮膚がん診断の現状と優位性】

AIによる皮膚がん診断は、近年飛躍的に進歩しています。研究チームがAIアルゴリズムと皮膚科医の診断精度を比較したメタアナリシスでは、AIの感度(がんを正しくがんと判定する割合)が87%、特異度(非がんを正しく非がんと判定する割合)が77%だったのに対し、皮膚科医全体では感度79%、特異度73%という結果でした。この差は統計的に有意であり、AIの優位性が示唆されています。

ただし、熟練皮膚科医とAIの診断精度はほぼ同等でした。AIと熟練皮膚科医の感度はそれぞれ86.3%と84.2%、特異度は78.4%と74.4%で、大きな差はありませんでした。一方、AIと一般医(皮膚科以外の医師)の比較では、AIの感度が92.5%、特異度が66.5%だったのに対し、一般医は感度64.6%、特異度72.8%と、その差はより顕著でした。

つまり、AIは一般医よりも皮膚がん診断に優れているものの、熟練皮膚科医に取って代わるほどではないと考えられます。AIは皮膚科医の診断を補助する役割として有望であり、特に経験の浅い医師やプライマリケア(かかりつけ医)での活用が期待されます。

【AIによる診断支援の可能性と効果】

AIと医師の協働、いわゆる「拡張知性(Augmented Intelligence)」の有効性も示されています。AIによる診断支援を受けた医師は、診断精度が有意に向上しました。メタアナリシスに含まれた11の研究のうち9つで、AIの助けを借りた医師の診断精度が向上していました。特に、経験の浅い医師でその効果が大きく、最大で6%の改善が見られました。

将来的にAIは、プライマリケアや専門医の少ない地域で、皮膚疾患のスクリーニングや診断支援ツールとして活用できるかもしれません。AIによる優先順位付けやトリアージにより、早期発見や専門医への紹介がスムーズになることが期待されます。皮膚がんの早期発見と適切な治療開始は、患者の予後を大きく左右する重要な課題です。AIはその解決の一助となる可能性を秘めています。

【AIの臨床応用に向けた課題と展望】

一方で、AIの臨床応用にはまだ課題が残されています。AIの学習に使われるデータベースの質や多様性が十分でない点が指摘されています。公平で一般化可能なAIを開発するには、学習データに偏りがなく、さまざまな人種や肌のタイプを含むことが重要です。しかし現状は、特定の集団が過小評価されているケースが多いのです。また、メタデータ(年齢、性別、病変の部位など)の不足も問題視されています。画像だけでなく、患者の背景情報を組み合わせることで、AIの診断精度はさらに向上すると考えられます。

また、ほとんどの研究が後ろ向き(過去のデータを用いた分析)に行われており、実際の臨床環境で使えるエビデンスは限られています。AIの有効性と安全性を確かめるには、前向き研究(現在から未来に向けてデータを収集する研究)やランダム化比較試験(無作為に割り当てた群間で治療法などの効果を比較する研究)などが必要不可欠です。さらに、患者のプライバシー保護やAI医療機器の規制など、倫理的・法的な課題への対応も求められます。

AIによる皮膚がん診断は、医療の質と効率を高める大きな可能性を秘めています。一方で、AIはあくまでも医師の診断を補助するツールであり、完全に置き換えることはできません。医師とAIが適切に協働し、互いの長所を生かすことが重要です。AIの特性をよく理解し、責任を持って使いこなすことが、医師に求められる新たな能力と言えるでしょう。

皮膚科医とAIの協調は、皮膚がんの早期発見と患者予後の改善につながることが期待されます。同時に、AIの臨床応用に向けては、さまざまな課題を乗り越えていく必要があります。技術的な進歩だけでなく、倫理的・法的・社会的な側面からのアプローチが欠かせません。産学官民が連携し、多角的な議論を重ねながら、AIを皮膚科医療に生かす道を探っていくことが肝要です。

参考文献:

Salinas, M. P., et al. (2024). A systematic review and meta-analysis of artificial intelligence versus clinicians for skin cancer diagnosis. npj Digital Medicine, 7(1), 1-23. https://doi.org/10.1038/s41746-024-01103-x

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

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