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JAXA「だいち2号」衛星が観測したモーリシャス島の重油流出範囲

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
クレジット:JAXA

インド洋のモーリシャス共和国で2020年7月25日、日本のばら積み貨物船「WAKASHIO(わかしお)」が座礁し、重油流出事故が発生した。油の防除作業などを行う日本の国際緊急援助隊・専門家チームの支援のため、JAXAのレーダー地球観測衛星「だいち2号(ALOS-2)」が油の流出範囲を推定する観測を行っている。観測情報は国連へも提供され、国連訓練調査研究所(UNITAR)による解析が行われている。

油は水よりも粘性が大きいため、海上に油の膜が広がる波が立ちにくくなる。レーダー波の反射で地表の形状を捉える「合成開口レーダー(SAR)」衛星の画像で見ると、波の小さな(海面が比較的なめらか)な領域は暗く見える。この特徴を活かして、広範囲に広がる海面の油膜の位置を推定することができる。JAXA 地球観測研究センターの解説によれば、だいち2号はモーリシャス島沖で2020年8月10日から8月22日にかけて10回の観測を行い、海面に油が漂っているとみられる領域を推定した。

わかしおからの油の流出は8月6日以降に始まり、8月10日の観測画像ではサンゴ礁近くで座礁した船体から、「エグレット島」と呼ばれる小さな島で油の流れが2つに分かれてモーリシャス島に向かっていく様子が見える。「モーリシャス東沖で8月7日~11日は西向き(モーリシャス本島に向かう方向」の潮流があったといい、油が島に向かって流れていくことはこの点でも裏付けがある。

モーリシャスと座礁船の位置説明 クレジット:JAXA
モーリシャスと座礁船の位置説明 クレジット:JAXA
現地時間8月10日11:36に「だいち2号」から観測されたモーリシャス島東側。座礁船(わかしお)からエグレット島を経由して、モーリシャス本島に油が流れる様子が見える。また、画像の上部(北側)の沿岸にも油と見られる場所が確認できる。分解能は100メートル。クレジット:JAXA
現地時間8月10日11:36に「だいち2号」から観測されたモーリシャス島東側。座礁船(わかしお)からエグレット島を経由して、モーリシャス本島に油が流れる様子が見える。また、画像の上部(北側)の沿岸にも油と見られる場所が確認できる。分解能は100メートル。クレジット:JAXA
2020年8月10日、欧州センチネル1衛星による観測画像。Credit: European Union, contains modified Copernicus Sentinel data 2020
2020年8月10日、欧州センチネル1衛星による観測画像。Credit: European Union, contains modified Copernicus Sentinel data 2020

8月10日観測画像では、黄色い破線で示した3つの海面の暗い領域が写っており、3箇所とも油の可能性があった。同じ8月10日に欧州のレーダー衛星「Sentinel-1(センチネル1)」が観測した画像にも同様に海岸に近い暗い領域が写っており、油の範囲が「わかしお」船体から10キロメートル以上北まで広がっている可能性もあった。

だいち2号は、観測データを国際提供する「国際災害チャータ」の枠組みの中で国連に提供している。国連訓練調査研究所(UNITAR)は、8月13日に観測されただいち2号のデータを元に解析を行い、地図上に油とみられる範囲を描いた地図を公表した。

国連訓練調査研究所による解析図。クレジット: ALOS-2 / JAXA 地図: OpenStreetMap Administrative boundaries: OCHA 解析 : UNITAR
国連訓練調査研究所による解析図。クレジット: ALOS-2 / JAXA 地図: OpenStreetMap Administrative boundaries: OCHA 解析 : UNITAR

UNITAR解析による図では、わかしお船体に近いモーリシャス島東側のポワントデスニーから、オールドグランドポートと呼ばれる入り江の方向に油の筋が示され、北側に大きく広がっているとはみなされていないようだ。UNITARによる説明では、「レーダー衛星は浮遊する油の範囲を大きく推定する傾向がある」という。

JAXA 地球観測研究センターのコメントによれば、「油が浮いて波が立ちにくいところと、波が穏やかな部分はレーダー衛星の画像上はどちらも暗く見えるため、画像データだけでは判別が難しい」という。被害範囲を正確に判定するには、継続的な衛星データの解析と現地情報との突き合わせが必要になると考えられる。

8月14日現地時間00:37、分解能10メートルの高分解能モードで観測しただいち2号の画像。8月10日と比べ、油の流出範囲と見られる暗いエリアが減少している。クレジット:JAXA
8月14日現地時間00:37、分解能10メートルの高分解能モードで観測しただいち2号の画像。8月10日と比べ、油の流出範囲と見られる暗いエリアが減少している。クレジット:JAXA
翌日の8月15日現地時間11:42に観測した画像では、8月14日と比べ流出範囲が拡大したように見える。座礁船が2つに割れたことによる油流出に対応する。分解能は100メートル。クレジット:JAXA
翌日の8月15日現地時間11:42に観測した画像では、8月14日と比べ流出範囲が拡大したように見える。座礁船が2つに割れたことによる油流出に対応する。分解能は100メートル。クレジット:JAXA
8月17日現地時間00:03に分解能3mの高分解能モードで観測しただいち2号の画像。エグリット島を経由してモーリシャス本島への油の流れが見えるが、以前と比べその範囲は小さくなっている。
8月17日現地時間00:03に分解能3mの高分解能モードで観測しただいち2号の画像。エグリット島を経由してモーリシャス本島への油の流れが見えるが、以前と比べその範囲は小さくなっている。

座礁したわかしおの船体から、新たに流れ出した油のため広がる範囲が変化した可能性もあり、除去作業や環境影響の調査が終わるまで、継続的な情報支援が必要だ。「だいち2号」観測データは海上保安庁によって解析が行われているといい、国際緊急援助隊・専門家チームの一次隊に続いて二次隊にも提供されるとのことだ。

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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