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拝啓 ラグビーを始めようか悩んでいるあなたへ

多羅正崇スポーツジャーナリスト
2019年の全国高校選抜大会。桜満開の熊谷でラグビーをする高校生達。(筆者撮影)

【部室トーク】「拝啓 ラグビーを始めようか悩んでいるあなたへ」

春になり、若葉が芽生え、あなたはラグビーを始めようか迷っている。あなたが直感した通りのことを言うようだが、ラグビーは最高だ。

この記事はラグビーを始めようか迷っているあなたへ、わずかばかりの助言をさせて頂くものだ。

すでにラグビーを始める覚悟を固めているあなたに対しては、筆者から言うべきことはない。

その道の先には「ラグビー共和国」という幸福な国がある。「ONE TEAM」の看板ゲートが目印だ。以前はその場所に「One for all, All for one」の看板があったが、2019年に新調された。

ラグビー共和国に住む人びとは情熱的で、男は真の男を意味する「漢」であり、女性はその「漢」よりも強い場合がある。基本的に大らかだが、アメフトボールとラグビーボールの違いには厳格である。

ただ助言とはいっても、数多あるラグビーの素晴らしさを一つずつ挙げていくわけではない。

(筆者より伝道師にふさわしい)ラグビー選手のSNSをチェックしたり、2019年のワールドカップ日本大会を思い返してもらった方が、よりラグビーの素晴らしさが伝わるだろうからだ。

そこで今回、筆者が迷っているあなたへ伝えたいのは「ラグビーに潜む2つの危険」である。(キリよく3つにしたかったが、どうしても2つしか思いつかなかった)

正の面ばかりではなく、負の面も伝えなければフェアではない。迷っているあなたの判断材料になれば幸いである。

■危険その1「人に優しくなってしまう」

人に優しくするのは年に1回くらいでいい。そう考えている人にとって、ラグビーは脅威になる。

ラグビーをしていると、どうしても人に優しくなってしまうからだ。その理由を箇条書きで説明してみたい。

●ラグビーでは自己肯定感が高まり、人に優しくなってしまう。

ラグビーには性格や体型に合った10のポジションがある。小柄でも活躍できる「スクラムハーフ」や、長身が重宝される「ロック」などだ。

基本的には希望のポジションをできるはずだが、注意点として、相手に抜かれたフリばかり上達させているとタックルの専門家「フランカー」にジョブチェンジさせられる場合がある。

いずれにせよラグビーでは自分に合った専門職で、生来の能力を伸ばすことを求められる。そのため自己肯定感が高まりやすいのだ。

自己肯定感が高まり自分が満たされていると、誰かに優しくしてやっても構わないという余裕が生まれ、人に優しくなってしまう。

●ラグビーで多様性を尊重する心が育まれ、人に優しくなってしまう。

ラグビーでは様々な専門家がそれぞれの強みを発揮しながらワンチームとなり、相手に立ち向かわなければならない。

ワンチームとなって勝利などの成功体験を手にすると、ラグビーらしい多様性(ダイバーシティ)を尊重する心が育まれる。

多様性を尊重する心が育まれると、他者との違いに寛容になってしまい、やっぱり人に優しくなってしまう。

ただしバックスがスクラム論を語った場合など、いくらラガーマン、ラガールでも優しくなれないこともある。

●ラグビーでノーサイドの精神を学び、人に優しくなってしまう。

ルールに基づいた激しい衝突が繰り返されるラグビーでは、一瞬一瞬が恐怖との戦いであり、試合前の選手は極限までみずからを高揚させる。

ところが試合後は一転、敵味方がなくなる「ノーサイドの精神」のもと、フォーマルな態度で握手を交わし、相手に優しくしなければならない。

大学ラグビーなどでは試合後に「アフターマッチ・ファンクション」と呼ばれる懇親会に正装で出席し、さっきまでやりあっていた相手と歓談することを求められる。

こうしてノーサイドの精神を通して感情をコントロールする方法や、紳士的な振る舞いを学ぶうち、どうしても人に優しくなってしまうのである。

ちなみに最も優しい者が集まるポジションはプロップ(1、3番)と決まっている。

だから「結婚相手にはプロップを選ぶべきだ」という意見もあるが、パートナーよりもフロントロー(プロップとフッカー)と一緒にいる時の方が楽しそうなので、嫉妬深い方は注意が必要である。

ラグビーを始めると人に優しくなってしまう可能性がある。2018年度全国ラグビー大会「花園」の一幕。(筆者撮影)
ラグビーを始めると人に優しくなってしまう可能性がある。2018年度全国ラグビー大会「花園」の一幕。(筆者撮影)

■危険その2「生涯の友ができてしまう」

孤独を愛する者にとって、たまに近況に探りを入れてくる「生涯の友」は危険な存在である。

人は時として絶望的な気分になる。人はその絶望を味わう権利を有するが、ラグビーの生涯の友は勝手に慰めてきて、つらい気持ちを半分にしてくる。つらい気持ちも個人の所有物であることを考えればひどい話である。

ラグビーではそんな生涯の友が、同期が10人いれば10人、20人いれば20人もできてしまう。

実際は2、3人音信不通になったりするが、生涯の友であるという確信があるので、まったく連絡を取っていなくても先月話したかのように安穏としている。

友達作りは留まることを知らず、30代を過ぎてくると今度は「○○年会」と称し、チームを越えて全国規模で集まりだす。

47都道府県を回りながら“交流会の全国行脚”をしている「昭和40年会(早生まれ41年)」という驚くべきコミュニティも存在する。

なぜラグビーではこのような絆が生まれるのだろうか?

「同じ古傷をもつ戦友だから」「おたがいに身体をぶつけすぎてプライベートゾーンがバカになっている」などの説が有力だが、秘密は残されたままだ。ラグビー七不思議のひとつと言えるだろう。

以上2点の「ラグビーに潜む危険」が、筆者からのわずかばかりの助言である。もし参考になったのなら想定外だが光栄である。

ラグビーという厳しい試練は生涯の友を生んでしまう。2018年度全国高校ラグビー大会「花園」の一幕。(筆者撮影)
ラグビーという厳しい試練は生涯の友を生んでしまう。2018年度全国高校ラグビー大会「花園」の一幕。(筆者撮影)

おそらくあなたは“あの大会”を観たのだろう。

世のお父さんにとっては滋養強壮剤であり、世のお母さんにとっては子どもに見せたい道徳の教科書であり、国際統括団体「ワールドラグビー」にとっては金脈の発見だった。

そう、2019年のラグビーワールドカップ日本大会だ。

あなたはあの時、初めてラグビーという不可解の連続を目にした。

そしてすぐに、この人達は防具を買えないんじゃない、これは防具をつけないスポーツなんだと気が付いた。

ただ何より不可解だったのは、冷静沈着で知られる自分が、ついさっきまで知らなかったラグビーなるものに心を掴まれていることだったろう。

なぜラグビーは、私たちの心を掴み、熱く揺さぶるのか。

ラグビーの歴史には少なくとも2つの奇跡がある。

1つ目の奇跡は、1823年のイングランドでフットボールの試合中、エリスという空気の読めない少年が突然ボールを抱えて走り出したら、思いのほか素晴らしいスポーツになったという奇跡(伝説)。

そして2つ目の奇跡は、ラグビーはイギリスとその植民地を中心に発展してきたが、東方の島国にいた日本人とかいう農耕民族もラグビーを愛した、という奇跡だ。

しかし言葉では表現されないだけで、あなたはその奇跡が起きた理由を知っている。

あなたが2019年のワールドカップ日本大会で感じた興奮、感動の一瞬一瞬が、日本でラグビーが育まれてきた奇跡の答えだ。

あの大会から幾年月が過ぎて、あなたはいま「ラグビーを始める」「ラグビーを始めない」のY字路に立っている。

もちろんラグビーある限り、その岐路にはいつでも立つことができる。

ラグビーはいつでも、何歳からでも始められる。

もし近所のラグビースクールを知りたい場合は、日本ラグビー協会が運営するラグナビをのぞいてみてほしい。

もしあなたが通っている学校にラグビー部があるなら、幸運というより他ない。神の啓示と言い換えてもよい。もちろん全国津々浦々にクラブチームもあり、50歳からでも始められる。

当然ながら無理強いはできない。しかし、また同じことを言うのかと思われてしまうだろうが、ラグビーは最高だ。

生涯の友になるかもしれない優しい人びとは、いつでもあなたを待っているはずだ。 敬具

※ラグビー国際統括団体「World Rugby」公式動画。ラグビーワールドカップ2019日本大会

スポーツジャーナリスト

スポーツジャーナリスト。法政二高-法政大学でラグビー部に所属し、大学1年時にスタンドオフとしてU19日本代表候補に選出。法政大学大学院日本文学専攻卒。「Number」「ジェイ・スポーツ」「ラグビーマガジン」等に記事を寄稿.。スポーツにおけるハラスメントゼロを目的とした一般社団法人「スポーツハラスメントZERO協会」で理事を務める

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