まるで女ディープインパクト! アーモンドアイをとりまく3人の男の想いと、先輩三冠馬の教えとは……
3人の男が語るアーモンドアイのプロローグ
「1歳の時にノーザンファームでみて、“良い馬”だと感じました」
アーモンドアイの第一印象を国枝栄はそう語る。
「ジッとしていなかったりと、気持ちの面でヤンチャなところがありました」
新馬戦の前から担当することになった根岸真彦持ち乗り調教助手はそう言うと、さらに続けた。
「ただ、走り出せば落ち着く感じでした」
調教で動いたのでデビュー戦から注目された。2017年8月6日、新潟競馬場、芝1400メートルの新馬戦では単勝1・3倍の圧倒的1番人気の支持を得た。
しかし、後方から伸びたものの2着に敗れた。
「距離が短くて届きませんでした。でも高いポテンシャルを感じさせる馬だったし、馬群を縫ってよく伸びたので悲観する結果ではないと思いました」
この時、初めて彼女に騎乗したクリストフ・ルメールはそう感想を述べた。
2カ月後の10月8日。東京競馬場、芝1600メートルの未勝利戦が2戦目となった。
多少ピリピリする雰囲気になってきたというアーモンドアイに国枝はメンコ(耳覆い)を着けて出走させた。
「その効果もあったかな……」
指揮官はそう言うが、ここでみせたパフォーマンスはメンコの有無など関係ないのでは?と思えるそれでもあった。鞍上のルメールが「ノーステッキで大丈夫でした」と何度も後ろを振り返りながら2着に3馬身半の差をつけて真っ先にゴールに飛び込んだのだ。
「初戦の内容から普通に走れば勝てるかとは思ったけど、あそこまで強い競馬をするとは想像できませんでした」
根岸はそう語った。1982年12月生まれで当時34歳。彼の担当馬が初めて重賞を制したのは昨年17年。美浦トレセンで働き初めて11年目のことだった。その僅か半年後に出会ったのがアーモンドアイだった。
桜の女王への道程
3戦目は年が明けた1月8日の京都競馬場。シンザン記念だった。
牡馬相手の重賞に国枝はどの程度の手応えをもっていたのか……。
「調教は相変わらず動いて順調だったので、恥ずかしい競馬にはならないと思いました」
当日、ゲートまで付き添った根岸は次のように言う。
「長距離輸送だったけど、飼い葉もペロリと食べていたし、到着後も落ち着いていました。『馬場(稍重発表)さえこなせればやれるのでは?』という気持ちでした」
騎乗停止中のルメールに替わり戸崎圭太が乗ったこのレースで、後の桜花賞馬は豪快な競馬を披露する。後方から進むと豪快に追い込みを決め、先行勢を一掃した。
「圭太もずっと乗りたがっていましたからね。これくらいの力の持ち主であることが分かっていたんでしょう」
国枝は目を白黒させてそう語った。そして、久々の競馬でこれだけのパフォーマンスをみせたことから、桜花賞へぶっつけで行くことを決めたと言う。
ルメールは桜花賞前に美浦で調教に跨り、一冠目へ向けた見解を次のように語った。
「能力的には足りると思ったけど、スタートが遅い分、距離が短いかも……とは考えました。『ラッキーライラックを捉まえられるかな?』という心配はありました」
ライバル視したラッキーライラックはこの時点で4戦4勝。前年の暮れには阪神ジュベナイルフィリーズを優勝し、JRA賞最優秀2歳牝馬に選出されていた。この馬の壁を越えなければ頂点には辿り着けないと考えていたのは鞍上ばかりではない。国枝は言う。
「『ラッキーライラックさえかわせれば勝てるかな?』とは思ったけど、強い馬なのは承知していたから『果たしてかわせるのかな?』とも考えました」
根岸も同じように考えていた。
「2歳チャンピオンとの力関係が分かりませんでした。でも『チャンスはあるかな?』って考えていました」
4月8日、阪神競馬場で行われた桜花賞。大方の予想通りアーモンドアイは後方からになった。
「スタートはまたゆっくりでした。ラッキーライラックは見える位置にいなかったのでマークも出来ませんでした。でもそうなることは予想していました」
ルメールはレースの前半についてそう語った。一方、国枝は言う。
「相手も強いので届くかは分からなかったけど、リズムよく走っているようには見えました」
スタート地点まで付き添った根岸は脱鞍所へ向かうバスの中でテレビ観戦をしていた。
「直線を向いてもまだ後ろの方だったのでマズいと思いました」
ところが次の刹那、グーンと伸びる愛馬の姿が映し出された。
「伸びてきた!!」
根岸がそう思っていた時、国枝は声を出していたと言う。
「エンジンがかかったらすごい勢いだったので思わず『おぉっ!!』って声が出ました」
その時点でラスト300メートル。ルメールは早くも勝利を確信していた。
「ラスト300では勝てると思いました。その後は真っ直ぐ走らせることに集中したので前で粘っているのがラッキーライラックなのか、他の馬なのかも見ていませんでした」
ディープインパクトを彷彿とさせる末脚。アーモンドアイは手前をコロコロと変えながらもアッと言う間に先頭に立ち、風のように駆け抜けた。
「ルメールさんが慌てずに乗ってくれました」
根岸がそう言えば、言われた方のルメールは次のように口を開く。
「僕はただのパッセンジャー(乗客)でした」
二冠目オークスへ向けた3人の想い
今週末はいよいよ二冠目となるオークスだ。
昨年のソウルスターリングに続き2年連続で相棒を樫の女王に導きたいルメールは、1週前、当該週と2週連続で美浦まで来て追い切りに跨った。
「落ち着いてすごく良い状態でした。ロードカナロアの仔だけど、走りぶりから距離延長はむしろ歓迎材料です」
根岸は次のように語る。
「基本的に大人しいけど、気の強い面もあります。そういう感性が競馬に行って良い方に出ているのだと思います。なんとかオークスも無事にクリアして、秋華賞、そしてゆくゆくは牡馬に混ざっても良い競馬をして欲しいです」
オークスで二冠、秋華賞で三冠となれば、否が応でも厩舎の先輩アパパネが思い出される。国枝に、アパパネと三冠を達成したことで、現在アーモンドアイに活かされていることはありますか?と問うと、伯楽なニヤリとして答えた。
「アパパネのお陰で当時よりはだいぶ余裕を持てるようになったよね。だからオークスは同着でも良いって思っているよ」
G1史上初めて同着となったアパパネのオークスから8年。ユーモアを交えそう語るのはさすが経験豊富な名調教師だけのことはある。しかし、この言葉を額面通りに受け取ってはならない。指揮官は責任感の強い男ならではのプレッシャーを感じていることだろう。
ルメール、根岸、国枝。それぞれが、オークスを終えてどのような表情を見せるのか。結果が出た後の彼等にも注目したい。
(文中敬称略、写真提供=平松さとし)