「一番つらい決断」を経て、コミケはどうやって開催されたか。
2年の中止・延期を経て、世界最大級の同人誌即売会であるコミックマーケット(以下、コミケ)が昨年末開催された。入場者に有効なワクチン接種か72時間以内のPCR検査による陰性証明を求めるワクチン・検査パッケージの導入など、新型コロナ感染症対策を徹底した上で、従来よりも規模を縮小しての開催だったが、2日間で11万人が訪れた。
前回中止の苦渋の決断、今回開催までの苦労の2年間、そして、コミケとして記念すべき100回目の開催となるC 100への意気込みについて、コミックマーケット準備会の市川孝一共同代表に話を伺った。
想定外のC98中止、下りなかった興行保険 引き返せないところまで来ていた
──今回のコミケ(C99)、終わってからの率直なご感想をお聞かせ下さい。
市川 すごいやりたかったですし、終わってみてすごく気分が晴れました。やっぱりコミケットはハレの日なんだなとつくづく感じました。
──初めて開催中止になった前回のコミケ(C98)ですが、「開催中止」という想定はこれまでもありましたか?
市川 地震とか台風はある程度想定してるんですけど、パンデミックは想定してなかったですね。
──C98の中止が公表される頃、会場費の問題が取り沙汰されていました。一般的に興行保険は感染症による中止は補償対象にならないとされてますが、保険は下りたのでしょうか。
市川 保険は下りなかったですね。地震や台風、ケガや途中で大きなトラブルがあった場合は下りるんですが、今回のようなパンデミックではないです。
──C98中止で会場使用料の扱いはどうなりましたか。
市川 緊急事態宣言になりましたので、キャンセル料は取られませんでした。前金は払わなきゃいけないんですけど、返金、あるいは次回繰り越すみたいな扱いになっています。C98のカタログ製作費とか、スタッフの稼働費ですとか、そちらの方が額は大きかったですね。
──中止が決まった段階で、カタログは全部刷り終わっていたんですか。
市川 ほぼ刷り終わって、もう印刷を止めても変わらない状態までいっていました。
──C99は2回延期の上で2021年末に開催されました。一方でC98はなぜ中止という形になったのでしょうか?
市川 延期という話もあったと思うんですが、延期だとカタログとかも全部変わってしまうわけですよね。サークルの当落もお送りして、カタログも出てる段階で、もう1回C98は混乱しますよね。
──もう引き返せないところまできていたと。
市川 サークル配置も終わっている中、もう一度延期で配置し直して、受かってたサークルが落選したら揉めますよね。そういうわけにいかないから、今回はチャラにするしかない。
それをC99で繰り返さないよう、サークル当落発表がデッドラインと決めていました。そうしないとソフトランディング的な延期にもできませんから。
──C98が中止になったことで、創作者や同人に関わる産業にも影響があったと報じられています。運営として、それはどう捉えられていらっしゃいますか。
市川 みんなこの先どうなるか見えない状態の中で、われわれが不安になっていても、周りを不安にさせるだけですので、次のC99までどうなるか見極めながら準備しようとしました。印刷会社さんにもサークルさんにも「2020年冬に行う予定です」と話を進めていけば、みんなついてきてくれるだろうとは考えていましたし、旗を振らないことには先に進まないと思っていたので、そこを重点的にやることがわれわれの使命と思ってやってました。
生きてきた中でいちばんつらい決断
──コミケ中止の決定に、準備会内部でどういった議論がありましたか?
市川 代表3人と周りのメンバーをコアに少しずつ考えていきましたが、最初はダイヤモンド・プリンセス号が入ってきて、どうなるんだろうというのが2月の頭ぐらいにありました。2月の後半になると、安倍総理が2週間のイベント自粛とか打ち出して、このままでは難しいかなとなってきます。
でも、やりたい想いは変わらないから、どうやってできるか考えましたが、緊急事態宣言という話になって、これは無理という結論になりました。(筆者注:C98中止が発表された時点で緊急事態宣言は発令されてませんが、発令できる政府対策本部が前日に設置されており、発令は時間の問題とみられていた)
その時は落ち込みはしたものの、どう中止するか、スタッフにどう話を持っていくか、どう発表するかについて話し合いました。
コミックマーケットのスタッフはみんなボランティア。モチベーションに関わることなので、伝え方を失敗しますと次開けなくなる可能性もあるので、自分たちが口頭で伝えなきゃいけないとなりました。発表当日に集まれるコアスタッフを集めて、考えたけど今回C98は中止しますと話をして、その後一般の方々向けにネットで発表しました。
今まで生きてきて一番つらく重い決断でした。ただ、いったん決断したからには、その方向で進めなくちゃいけないし、コミケットを続けていく理念の下、C99に繋げようと切り替えました。スタッフ達と空いたゴールデンウイークどうする、エアコミケみたいなことをやりましょうと話を進めて、他にもニコニコ動画さんですとか、いろんな即売会さんとも話をしまして、「パンデミックの中でもいろんなことをやっていこう」と決めました。
1日あたり5万5000人入場に決めるまでが大変だった
──C99を開催するに当たって、最も苦労されたことは何でしたか。
市川 どれだけ多くの人を入れられるか、ですね。一時期、1ホール5000人までという制限があって、ホールを分けて全参加人数を増やしたイベントもありました。コミケットも1、2、3ホールの間を仕切って、1ホール5000人という話も出ましたが、一体感がなくなってしまう。しかも、ホールごとに管理は現実的でない。会場に入れられる人数について、いろんなところに交渉しました。
最初は全体で5万人入れて、1地区に全員行くと、制限を超えてしまう恐れもあったんです。それをどう管理するか話が進んでいく中で、ワクチン・検査パッケージという話が出てきました。
パッケージなら収容人数の100%(12万人)までいけますって話になりましたが、それで何人入れられるかをスタッフに問い合わせて逆算した結果、今回の入場者5万5000人になりました。どれだけできるかを踏まえないと、ビッグサイトが12万人入れますと言っても、クリアできないんです。
パッケージが終わらないと、入れない人が出てしまう。そういうわけにはいかないので、入れられる数をしっかりしようと、5万5000人に決まっていく過程が9月から11月くらいまであって大変でした。
ビッグサイトの感染症ガイドラインが出た後に収容人数12万くらいと決まり、その50%で6万何千人という話でしたから、本当はパッケージがなくても5万5000人以上入れられたんです。パッケージなら、さらに上乗せできたんですが、様々な状況を考えると今回いきなりは無理で、安全策を取りました。
──その想定通り、うまくいったという認識でしょうか。
市川 おおむねうまくいったと思ってます。人の流れが止まるとか、大きなトラブルは起きなかったので。ただ、もっと入れてくれとか、苦情はたくさんあるので、それを見直すのがC100になると思います。
スタッフも普段より少ない
──今回は入場手続にかかる負担が大きかったわけですよね。見本誌の提出も省力化されたりしましたが、それは入場に人員を割くための施策だったんでしょうか。
市川 いや、見本誌を受け取りに行くと感染リスクが上がるので、持ってきてもらう方式がいいとなりました。これはCOMIC1(同人誌即売会)さんがやっている方式で、それを真似させてもらいました。見本誌をポストに入れてもらえば、人の接触がありません。
スタッフの数も減っていたんです。普段は3300人いるのに今回は2500人なのでちょっと少なく、できることが限られます。作業を簡略化して、別のところに人を回していました。例えばカタログを売らないことになった段階で、カタログを売る部署が丸々浮くわけです。その人員を中心にワクチン・検査パッケージの運用をやる話がまずあって、それでも足りないから他から助けてもらうとか。そうした作業が12月頭まで流動的な状態でした。
サークル入場を9時に終わらせないと、開場時間がズレることもあるので、みんな緻密に計算をして、1レーン何秒かかるから何レーン必要とか、予備に何レーンかを全部計算して、開催のプランが成り立っています。
ブランクの影響
──2年ぶりの開催でしたが、このブランクは影響がありましたか。
市川 かなり影響あります。モチベーションやノウハウが失われるには十分な時間だったと思います。東京だったら即売会がいろいろありますが、地方のスタッフはなかったりしますので、即売会を完全に忘れてるスタッフも中にはいます。思い出すまで大変だし、当日もやっぱり少し抜けてるっていうのは多々ありました。通常のコミケットでも、初日はエンジンがかかってないので、ミスやトラブルが起きやすいんですよ。責任者は日々メールとかZoom会議とかいろいろやるんですけど、それ以外の大勢のスタッフになってくると、結構抜けてる部分が多かったり、体が戻ってません。
やっぱり2年って大きいんですよ。しかも2年間、普通と違う生活をしてたわけですから。どんどん考え方が変わっていくし、手が動かなくなっていくのはあったんだと思いますね。
──SNS上で不正入場者が弾かれた等の話が拡散されていましたが、不正入場の試みはあったのでしょうか。
市川 当日は聞いてないですね。どちらかというと、ワクチン・検査パッケージをやる中で、想定してないことがいっぱいありました。海外の方とか中国のワクチンとか、パッケージ対象外なわけです。そうするとPCR検査が必要なんですけど、受けてらっしゃらないとかは結構ありましたね。
──そういう方は、お断りする形になりますか。
市川 全てお断りしました。あとは体温チェックで37度5分以上あった方、PCR検査も72時間以内を守ってない、本人確認の証明書を持ってない、2回目接種から2週間経ってないとか、ルールに沿ってない方は、今回は全て入場をお断りしています。
──それでトラブルにはなりませんでしたか。
市川 こちらまで上がってくるトラブルはなかったですね。全て現場で対応できるレベルでした。
──ワクチン・検査パッケージ導入について、表現の場としてのコミケの理念に反すると反発がありましたね。それについてはどうお考えですか。
市川 まず開催することが目的の1つだったので、継続と開催、全てを天秤に量らなければいけない。開催しなければ表現の自由も守れないなら、今回はこの枠の中でやろうと設定しました。それで、コロナ禍が収まっていけばその枠も無くなり、また昔のようなコミケットに戻っていくとわれわれは考えていますが、そこはご理解頂ければと思っています。
リアル開催、オンライン開催の反応
──今回、様々な苦労を経てC99実現にこぎ着けたわけですが、スタッフや参加者の方の反応等はいかがだったでしょうか。
市川 やってよかった、みんな笑顔だったって反応はあります。来られた方は本当によかったと言っているので、そこはやってよかったと思ってます。ただ、チケット抽選で1日目しか当たらなかったとか、参加できなかったって不満はたくさん聞いてて、すごい申し訳ない部分はありますので、次はどうやって多く入れられるか、来たい人を迎え入れられるかをしっかりやっていきたい。そこが今の課題だと思います。
──リアルイベントが開催できないこの2年、様々なオンライン同人イベントが開催されました。しかし、同人誌印刷の緑陽社が実施したアンケートによれば、オンラインイベント参加者の33%が盛り上がらなかったと回答するなど、必ずしも高い満足度ではないようです。場を提供するコミケットとして、オンラインとリアルはどう違うと考えていますか。
市川 リアルで本を探すと、やっぱり違うんです。自分が欲しいサークルAに行くと、歩いたところや隣近所のサークルも見るわけで、目に入ってくる本の量が違うと思うんですよね。そこが一番でかいと思っています。
オンラインだと、欲しいものしか見ないとか、ランキングしか見ない。順位が上は見えるけど、下の方まで探すと手間暇がかかる。歩いているうちに目に入るのは、『思いがけずハマる』という形になると思うんです。ああ、見ちゃったら買うしかないみたいな形で買っていくと思うので、それで自分の世界が広がるのは、リアルの方が大きいのかなと。
やっぱりコミュニケーションはでかいし、同じものが好き、同じ趣味の人が集まるのが即売会なわけですから、少しでも触れ合えることが一番大事なんだろうなと。今回はあまりしゃべれなかったと思うんですけど、同じ趣味の人がこんなにいるからこそコミケットに人が来る。コミケに行く最初の足掛かりって、やっぱり同じような趣味の人がいると思ってから、「じゃあ僕も行こうか」って始まるのと一緒で、行けば会える。その安心感だと思うんですよね。
──安心感ですか。
市川 リアルってほんとにそこにあるものですからね。その安心感が一番大きいんじゃないかな。やっぱり仲間に会えたってすごく安心だと思うし、この2年間会えなかったわけですよね。会えるっていう場は一番大きいのかな。
中止で感じたコミケの存在意義
──初の中止、延期、そして開催を経て、改めて感じられたコミケの存在意義について、どう思われますか。
市川 やっぱり大きいイベントなんだな、僕らがやってることは周りから期待されている、とはひしひしと感じましたね。やれた後も、みんなの笑顔、やれてよかったって声を聞くたびに、これだけ期待されてたんだって。ほんとに何だろう。よかった、としか言いようがないんですけどね。
──社会におけるコミケットの在り方を改めて認識された、ということですか。
市川 ここまでやれるって、逆に認識してもらえたのがありました。他のイベントが中止になっていく中、ここまでやればできるっていうのを再認識できたイベントだと思うし、これから他のイベントにしても「コミケットさんがここまでやれたんだからやれますよね」っていう指針にはなるのかなと思ってます。
──準備会ではC99開催によるコロナに感染された方はいなかったという認識でしょうか。スタッフの感染者の発表がありましたが、発熱等の日時を考えればコミケ開催期間外での感染と思われていると。
市川 前か後かって感じですよね。よく分からないところもありますが、コミケの中では感染者はほぼいなかったと思ってます。少なくともクラスターのような事態はないですね。来てくれた方はみんな、いろんなことを守ってくれたと思ってます。そこは本当にありがたいです。
2日で11万人集めるわけなので、丁寧に説明して進めなきゃいけない。これだけ大きいイベントになると、社会に受け入れられてないと、われわれだけでできるものでないです。事前に東京都さんですとか、内閣官房コロナ室さん、文化庁さんとは話をして、東京都医師会さんとか江東区さんとか、関係各方面には事前に足を運んでご説明をして、ご理解を得た上での開催になってます。
影響力が大きいんです。コミケで何かあったとき、いろんなことに波及してしまう。ちゃんとやらないとこの規模のイベントを他でやるときのご迷惑になるから、そこは丁寧にやらなきゃいけないってところはありました。
──実際、クラスター発生報告はないのですから、丁寧さを貫くことができたということなんでしょうね。
市川 そういう気はしています。しっかりやればできることを、みんなに分かってもらえたかなって。ただ、スタッフから飲食で感染者が出たのは申し訳ないです。参加者に直行直帰してとあれだけ言ったのに、おまえらがってなるんですけど。そこは申し訳ないです。
C100、そしてコミケ50周年に向けて
──C100について。日程も発表され、ハレの日として様々な企画を検討されてるということですが、現在何かやりたい企画は具体的にあるんでしょうか。
市川 まだこれはという企画はないです。ただ、まずしっかりやりたい、まずはC100をやろうという根本はみんな持っています。C99をブラッシュアップして、入場者を8万か9万人にする目標立てて、その中でしっかりやろうと考えています。
何もなければC100は、お祭り感あふれる形ではやりたいと思っていたわけですけども、そこに人が密に集まっちゃったら、本末転倒になってしまうので、そこは何とも言い難いってとこですね。もうコミケ50周年も3年後にありますので「次は50周年いきますか」みたいな気持ちにはなってますけどね。
──では、C100開催に当たっての意気込みをお願いしたいなと。
市川 そうですね。意気込み的には、ほんとにしっかりやりたい。C100しっかりやりますんで、よろしくお願いいたします。それと、来てくださいね(笑)。
※文字数の都合上、本記事に載せられなかったインタビュー内容のうち、コミケの今後のシステムなどに関しては「ここが知りたい今後のコミケ 何が変わる? 何が残る?」にて公開しております。
【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】